「死亡予定入院」第2回・命の期限(タイマー)
文字数 1,824文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!
題して「不気味に怖い奇妙な話」。
えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!
第一弾の「死亡予定入院」は毎週火曜、金曜の週2回掲載します!(全7回)
第2回は「命の
第2回 命の
5月1日、月曜日。
食中りで体重が激減したせいか、立って歩くこともままならなくなった。なぜか尻が尋常でなく痛む。痔ではないようだが、触れてみると尻たぼの中に大きな痼りがある。3センチくらいの大きさだ。
5月2日、火曜日。
昼過ぎに私は起こされた。
「救急車呼ぶから。検査してもらお」
母に急かされて身支度を整えたが、これがひどく時間がかかった。寝起きだからという理由だけではない。『立つ』『歩く』『話す』――この3つを同時にすることができないほど衰弱している。
立てば途端にめまいが始まる。頭がじんじんして痺れたような感覚になる。脚がふらついてまっすぐ歩けない。断続的に意識が飛びそうになる。喋ろうとしてもろれつが回らない。
結局、玄関前に辿り着いたのは午後3時前だった。しかも座ることすらできず、玄関前で身体を横たえてしまう。上半身を起こすだけでめまいが起こり、辛い。
救急車はすぐにやってきた。両親だけでなく、弟も心配して玄関前に来ている。
自宅前に停められた救急車へストレッチャーで運び込まれた私は、車内で簡単な検査と問診を受けた。発熱はない。
近場の病院に搬送されるなり、検査が始まった。
時節柄、真っ先に疑われたのは新型コロナである。
ワクチンを接種したこともない。初回の大混雑で予約をとれなかったため、その後ずるずると接種することなく過ごしてきた。
はたして新型コロナは陰性だった。
続いて採血とCTスキャン。ここ10年以上、健康診断とか定期検診とかを面倒がって無縁だった身である。いろいろ見つかるだろうなと思っていたが、あにはからんや本当にいろいろ見つかってしまった。
ストレッチャーで横になったまま点滴を受けていると看護師たちの声が聞こえてくる。
「こんな数字見たことないよ」「どうして生活できてたのかな。動けるわけないよね」
元凶は糖尿病だと聞かされた。それが食中りによる体力の極端な低下に伴い、臀部の元からあった腫瘍が肥大したらしい。
実は臀部の腫瘍は3年前にも経験している。なにか
大きさは3センチくらいの大豆ほどで、真っ白だった。肉腫だとピンク色だが、白いのはがん細胞だと聞いたことがある。体内にできたがん細胞の塊を排出するなんて、なんと人間の身体はよく出来ているのだろうと当時は思った。
今回も気づかなかったわけじゃない。3月に入って、臀部に豆粒くらいの痼りが内部に出来ていることは知っていた。それがこの10日くらいで一気に成長したのだ。
目視でも確認できるようで、医師の診察に付き添っていた看護師たちが部屋の外で囁き合っている。
「あれじゃ痛いし苦しいよね」
「せめて今日中に切除してあげたいよね」
炎症反応を起こしているらしく、白血球の数値が異常に高い。受け入れ先の病院を探している間に発熱が始まった。平熱だったはずが37度を超え、「もう一度体温を測りますね」と言われて再度測ったときには38度を超えた。
受け入れ先の病院がなかなか見つからず、私は待たされた。すでに時計は夕方6時を回っていた。
病室や対応できる医師がいないのではない。病状とともに採血データを付けて問い合わせしているのだが、『この状態では施術しても患者がもたない』と判断されているのだと、あとで聞かされた。
この時点で、私の命日は5月3日から5日の間、高確率で明日と予想されていたという。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。