メフィスト賞座談会2019VOL.1 【後編】

メフィスト賞 座談会    メフィスト2019.VOL.1 【後編】

※メフィスト賞座談会……メフィスト賞を決める、編集者による座談会

【座談会メンバー紹介】

 本格ミステリマニア。古今東西ミステリの知識量が凄すぎる。

 警察ミステリ、時代小説など単行本作品の担当が多い。サザンとホークスのファン。

 理系作品の関わりが多くリサーチ力も高い。第59回『線は、僕を描く』 担当。

 様々なジャンルの編集部を渡り歩いてきた百戦錬磨の編集者。

 乗り鉄で鉄道ミステリ好き。第61回『#柚莉愛とかくれんぼ』担当。 

Y 理論と情熱とアイデアの編集。第58回『異セカイ系』担当。

T イヤミス編集の女王の風格あり。宝塚歌劇とワインをこよなく愛する。

 投稿作を優しい言葉で鋭く批評する達人。第62回『法廷遊戯』担当。

N 涙を誘う作品が特に好物。第57回『人間に向いてない』担当。

 ミス研出身。ミステリに強く、青春モノに甘い。第60回『絞首商會』担当。

 元マンガ編集の目線でメフィスト賞投稿作をメッタ斬り。洋楽ヲタ。

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斜に構えるのは若者の特権だ!


まさに春のメフィスト賞まつり。この興奮状態をまだまだ続けていきたいね、金さん。

『ゼロになったサイレン』いきまーす。キャッチコピーは、「この世界には、無数の物語が存在している」。日常の謎もので文芸部をつくる話です。ベタもベタの構成で、ちょっと厳しいなと思って読み始めたんですが、キャラクターたちがなんでそれを解くのか、日常ではそんな謎は解かないぞというところに徹底的にフォーカスしているのがよくって……! 文章もちょっと若書きの感のある恥ずかしいところも大好きです(笑)。ただ、後半風呂敷を広げようとしたけどうまく回収できない感じがあって残念でした。

金さんの大好きな作品に対してYさん、お願いします(笑)。

すみません、僕はやや厳しい評価でした。まず主人公に、「こんな斜に構えた高校生おらんやろ」と感じてしまい。文章も若書きというよりはたぶん書き慣れてないのか、読者が読んでいて疑問を持つタイミングで欲しい情報が出てこないんですよね。その技術を磨いて欲しい。あと、たぶんこの話は三分の二ぐらいには削れると思います。

私もYさんがおっしゃったように主人公があまりに斜に構えてて(笑)、最近の若い人ってどうしてこういう登場人物を書く人が多いのかなと思いました。こんな老成した……。

ブギーポップみたいな人だったよね(笑)。

そうなんですよね。結局、他の文芸部になっていくコたちもわりとパターン化されている。こういう四人組って今までも見たことあるよね、みたいな感じもあったのと、何の話だっけとか、今何やってんだっけというのがすごくあって、整理もしきれてないのかなと。あと、文章については、作者が自分に酔っている状況なのかなと思いました。書く力はすごくあるとは思うんですよ、この分量を書ききっているので。ただ、もう少し書く練習とか、客観的になる目とかを持ったほうがいいですね。後半については、本当にどうしちゃったんでしょうね。すごく安直だけれども何か間に挟んだりすればよかったのに……。金さんが好きなのは全然いいと思います(笑)。

前半と後半が全然違うところがこの作品の問題点かなと思いました。構成に難がありますね。ところで二十二歳で大学生のこの投稿者が斜に構えた主人公を書いてしまうのは、若い読者の皆さんがそういうのを求めてるからかなってちょっと気になりました。

この方、大学生なんですか?

それが理由か分からないけど斜に構えた主人公に妙にリアリティがあって。比較的若い金さんが斜に構えたキャラの物語にハマってくるということは……。

たしかに、それがみんなの基本になりすぎていますよね。「なろう系」とかって斜に構えた主人公しか出てこないんですよ。

それは、キャラクター性としてつくりやすいのか、そういうのを読みたいという読者側の欲求に何かしらシンパシーを抱いているものなのか。後者だとしたら斜に構えた主人公について文三も考えていかなきゃいけないよね。

斜に構えてるのって難しくないですか。ひたすら斜に構える主人公(笑)。

でも、現実的なレベルの構え方で、僕はそういう意味ではきちんとキャラクターになってると思うんですよ。

斜に構えてる人って永遠に斜に構えてるんですかね。一瞬たりとも正面に構えてない……(笑)。

二十四時間斜に構えて(笑)。

この人、お家に帰ってもこんななのかとかちょっと思っちゃって。ちょっとこの主人公のことが心配になりました。大丈夫かな、みたいな(笑)。

戌さんはどうでした?

そうですね、僕も厳しかったです。『#柚莉愛とかくれんぼ』と比べてしまうと伝える力が全然ないなと思うんですよね。仲間内のルールがわかってる人に向けて書いてるような文章で、開かれていない印象。『#柚莉愛とかくれんぼ』はだれが読んでも伝わるように書いてあって、その差を感じてしまいました。あと、御山という女のコが謎を解くところで「それでは始めます」と言って、どういうことを言ってくれるのかなと思ったら「以上が全てです」とすぐにポンと飛んじゃってる(笑)。「え、その推理を読みたいのになんで?」って思っちゃって、こういう構成をとる意味がよくわからない。だから、そういう意味で斜に構えた小説なのかもしれない(笑)。申し訳ないけど内容が頭に入ってこなくて、読むのに時間かかっちゃいました。

十六歳のときに小説作品にどっぷりハマり、自分も書けないものかと執筆を開始された方だそうです。お好きな作品は『冷たい校舎の時は止まる』。

え、ピュアでとっても素敵じゃないですか!

もしかしたらピュアなところを書いてみようという気持ちはあるかも。なのに斜に構えちゃってるのかもしれない、書き手が。

ピュアを出すのが恥ずかしい。

もー、素直じゃないなぁ。


レトロに憧れるなら愛と知恵を持って


『晴れた午後には灰が降る』です。キャッチコピーは「職業:天文館探偵 好きもの:珈琲と音楽」。作者はレイモンド・チャンドラーが大好きなんだろうなと思って読みました。鹿児島の灰が降る町でレイモンド・チャンドラーが活躍したらどうなるだろうというのをやっている感じなんです。好きなものがとにかく盛り盛りの小説でして、音楽が好きでコーヒーが好きでクルマが好きで、ついでに女のコが好きだと。スタイルへの憧れみたいなところが全編に漂いすぎていて、後半がストーリー的にはどうやっても厳しいなとは思います。ただ、こういう好きなものを書いて、面白いでしょ、素敵でしょ、こういうのに憧れるでしょって前のめりなところは好感を持ちました。

『西郷どん』は終わったけれど、鹿児島が舞台だということで読みましたが、よかったのはそこだけでしたね(笑)。天文館にはおいしいものがいっぱいあるしね。

そこかい!(笑)

まずハードボイルドの探偵が主人公だけれど、チャンドラーへの憧れだけで終わってるというか、台詞にしても雰囲気づくりにしても、先人たちが残した作品の模倣でしかないような気がしちゃうんですよね、申し訳ないですけど。主人公は貧乏探偵といいながら、シーマという高級車に乗っているけど、クルマへのこだわりも感じられなかった。ミステリの部分にしても、大麻の扱いや姉妹の入れ替わりなど欠点ばかりが目立ってしまう。

では巳さん、お願いします。

灰が降る日に窓が開いているのはおかしい、という鹿児島ならではの推理がよかったです。鹿児島愛は、とてもいいですね。ミステリとかハードボイルドとしてでなく、恋愛ものとして書いた方がよかったのかも。

私は鹿児島に行ったことがないし、桜島も見たことないので、「車がすぐ灰でよごれてしまう」という描写にリアリティを感じましたし、そこはとても良かった。でも、灰以外の街の描写があまりに普通で、これじゃあ大宮と変わらないじゃない、と思ってしまいました。やはり土地に根ざしているドラマを描く場合、その土地の風景が目に浮かび匂いまで感じさせてくれるような描写がほしいですね。チャンドラーだけでなく旅情ミステリも読んで欲しい(笑)。そして車も流れてくる古い洋楽も、狙った演出効果は出ていないのが残念。オールドスタイルにこだわるって、古いものを出すこととは違う。せめて自分で本当に好きで思い入れがあるものを出せばよかったのに。ただ、チャンドラー好きな方らしくちょっといい「小粋な」会話の掛け合いがあって、ほほえましかったです。

このままだとこのパートの見出しは「灰がよかった」になりかねんぞ(笑)。では戌さんお願いします。

同じような意見で申し訳ないんですが、この探偵は何歳なのかなと思って読んでいたら二十六歳という設定で、それだけで「は?」っていう感じになって(笑)、なんでそんな人がこんな……まあ、好きなんだろうとは思うんですけれども、なぜこのオールドスタイルにこだわっているのかっていうところが見えてこないままなんですよね。やっぱりハードボイルドを書くんであるならば、「この作品で新しいことにトライしてますよ」がないと物足りない。天文館とか鹿児島だけでは弱いわけですよ。そうするとミステリとしてのゆるさは致命的だし、姉妹が入れ替わって気づかないというのもそりゃ無理だろう、やっぱり背伸びして書いてるなという感じがしました。

今の人が書いたハードボイルドを読みたいなという個人的な思いがずっとあります。皆さん、読みたいです! 待ってます!!


人工知能はメフィストの夢を語るか!?


次は『イァリスは殺人を知らない』。キャッチコピーは「人工知能は殺し屋の夢を見るか?」。戌さん、お願いします。

まさに殺し屋のお話です。二○四五年、近未来の東京が舞台です。人工知能が高度に発達し、紫陽花に死者の遺伝子を保存するようになった未来、そこでプログラマーであり、殺し屋でもある久世孝典が奇妙な殺人の依頼を受けます。依頼者は世界で二番目に優秀な人工知能のイァリス、標的は動画投稿サイトに猟奇動画を投稿する三人の犯罪者たちだった。久世孝典がその三人のターゲットを倒していくというのが大筋です。三人目は人間の尊厳を損なうことを喜びとするような真の異常者で、その描写に慄然とします。また紫陽花に死者の遺伝子を保存するという一見、突飛な設定があとあと実は暗号解読のカギになっています。非常に凄惨な話ではあるんですけれども、描写にある種の透明性があって読ませます。意外性もいろいろ仕込んでありますし、SFテイストのエンタメとしてかなり面白いと思って座談会に上げました。この方は『ブルー・オン・ブルー』という作品でメフィスト賞の二○一六年のVOL.2の座談会でも取り上げられていますが、そこから二年かけて作品を書いてもらったことになります。

文章に独特の透明感、美しさがあって読んでいるうちに前回の投稿作を思い出しました。だいぶ前の投稿にもかかわらずクリアに記憶されていたので、印象的な作品を書ける方なのだなと思いました。前回の作品との共通点は「弔い方」についての物語という点でしょうか。知性と暴力性が同居していて『ファイト・クラブ』とか『ブレードランナー』のような映画を思い出しました。また主人公の設定とメンタリティがピタッと来ていない感じがしたのと、パートナーであるAIに魅力を感じられなかったことが残念でした。

文章は本当にお上手で、読んでいくのにストレスを感じさせない、いい文章を書かれる方ですね。気になったのは、メインキャラクターに人工知能と殺し屋と、殺し屋が途中で助ける虐待を受けていた少年が出てきますが、この三人の感性が似ていること。みんなが同じふうなテイストで、映画ウンチクとか雑学を語るのは避けたほうがいい。イァリスもすごく人間っぽいですし。伊坂幸太郎さんは当然ですがその部分が圧倒的にお上手で、語り口でそのキャラクターが立ってきますよね。人工知能についても、森博嗣さんと比べちゃうと気の毒ですが、世界で二番目に優秀で警察のサーバーにクラッキングを仕掛けて全てのデータをぶっこ抜ける人工知能がたった一人の犯罪者を捕まえられない点にはもう少しリアリティを持たせて欲しかった。数十年後の未来は監視カメラも増えてると思うので、それだけの人工知能なら道行く人の顔って全部押さえられちゃうと思う。せっかくいいキャラクターがいるのでさらにSFの世界に持っていけると良くなりそうです。ですが、どれも改善できることばかりですし、力量は感じられるので、応援したくなる才能の方です。

この雰囲気作りは素晴らしいですね。全体に流れる静かな感じが心地よくて、ヨーロッパ映画を彷彿とさせます。ただイァリスという人工知能は人間化しすぎ。主人公と人間同士の会話にしか思えなかった。ミステリ要素もあるので、人工知能ならではの特殊な行為を活用する手もあったかと。気になる点は多いですが構成力自体に高い能力を感じました。改稿の上、再度読ませてもらいたい作品ですね。戌さん、いかがでしょうか。

再チャレンジしたいので、待っていてください!


社会派ミステリ? 実験的本格?


既に二本もメフィスト賞が誕生した今回の座談会、とうとうラストの作品となりました。勢いはまだ続くのか? 作品は『無辜の神様』、キャッチコピーは「仕掛けられた罪には、罰を以って答えよ」です。Uさん、よろしく!

主人公はロースクールに通う少年、清義。周囲からは「正義」というアダ名で呼ばれています。彼が通うロースクールでは時折変わった遊びが開催され、それは無辜ゲームと呼ばれています。模擬法廷を開いて行われるこのゲームはロースクールに通う最終学年の二十一人が参加。告訴者は自分の身に降りかかった被害を罪として特定し、証拠や証言を法廷で開示。最後、その罪を犯した人物を指定します。審判者の判断と告訴者の指定が一致したら犯人は罰を受ける、一致しない場合は無辜の人間に罪を押しつけようとした告訴者自身が罰を受けるというゲームです。審判者はロースクールで唯一無二の天才少年、馨が務めます。彼はすでに司法試験をクリアしており、どこか人間離れした彼の裁定だからこそ、学生たちも彼の判断に従います。主人公・清義がはじめて告訴者となってこのゲームに挑むのですが、彼が受けた被害は無辜ゲームの枠を超えて清義の日常を脅かすことになるというお話です。無辜ゲームという設定がまずとても面白いんです! 小説全体の構成も見事ですし、一つ一つの謎と解決も細やかで、説得力があります。ベタ惚れでいいなと思ってるんですよね。ただ、もっと感情描写や関係性の説明を読みたいと思わされました。ぜひメフィスト賞として刊行したいです! どうでしょう!?

非常に面白く、これは世に出すべき原稿ですね。ぜひメフィスト賞に強く推したいです。あとは、具体的にどういうふうに出版していくかをここで議論したいレベルでした。社会派的なものとして世に問うのか、キャラとゲーム的な魅力を研ぎ澄ましていくのかで作品イメージが変わってくる。

おお、UさんもYさんもすごく惚れ込んでるね!

はい! ただし、この物語で大きく欠けているところは、Uさんがおっしゃったようにキャラの関係性、ドラマ、感情の伏線です。特に主人公とヒロイン、この二人のドラマを掘り下げるべきでは。この物語では主人公の悩みもヒロインの悩みもそんなに描かれておらず、ヒロインの第二部における状況の変化も、主人公がけっこうのんびり受け止めてしまっています。最後の大オチも、なぜこういうことが起こったのかをきちんと描写すべきだろうなと。もう一つ、これは復讐の物語なのに、登場人物の復讐のベクトルが通常と違う方向に向かうのはなぜなのかが気になってしまった。このため最終的に主人公たちに感情移入ができない。作中で主人公たちも相当大きな罪を犯しているのに、それを放置していいのか、犯人も復讐しなくていいのかでけっこう変わってくる。最後に、ミステリの描き方。この物語は、主人公がすでに知っている情報を隠しながら物語を進めていく構成です。主人公がある程度真実を知り手がかりを持っているのにあえて読者に開示しないというのは、視点人物が探偵のときに必要とされるテクニックです。いかに情報を隠すかという部分はまだ磨く必要があるなと思いました。僕がこれだけ細かく言うのは、直せば間違いなく、さらによくなるだけのクオリティだからで、今後に期待です!

僕もぜひデビューしてほしいなと思いました。今回下読みで、若い書き手が多くて頼もしく思ったのですが、どの方もわりと安易に人を殺していたんですよね。殺しの理由もけっこう雑でヤレヤレと思っていたときに、こんなに真っ正面に「死の重さ」を描いて、しかもそれを読み切らせたことに感心しました。もう一つ、この作者で優れているなと思ったのは、読者の誘導です。法律の世界や法廷の世界についてふつうの人は知らないし、めんどうくさいなと思いますよね。それを底辺大学のお遊びゲームを入り口に、徐々に本格的な法廷劇に持っていって、自然と読者をその世界へ導いているのです。さらに描写の秀逸さがあります。例えばこんなシーン。授業中、先生が無罪と冤罪の違いを授業で質問するくだりで「優秀な先生は、質問を通して学生を誘導し法解釈の正解に導いてくれる」という描写があるのですが、主人公の清義が弁護士になってからも同じようなことをやるんです。そうすると読者は、清義の成長をその一文で理解する。情景描写を人物描写にうまく変える書き手の能力の高さを感じました。

三人連続メフィスト賞推し! 皆、語り出したら止まらない。

今作のテーマは、「名誉の回復」ですよね。日本では九九%、ほとんど門が開かない再審請求を扱っており、日本の司法の問題にも言及しています。これは作者がテーマとして書き続けられる重いものなので、ぜひ武器というか、思想にしてほしいと思いました。ただ一つ気になるのは、『無辜の神様』というタイトルがあまりにもとっつきにくいことですね。長くなりますが、キャラも改善の余地があると思います。主要三人が全員「真面目で、完遂能力が高い」という設定であんまり差がないんですよね。女のコもわりと孤高の存在だし、もう一人の主人公も復讐を遂げるためにあまりにも長い年月をかけていますし、主人公の清義も目的完遂型。その書き分けがもうちょっとあればさらにいいと思いました。

Nさんも続くのかな?

よく練られたプロットだなと感心して最後まで読みました。読んでいると「あれってこうなんじゃないのかな」という疑問が浮かぶんですけど、それをちゃんと次の展開で丁寧につぶしていて、読んでいてとっても気持ちがよかったです。物語が不思議な構成になっているのにも驚かされました。長いかなって思ってたんですけど、最後まで読むと、もしかしたら逆にもっと長くするべき小説なんじゃないかなと。やっぱりラストのキモが二人の関係性を示すものなので、二人のストーリーがもっともっと必要だと思いました。私は、これはまだプロットだと思っていて磨けば社会派の小説になると思います。全体的に真理を衝くような一文、キラッと光る一文がいろんなところにちりばめられています。これはこの著者の魅力で才能だと思います。


すごくいいプロットだと思います。もう見事の一言なんです。……でも、なんなんでしょう、どこかノレなかったんです……。原因はたぶん、この人たちが法を使って何をしたいのか、なんで無辜ゲームをやっているのかがわからなかったからだと思います。だって、無辜ゲームってある種の私刑じゃないですか。法の正義の話をする資格がないのでは……という思いが頭をよぎってしまったんです。方向性として法律ものにするのか青春ものにするのか、あるいは過去の罪が追いかけてくる話にするのか。僕は三択目だと思うんですよ。で、その三択目に無辜ゲームは一切影響してないんじゃないかな。殺しちゃったシーンから始まっても過去が追っかけてくる話にできないですか。

考えもしませんでした……。

色々言ってしまいましたが、大前提としてめちゃめちゃハラハラさせられる期待作だと思います。もし改稿版があれば小躍りして読みます!

今の金への反論としては、この物語は公平さを保つということ、それを理念としている復讐者である馨という人物の物語だと思うのね。そう解釈すれば、無辜ゲームのときから公平さと同害報復ということがテーマとして繰り返し語られている。だれかをジャッジするというのは正義を下すという意味ではなくて、常に公平であろう、同じぐらいの量の罰にしようという話なので無辜ゲームは必要だと思うな。

なるほど……。まあ、僕が法を狭くとらえすぎなのはあると思います。

以前、座談会に取り上げられた作品も読んでいたので、楽しみに読みました。二部はとても面白く読みました。一部は「無辜ゲーム」自体に興味をひかれなかったこともあり、設定を読んでいる感じで乗れませんでした。主人公が無辜ゲームで訴える「名誉毀損」についても、名誉毀損になるのかな? という疑問があり、また過去を持つ主人公たちが法にかかわる仕事を目指す理由もわかりませんでした。「ゲーム」「遊戯」と捉えればよかったのか、と思いましたが、弱者にやさしい読み心地ではないなと思いました。

僕は面白かったです。デビューしていただきたいなという気持ちがあります。でも僕は皆さんと読み方が違って、第一部が無辜ゲーム、第二部が法廷遊戯というタイトルだったので完全にゲーム的な話だと思って読んでました。だから、社会派という印象をあまり持たなかったんです。この作品はロジックの組み立て方のすごーく狭いところを衝いてきて、ギリギリ通りましたみたいな感じの面白さで読まされました。そういう組み立て方をすると、どうしてもキャラクターを掘り下げて書くのは難しく、役割としてしか描けないだろうと思ってます。読み味でいうと、無辜ゲームってすごく嫌なゲームで、読んでいてちょっと不愉快だったんですね。なんだよ、こんな些細なことでいちいち法廷を開くのかよとか思っちゃったんですけれども、一方でこの作品はロジックをちゃんと軸にしていく話なんですよということを表しています。その分キャラクターには好感を持てないまま読んだので、その意味ではデメリットだなと思いました。それが第一部のラストから第二部にかけて転調していったので「ほう!」とは感心したんですけど、法廷遊戯というタイトルが付いてる以上、これは転調しつつも、あくまでミステリ的なロジックのキワキワ感で攻めていき、多少無理矢理でも「ここまでやるか」という面白さで押し切ったなあと思いました。この作品を売るんだったら社会派ミステリではなくて異端の法廷ミステリ、ロジック攻めみたいなアピールをしたほうがミステリのファンには通じるんじゃないかな。とはいえ、これはあくまで一意見なので必ずそうしろという話ではありません。読後感もちょっと重たいんですけど、次の作品を読んでみたいですね。

僕も戌さんの読み方に近い。法廷劇っていろんなロジックや人間同士のせめぎ合いを書いていくと、冗長になりがち。でも、この人はそれを感じさせずにまさに法廷ゲームの醍醐味をいかんなく発揮して最後まで楽しませてくれました。社会派としてはそれほど意識しなかったなあ。だから、これで大満足なんだけど。ちなみにこの方は二○一六年に、『真偽ラリティ』という作品で座談会に登場してますね。それ以降もいろんな賞に応募されていて、ペースが早い。

僕も社会派方面に行かないほうがいいと思ってるんですよ。そっちに行くとリアリティレベルがどうしても厳しくなってくる。ある意味、ウソが許される世界の中でエンタメに振って書いたほうがいいように思う。個人的な思いですけれど。ぜひ、出版に向かって欲しいです。

魅力ある作品は誰もが語り合いたくなるというのはまさにこのことを言うんですね。短期間での創作の数を見ても将来性を感じますし、実は他社の賞でも最終候補に残った方。レベルの高さは折り紙つき。編集者からの素直な気持ちを言えば、「文三に投稿してくれてありがとう!」なんです。第62回メフィスト賞は『無辜の神様』に決定!

一同 おめでとうございます!!(拍手)

読者の皆さん、ぜひ楽しみに待っていてください!!

これにて座談会終了ですが、巳さんより大切なお知らせがございます。

第59回メフィスト賞を受賞した砥上裕將さんの『黒白の花蕾』ですが、『線は、僕を描く』と改題して六月末に発売されることになりました! 座談会、満場一致の感動作ついに刊行です。嵐の密室も殺人鬼もトリックも異世界も出てきませんが、メフィスト賞の歴史に燦然と輝く(であろう)小説に仕上がりました。いま宣伝物などを作るために読み返しているんですが、何度読んでもうるっと来ます。素晴らしいです。社内でもすごく評判になっていて、驚くべきことに刊行前に漫画化も決まりました! 詳細は、まだ発表できないんですが、担当もびっくりです。メフィスト賞とは何なのか? エンターテインメント分野の新しい才能を世に送る偏愛的な賞である、と言っていいのかもしれないですね。六月末をお楽しみに!

さあ六月末、読者の皆さんとともにこの感動を分かち合いましょう。

それにしても第60回が『絞首商会の後継人』第61回が『#柚莉愛とかくれんぼ』、第62回が『無辜の神様』って、平成最後にメフィスト賞三作同時受賞って凄い!

新時代も文三は突っ走っていくしかないですね!

暴走しがちなメンバーもいるけど。

なぜ僕の方を見るんですか!

投稿者の皆さん、読者の心を鷲づかみにするような作品を待ってまーす♡

次回の座談会もお楽しみに。

あれれ、言いたかったこと、皆に先に言われた……。

P編集長〜〜。

はい?

ぼーっと生きてんじゃねーよー!

それ言い返したかっただけでしょ

 (メフィスト賞座談会 メフィスト2019VOL.1 より)