『コーチ! はげまし屋・立花ことりのクライアントファイル』/藤野智哉(精神科医)

文字数 1,587文字

ベストセラーシリーズ『これは経費で落ちません! 経理部の森若さん』の青木祐子さんが手がける最新作は、”コーチング”会社の日常!?

社会に疲れた人々と寄り添う者たちを鮮やかに描く物語『コーチ! はげまし屋・立花ことりのクライアントファイル』について、気鋭の精神科医・藤野智哉さんに書評を執筆していただきました。ご一読ください。

書き手:藤野智哉

精神科医。近著「あきらめると、うまくいく」「コロナうつはぷかぷか思考でゆるゆる鎮める」Twitterでゆるゆると日常を発信中 

Twitter:藤野智哉@精神科医 (@tomoyafujino

「はげまし屋」とは何だろうか。


今日日、しんどい人に頑張ろうとはげますのは毒になると多くの人が知っている。悩める人の話をただ励ましてハッピーエンド、なんて熱い夢物語だったら受け入れられない。そんな精神科医特有のひねくれた反骨精神を持ちながらこの本を手に取った。


批判的吟味をする気満々で読み始めると「頑張りましょうは最後の言葉、言ってはいけない」と冒頭で核心に触れられている。はて本作ははげまし屋によるはげまし譚のはずであるがそれを冒頭で言ってしまったらこのあと300ページ近く、どうはげましていくのだろうか。読み進めると少しずつ全容が見えてくる。否、全容が見えたつもりになってくる。各話の終わりで私の「見えたつもり」はことごとくひっくり返されるわけであるが、これはクライアントの言葉を聞きそこからの情報だけで判断してしまう精神科医と、はげまし屋立花ことりとの差異によるものに他ならない。ことりはクライアントからの情報だけでなく実際に職場を見に行き時には接触し、知り合いを紹介したり依頼内容について勉強したりと一見過干渉に思える行動を起こしそれにより物語の真実が見えてくる。


そんなことりに対し「責任なんて取らなくていいんだよ。クライアントが嫌なら嫌って言えばいいんだから。選手と一緒に表彰台にあがるコーチはいないでしょ。栄誉も失敗も本人だけのもの。」と言う所長の楠木の言葉は一見無責任に思えるが転移を防ぐため、はげまし屋の所長としては正しい態度だろう。


しかし、ことりは自身で言うように「よりそって一緒に悩むタイプのコーチ」である。先の見えない不安が多い昨今、答えの出ない事態に耐える力「ネガティブケイパビリティ」の重要性が再認識され始めているが3話に登場するジェインさんのように問題を解決することがゴールではないクライアントに寄り添い、いつ結論が出るかわからない道をコーチし続ける、これこそがネガティブケイパビリティ、はげまし屋の真髄なのではないだろうか。


オンラインではげましなんてできるはずがない、と精神科医のポジショントークを携えながら読みだした本作であったがリアリティのあるクライアントたちのキャラクターに「いるいる、こういう人」と思わず共感しながら読み進めむしろ、普段我々の見ている世界は一側面でしかないのかもしれないと勉強をさせていただく結果となった。


スマホ一つで誰ともつながれる時代に、孤独を感じ、ただ誰かに聞いてほしい、答えが欲しいわけじゃない、そんな人があふれている。「自分の感情に目をつぶり、スマホに尋ねれば自分はどうしたらいいのか答えてくれるような気がしている。」ということりもまだ、答えとは向き合えていない。今後彼女がどんな答えを見つけていくのか、読者は寄り添うコーチの目線で見守っていく必要がある。


私は仕事をクビにでもなったなら、フルーツサンドの手土産でも持って楠木はげまし事務所のドアを叩こうと思う。


もちろんクライアント側として。

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