『火車の残花 浮雲心霊奇譚』評・縄田一男

文字数 977文字

魅力的な怪異に満ちた幕末の物語
(*小説宝石2021年7月号掲載)

『火車の残花 浮雲心霊奇譚』神永学(集英社)

 赤眼の「憑きもの落とし」浮雲が活躍するシリーズ最新作は、罪人の亡骸を奪い去る妖怪・火車をモチーフとした一篇。小説の中で火車が登場するのは、昭和三十年代に書かれた高木彬光の神津恭介もの『火車と死者』以来だから、ずいぶんと久々といえるだろう。


 今回の浮雲は、新撰組以前の土方歳三とタッグを組んで怪異の謎に挑むが、共に京を目指す二人が川崎で耳にしたのが、この火車の噂だった。火車による殺人? ―そんな事が可能なのか。ラストでこの謎は合理的に解決されると分かっていても、黒焦げの水死体という発端の怪奇性は甚だ魅力的である。また、宿場では宿の主の息子が何者かに取り憑かれるなど、怪奇な現象が次々に発生していた。ここに浮雲と土方に次ぐ第三の男として登場するのが才谷梅太郎。先の二人が陰のキャラクターであるのに対し、才谷は陽のキャラクターであり、彼は本作中最も異彩を放って活躍している。


 物語の背景には、いかにも幕末らしい時代の潮流が渦巻いているが、本書の特色は、それが怪異と不可分に結びついている点にあろう。また、浮雲が才谷と酒ばかり飲んでいて、情報収集はもっぱら土方にまかせっきりでいるように見えて、生者の都合、すなわち欲ではなく、死者への同情で謎の核心に迫る決意をするなど、著者は、この物語の背後には常に〝哀しみ〟が息づいていることを、早めに読者に提示していることも見逃せない。


 さらに面白いのは、絵師で呪術師の狩野遊山から土方が〝あなたはやがて血に飢えた狼になる〟とその未来を占われる点であろう。


 興趣の尽きない一巻といえる。


物流が崩壊した東京を描く快作
『東京ホロウアウト』福田和代(創元推理文庫)

 二〇二〇年に東京創元社から刊行された本書を、改稿、文庫化。より緊迫感あふれる日本的パニック小説の一典型として、ここに登場した。


 オリンピック開催が眼前に迫るコロナ禍の東京。配送トラックを狙った青酸ガステロ、鉄道爆破、高速道路のトンネル事故が次々に発生。物流が崩壊してしまう。犯人グループの目的は? そして陸の孤島と化した東京をめぐって、立ち上がったのは、物流のプロであるトラックドライバーをはじめとする名もなき者たち。凄まじい盛り上がりと感動と興奮!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色