メフィスト賞座談会2019年Vol.2【後編】

メフィスト賞 座談会 2019VOL.2【後編】

※メフィスト賞座談会……メフィスト賞を決める、編集者による座談会

【座談会メンバー紹介】

D 『姑獲鳥の夏』を世に送り出した編集者。長年メフィスト賞に関わる。

寅 警察ミステリ、時代小説など単行本作品の担当が多い。サザンとホークスのファン。

巳 理系作品の関わりが多くリサーチ力も高い。第59回『線は、僕を描く』 担当。

 様々なジャンルの編集部を渡り歩いてきた百戦錬磨の編集者。

 乗り鉄で鉄道ミステリ好き。第61回『#柚莉愛とかくれんぼ』担当。 

 理論と情熱とアイデアの編集。第58回『異セカイ系』担当。

T イヤミス編集の女王の風格あり。宝塚歌劇とワインをこよなく愛する。

 投稿作を優しい言葉で鋭く批評する達人。第62回『法廷遊戯』担当。

N 涙を誘う作品が特に好物。第57回『人間に向いてない』担当。

 ミス研出身。ミステリに強く、青春モノに甘い。第60回『絞首商會』担当。

 本格ミステリマニア。古今東西ミステリの知識量が凄すぎる。

 元マンガ編集の目線でメフィスト賞投稿作をメッタ斬り。洋楽ヲタ。

⇒前編はこちら

 

「JK無双」
Ⓒ取りました!


次は『マドゴスガル』、キャッチコピーは「私の中には一体、何があるのだ」です。お願いします。

 

異常な食欲にとりつかれた女子高生の主人公ユイを起点に話が進みます。彼女が住む東京のとある都市で、心不全でたくさんの人が亡くなる現象が起きます。でも原因はわからない。あまりにも恐ろしいため、人々がたくさん避難して都市の人口がすごく減ってしまうんです。ユイが通う女子校も生徒数が激減して近隣の女子校と統廃合され、彼女は新学期から新しい高校に通いはじめます。その頃には、謎の現象は終息を迎えています。新しい高校でツインテールの美少女ナギという子と友達になったりと、日常生活がまわっていきます。そんなある日、ユイは通学の電車の中で腹部を大きくえぐられたサラリーマンが乗ってくる異常事態に遭遇。現場には最近、電車で一緒になる美少女も乗っていたので、彼女にどうしたらいいか助けを求めるのですが、無視されて彼女は出ていってしまう。ある日、ユイを無視したその美少女・レイがユイのクラスに転校生としてやってきて、ナギに「あなた、悪いものにとりつかれているから気をつけなさい」と謎の忠告をして――という話なんです(笑)。作品としては穴ぼこだらけなのですが、私がいちばん惹かれたのは、たとえば主人公が電車で遭遇した異常な光景を、そんな冷静でいられるはずがないのに近寄って見にいく場面や、彼女が通う高校の教室の床にぶちまけられた血を、皆で掃除してしまう場面など、異常な状況の書き方に違和感がないところです。そういった場面がなぜかスッと入ってきて、世界観の描き方や登場人物の書き分けもとてもうまくできていたので、不思議と読ませる力を持った書き手だなと思って上げました。

 

これはYさんが上げた作品のように、Tさんの何かしらの気持ちを代弁してるもの?

 

まったくないです。誰かを殺してやりたいとかそういうのないです!(笑)

 

生肉食べたくないですか?

 

食べたくない、食べたくない。生レバーもどっちかというと苦手です(笑)。

 

じゃ、生レバーより生ビールを愛してやまないNさん、お願いします。

 

ドライブ感のある文章で最後まで一気に読みました。登場人物すべての感情を排除してるし、世界観が謎だらけですよね。何か一つの謎を原動力にするような話ではないと思って最後まで読んでたんですけど、昔の殺人鬼が好んだ殺害方法が3通りあって、仲良し女子高生3人に引き継がれていたっていうような構造が最後まで読むとわかる。それは読んでけっこう驚いてしまって、あ、なるほど、これを書きたかったのかと、面白いなと思って読みました。ただ、冷静になって考えると、死んだ殺人鬼が乗り移るってどういうことなんだとか、個人的にはモヤモヤと読後に疑問が出てきてしまったところもあります。そもそも辻褄とか現実的かどうかを冷静に話すような物語じゃないと思うので感想を言いづらいところがあるんですけど、登場人物の感情がすべて排除されて書かれているので、自分もどんな感情になってこの話を読み終わったらいいのかなと、正直わからなくなってしまうところもありました。皆さんの意見はどうでしょうか。

 

文章が読みやすくて、かつ独自の表現もあって、すごくいい文章を書く方ですね。見せ場のつくり方と緩急のつけ方もうまいです。集中して読者に読ませたいところがとても意識的に描かれていました。ときどき、ハッとさせるような表現があるところも、とても好ましいです。一方で、主人公の衝動について論理的に説明しようとしている部分は、かえってわかり辛く、間延びしている印象でした。リアルな世界では許されないような行為が物語世界にしっかり落とし込まれているところも、フィクションならではですよね。ほかにどんな小説を書かれる方なのか、とても気になります!

 

この作品の摑みのシーンで思い出したのは、『亜人』の桜井画門さんの「四季賞」受賞作。不穏な空気の出し方が上手で、小説って冒頭から読んでいくものだから、導入の作り方が上手というのはこの作者の武器かなと思いました。この作品の見どころは、たとえばヤンマガの『サタノファニ』とか、映画で言えば『キル・ビル』みたいな、ある種のコスプレ殺人者たちのバトルだと僕は思うんです。そうすると、バトル部分が面白くないとダメなはずで、体育館のシーンや殴り合いの描写でそこの部分が意外に薄いのが残念でした。バトルに至るまでの、「もしかしたらそれって……」みたいな描写はやたら長いんだけれども、いざバトルとなると急に淡白になるので、「え、どこを書きたかったの?」と思ってしまって。主人公とツインテールのナギが殺人衝動を抱えているというのはわりと早い段階でわかっちゃうから、そこの見せ場をもうちょっときちんと考えて構成すればさらに面白くなったのではという感じがしました。憑依するとか遺伝子とか、そういうところの説明を一生懸命しようと思っているけれども、本当は作者はそんなこと興味なくて、ただコスプレバトルさせたかったのではと思うと、自分のウリである部分を意識してつくったほうがいいかなという印象です。

 

Tさんが言ってたとおり、すごいことが起こってるのに対して、淡々と対処していくようなところは面白く読んだのですが、性的な視点を感じてちょっと読むのが辛かった。男の人が書いたディストピア的な楽園みたいな感じがしました。

 

今回上げられた3作品ともにメフィスト賞にしては珍しくストーリーラインが弱い気がします。シチュエーションが面白い一作目やきちんとハッピーエンドが紡げてない二作目とか。この作品も、キャラクターの台詞回しや雰囲気がすごくよいところは、一作目とはタイプは違いますが似た傾向にあるのかなと思っていて。まあ、こういう設定だから、ライトノベル方向、マンガ方向で言えば『東京喰種』的なもの、『亜人』的なものを書いていくのかなと思ったら、そこにはむしろ極力触れずに、シチュエーションでの会話のやり取りや雰囲気づくりに終始してるので、非常に不思議な作品だなと思いました。僕としては、彼女たちがどんな事件と出会ってどう解決していくのか、どう成長していくのかっていう部分を読みたかったというのが感想です。

 

では、金くん。

 

傑作だと思います!

 

一同 おーっ!!

 

亥さんがいなくなって、やっぱりこれを誰かが言わなきゃな、と。でも、ほんとにすごく好きでした。皆さん、空気感とか世界観とかおっしゃったんですが、そもそもこの作品では感情は一切書かれないんですよ。視点人物の主観で見た事実の描写しかないんです。惚れ惚れしました。学校のシーンの冒頭で「ありきたりの学校である」とだけ書いておさめたりとかするんですよ。たしかに毎日通っているのに、通学して、着席して、前にはこのコがいて、後ろにはこのコがいるってイチイチ考えないです。詳細に学校の状況を意識したりはしない。そこに一本筋が通っている感じがします。セリフもいい。人がどんどん疎開して都内がヤバいときに、電車に座って「やっぱり人が減るって素晴らしいなあ」っていうところとか、謎の迫力がある名言「あなたはマグロよ」とか、ほんとにいいセリフをバツバツ入れてきます。全体を通して「人にそんなに興味ないよね」っていうメッセージ性も全くブレない、この人のセンスなんじゃないでしょうか。ただ、別の側面から見ると、この作品は美少女たちが業を抱えて殺し合う話です。そこは男のコ向けかもな、と。

 

それはさっきの巳さんが言うところの性的なものを感じさせるという話だよね。

 

そうです。だって、無表情で人をいじり続ける綾波レイとかみんな好きじゃないですか(真顔)。人によっては、この作品を『ラメルノエリキサ』の渡辺優さんとかの文脈に捉えそうですが、ちょっと男性向けっぽい感じを考えると、少し違うかもしれません。この方は次に何を書くんでしょうね。僕は、作家性に期待という意味で星5つ付けます。

 

最近、僕はこの手のタイプの小説に研究心をそそられていて、この空気感の小説を実はいくつか発見してるんですね。たぶん文芸評論家の人たちもまだ気がついてないんじゃないかな。僕が個人的に「JK無双」と呼んでるジャンルがあるんですよ。これは何かというと、「女子高生はメンタルが極めて強く、どんな悲惨な状況の中でも現実肯定的で、サバイバル能力が高い」というある種の共同幻想に基づいて書かれた小説なんです。このタイプの小説は何が起こるかというと、どんな凄まじいディストピアであろうと、どんな凄まじいサバイバル状況であろうと、語り手であるJKは日常性を失わないんですよ。

 

SFでけっこうあります。

 

ある? いや、「なろう」系にいくつかあって、「これらをJK無双ジャンルと名付けよう」と思って(笑)。

 

最近文庫版が出た『少女庭国』とかまさにそんな感じですし。

 

『裏世界ピクニック』もそうだよね。

 

僕が最初に気がついたのが『蜘蛛ですが、なにか?』という作品を読んだ時。主人公って相当悲惨な状況になってるのに全然めげていないし、いつも通りにジャンクフード食べたいとか考えている。この共同幻想に基づいて書くと、凄まじく非日常的な背景設定と日常性が同居した不思議な読み味の小説ができるんですよ。これ、女子高生じゃなくて、男子高校生を語り手にするとたぶん成立しないんです。世の中の人たちの共同意識では男子高校生はそんなに強くない。強いと思えない。これはJKだからっていうところの共同幻想を我々はいつのまにか共有してるらしく、JKってそういうもんだっていう。

 

JKはメンタル最強……!?

 

この手のタイプの小説はちょっと今、新しい感じがするのね。リアリズムの小説じゃないんだけれども、圧倒的な怪異と日常を同居させるうまい手法で、この作品に関してはJK無双ものの極北みたいなものかなという気がしました。と言いつつも、対象読者が、実は僕には具体的に見えなかった。だれが読むんだろうか。金くんか。

 

対象読者はかなり難しいですね。一見、女性向けと捉えられそうな中で男性向けのことをやってるように見えますし。

 

女性じゃないですよね。私はすごく好きでしたが、巳さんが思ったような感じもわからなくもないので、やっぱり男子向けなのかな……。

 

Dさん的なことを言うと、今、男性はみんなJKになりたいと思っていて。

 

それは金さんの研究結果?

 

VRで男性が女性キャラに成り代わった瞬間に、自分の世界が解放されて楽しくなって仕方がないという話がすっごい多いらしいです。

 

やっぱり夢なんだね、JKは。

 

自分のしがらみと全然違う、美少女JKになるっていうのはけっこう、そのアイコンではあると思うんです。

 

でもそれって『セーラー服と機関銃』のころからあって、むしろクラシックな役割のような気がする。

 

『セーラー服と機関銃』を読んだときの感じとはまた違うんですよね。「戦闘美少女もの」ジャンルとはまたちょっと違う。戦闘美少女ものってね、語り手の主人公が現状に対して、厳しい状況に陥ってるという認識があるのね、あくまでも今自分の置かれている状況を非日常として捉えている。だから、怪異と日常性が同居している不思議な感じは出てこない。「JKならメンタル強くて当然」という奇妙な共同幻想に基づいていないので。

 

『美少女戦士セーラームーン』もまたそういう意味で言うと違うんですね?

 

そうなんです。いわゆる戦闘美少女ものとまた違って、最近新たな形の表現として出てきてるタイプのストーリーで、そんなにたくさん僕は見たわけじゃないんだけど、いくつかある感じがして。でも、そういったものの代表作ってとりあえずまだない気がする。

 

男性にあてるのって、すごくわかりやすい男性向けというレッテルを貼らないともう届かない気がするんで、届け方はマジでわかんないです。

 

だから、僕もJK無双ジャンルを読んでるのはたぶん男のコのほうが多いんだろうなと思うし。ちなみに投稿サイトからの小説出版レーベルのレジェンドノベルスでもこのジャンルの作品を出しました。タイトルはずばり『JK無双』。でも、JK無双ジャンルかどうかというのはともかくとして、日常と怪異がここまでうまく同居できる物語世界というのは、僕は何らかの可能性を示していると思ってるんですよ。ただ、問題は誰に向けて売ったらいいのかなというところですが、僕はこの小説もありだと思いました。

 

つくり方は難しいんです。でも、イラストを付けてイメージを補強するとかじゃなくて、純文っぽい雰囲気で売り出したほうがいいのではないかと読んだときに思いました。

 

たしかにJK無双ジャンルはあんまり絵を入れなくてもいいと思うんだよな。

 

絵を入れたらみんなの想像する、それこそなりたいJKじゃなくなっちゃうじゃないですか。

 

なるほど、たしかにそう。

 

オレのJKじゃなくなっちゃうから。

 

というか、自分がJKなんだよね。

 

そうそう。

 

今後、JK無双ジャンルの作品がメフィストからやたら出てくるという感じになりそう?

 

それは作品の出来次第でしょう。

 

「JKを語る」みたいなコーナーを作りますか(笑)。

 

実際のJKじゃないからね(笑)。でも、あの人たちは確かに強そうな感じがするよ(笑)。

 

それはDさんがJKとすごく距離があるからそう見えるんじゃないですか?

 

たぶん絶対そう。あまりに自分と違うものだから、架空の存在みたいなもんなんだろうな。まあ、いるって噂には聞いたことがある(笑)。

 

ここまで語られると、僕、感想を言わなくてもいいかなという気になってきました(笑)。この女子高生たちのイチャイチャ感・ワチャワチャ感がすーっと入ってきて、雰囲気づくりがいい! ラストにサプライズがあるんですけど、論理的な部分がなく雰囲気で押し切ったところは、賛否あるかな? 僕はやや受け取りにくかった。読者を選んじゃいますね。たしかに力のある人だなと思うし、読み直してみたんですけど、楽しかったのは事実。憑依に関する説明はよくわからないけど。

 

説明として、合ってるのかどうかもさっぱりわからない。要らないと思う。

 

Tさん、この方に連絡とってみます?

 

会ってはみたいなと思ったんですね。これを直して出すという感じはないでしょうか。

 

読者層が見えないから、レーベルも含めてどこで出すかも難しいよね。

 

タイガやBOXではないなと思うんですよね。まあ、ボリュームも少ないし、出すのであれば単行本でと思うんです。

 

どのあたりを直すと見込みが出そうですか?

 

たとえば、私は最後までわからなかったのですが、ユイ自身が自分の殺人欲求に気づいたあとも、クラスメイトの美少女とは仲の良いままで、その美少女を殺したいと思わないのかなとか、彼女がどうやって自分の中にある欲求と折り合いをつけたのかとか、そういった設定との齟齬ととられかねないところはほっとくしかないかなと思って。だから、憑依の話とか研究機関の話などは、いい意味でどうでもいいやと思って。

 

そこを詰めても面白くならない。

 

はい。徹底的に彼女たちの感情描写が排除されてるからいいのですが、この殺人欲求と彼女たちがどう付き合っていくのかとか、それこそ土さんがおっしゃっていた殺し合いのところとか、もうちょっとあってもいいのかなと。それもやりすぎるとたぶん面白くなくなっちゃうと思うのですが。いずれにしても、お会いしたいと思います。

 

もうちょっと他のもの、どんなものを書こうとしてるのか聞いてみたほうがいいよね。

 

筆歴もわからないので、これが一発目なのか何なのかもさっぱりわからない。

 

この作品は、もうちょっと整理していくんだったらストーリーのところじゃなくて、たぶん彼女たちの会話とかそのへんの日常性の部分をもっとシャープにしていったほうが面白いと思う。

 

感情は排除しつつも、主人公たちの間で何かあったあとに、描写として「いつもより吊り革一コ分遠い」みたいなことを入れていくとキャラに思い入れが生まれるかなと思ったんですけど。

 

「命を10時回言えば」みたいな台詞がもっと頻繁に出てくる感じになってくると、尖った感じが出てきていいんじゃないかなと思った。つまり、キャラクター同士のやり取りをもっと尖らせていったほうがいいかも。

 

いろいろお話ししてみます。


エンターテインメント小説は
エピソードの積み重ねではない!


『なりきり』、キャッチコピーは「どんな人にもなりきります。」。これは土さんですね。

 

街の便利屋さんが主人公の物語です。異母兄妹の妹が突然事務所に訪れて、亡き父親の遺言だからお兄ちゃんと一緒に働きたいと言い出し、バイトとして雇うというところから物語が始まります。マンガの『ハロー張りネズミ』のように、依頼人の人間模様を描きつつ、それぞれが主人公の物語へとつながっていくところが読みやすいですし、力のある人だなと思います。主人公は父親に捨てられ、その父親と再婚相手の間に生まれたのが妹なんですけど、その妹は母親に捨てられていたのです。「人は人を許すことができるか」「人はいつまで過去に縛られなければいけないんだ」というある種のテーマもうっすらではありますが感じます。キャラクターを使って物語を進めるテクニックもありますが、いかんせん、決定的な驚きがなく予定調和で終わってしまっていて、作品として商売になるのかが疑問なので、皆さんにご意見を伺えたらなと思います。

 

読みやすい文章で最後まで一気に読まされました。それぞれの依頼人の設定や、エピソードにふんだんにアイディアが盛り込まれている小説で面白かったです。気になったのは、交わされる会話の多くがあまりにふつうすぎる点。小説として読ませるにはありきたりすぎて、まるで、お店で隣のテーブルの会話が耳に飛び込んでくるような感覚がありました。そうすると、読後印象に残らないので「不要では?」と思ってしまいます。構成ももったいなくて、節番号だけで繫ぐよりも、この小説であれば章をたてたり、連作短編にするという方法も合うように感じました。あと依頼人も関係者も、揃いも揃っていい人たちなんですよね。

 

なにか問題でも?

 

ありまくりですよ! 例えば、ネットで知り合った女性と会う度胸がないから、代行業の主人公に「代わりに会ってくれ」と言う大学生のエピソードで、依頼人は恐いけどどんな人か見たいからレストランの隅から覗いている。私はてっきり、実はそれがストーカーで女性の連絡先を入手するのかなと思って読んでいたら全然そんな展開はなくて……。読み手を驚かせたり、感動させたりする工夫をもっとしてほしかったです。ただ、この小説を選んだ土さんは、いい人だなと思いました(笑)。

 

バカだって言われてるみたい(笑)。

 

違いますよ! 言葉通りに受け取ってください。

 

作品選びから、編集者の今の状況が透けて見えてしまうメフィスト賞……!

 

いやはや、メフィスト賞ってメンバーにとっておそろしい賞だわ。じゃ、金くんお願いします。

 

代行業というジャンルどおりのものが入っていたなという印象です。「代行業の人が〇〇する話」の〇〇がないんですね。これ、いちおう、妹との関係性を軸にして、かつては絶望したり復讐したりとか、伏線みたいなものがあって回収してる風ではあるんですけど、それよりは代行業、日常のほうが優先されています。ただ、この物語を読もうとなるときに、〇〇の部分に何かは代入されてないといけないのかなと。その場合、現状うまく書けている代行業のいい話の空気感とか、ほっこりエピソードなどは失われる可能性もありますが、でもまだそっちのほうが読む動機はあるかなと思います。

 

私も皆さんとほぼ同じで、文章はすごくうまくてスルスルと読まされたのですが、いかんせんお話がちょっとこぢんまりしすぎているかなと。そういったこぢんまりした話がありつつも何か、金さんがさっき言ってたように当てはめるべきものがないと、ちょっと読み進めていくにあたって、「あれ、これ、何を読んでるんだっけ」みたいな気持ちになってしまうのが残念です。書く力はあると思いますが、代行業のそれぞれの依頼についてに話が終始しちゃってたのがもったいなかったのと、あと代行業で出てくる依頼がわりと「あるよね」っていう。一コぐらいトンチキ依頼があってほしかったなっていうのはすごく残念だった(笑)。妹との関係性も、最初妹が無理やり「実は私があなたの妹だったんです」みたいに来たのに、わりとすんなり受け入れちゃって、そこに対して本来的にはもっといろいろな感情が出てきそうなのに、それが最後まで見えなかったのも気になりました。

 

結局、さっきから聞いているとみんな同じことを言っていますが、僕も全く同じ意見です。この人、人間描写はちゃんとできてるし、下手な小説ではないですよ。ただ、決定的に物語が始まらないんですね。始まるのかな、始まるのかなと思っていても物語がスタートしなくて、最後まで読んでも物語は始まらなかったっていう小説です。エピソードの積み重ねを書いているのであって、一本のストーリーがある小説では実はない。こういうのって、昔の中間小説っていう言葉がちょうど当てはまる作品なのかなと思うんだけれども、このままだといわゆる今のエンターテインメントにはなってこないと思います。そのためには何らかの、日常だけじゃない非日常であるとか、めったにない出来事や、読者が謎に感じるような話がまず描かれて、それがどのように転がっていくのかを表現する必要があります。日常に起こり得ないことを物語として進ませる腕力みたいなものがエンターテインメントの作者には必要なんだけれども、この人はその腕力を使わないで書いてしまっているんですね。この方向だとなかなか読者をつかむことは難しいので、もっとはっきりと物語性のある一本の作品に挑戦してほしいなというふうに思いました。

 

Dさんのおっしゃった腕力みたいなものは、作家としてデビューするためにはそもそも備わってなきゃいけないものなんでしょうか? それがない人は申し訳ないけど厳しいよねということなのか、それとも勉強すれば何とかなるものですか?

 

腕力も、圧倒的腕力からそこそこの腕力まで幅があるんです。圧倒的腕力のある作者は、大ウソを読者にどんどん読ませていくので、現実にはあり得ない話でも、読んでる間は「あ、もしかしたらこういうこともあるかも」みたいに思わせる。読者を無理やり納得させるパワーがあるんです。それは大きな腕力なんだけれども、日常からちょっとだけ外れた物語をきちんと描いていくという腕力もあると思って、そういう方向性に行くということも可能だと思います。ただ、大ウソを読ませるというパワーがあれば、いきなりそういう話でデビューすることもあると思うんだけど、小さなウソをきちんとうまく描写力で書いていくというタイプの作家を目指すとするならば、やはり小説現代や小説すばるの新人賞など、何らかの新人賞を取ったほうがいいと思いますね。

 

本当に読みやすくて、羽田空港から福岡空港までの飛行機の中で読み終えてしまいました。基本的にいい話。しかし意外性がない。日常のエピソードの積み重ねでしかなかった。『ハロー張りネズミ』の話が出ましたが、だったら既存の作品を読めばいいわけで、この人の作品を読みたい動機にならない。「これは弘兼さんを越えるぞ」みたいな部分を書き手が見つけて、つくり上げていくしかないですよね。座談会では先行作品と比較されることがありますが、その作品を越えているんだったら僕はメフィスト賞でいいと思ってます。先ほど山口雅也さんの話もありましたけれども、「山口さん作品のほうがいいよね」になってしまうならば、デビューは厳しい。ただこの方の影響を受けた小説を見るかぎりでは、今作のテイストじゃなきゃ書けないというわけでもなさそうですし、いろいろチャレンジしてみてもいいのかなと思いました。

 

逆に連作短編でこの話が書けるんだとするならば力があるという証明になったと思います。ちゃんと一つ一つのエピソードを終わらせることができれば。もし終わらせる才能があるんだとしたらそれをちゃんと見せてほしいと。

 

そうですね、連作短編という形であれば。たぶんすごいサプライズの復讐譚になったはずです。

 

そしたら、それが最後にびっくりするものだったら確かに形にはなるかもしれない。


小説家にとって必要な努力とは?


『少年の一頁』、キャッチコピーは「あのとき『若さ』が生きていた。」金くんお願いします。

 

田舎に転校してきた主人公が、夜、知らない年上の女のコと出会い、お互い偽名のままやりとりをしていったらどんどん仲良くなっていったというお話です。以上過不足なく内容をお伝えしました!(笑)皆さんのご批判を全部受ける覚悟で言うんですけど、この作品は自分が好きだって思うシーンをとにかく書いています。良くも悪くも自分が好きだから読者も好きであろうっていう思い込みが原動力です。別のパターンで、題材を思いついたから組み上げていきましたという作品は非常に多いんですが、よくできているけど、読者を圧倒しきれないこともあると思うんです。『なりきり』からの流れで話すと、よくできていてもどう喜べばいいんだろうと。この作品は、スキルはまったく足りないんですし、せめてラストの引きをもう少し考えてほしい。でも、作者はこのバランスにした。主人公は学校での関係性と夜の関係性どっちをとるのか、それは家庭内の問題とつながるんじゃないかとか、正体はだれだろうとかっていう物語の構造はあるんですけど、ほとんど全部放置して女のコと仲良くし続けるんですよ。それがすごく面白いと思う人が百人、千人いれば成り立つ可能性はあるなと思うんです。僕は青い人間なので、夜の学校で女のコと仲良くしたいと思ったんです。

 

その発言、気持ち悪いって言わせたいの(笑)。

 

ではないです(笑)。作品の魅力というか、その偏った部分は商業になるだろうなと僕は思っていて、作者がその部分を意図してアプローチしたわけではないと思いますが、ある意味天晴れだとは思った。

 

夜の学校で女のコと仲良くしたいわ、JKになりたいわ、癒やしがほしいわって……メフィスト賞座談会、人間交差点だなあ(笑)。ではNさんお願いします。

 

さっきの話の流れからいくと、この作品には金くんが投影されているわけですね。

 

それ、確認したほうがいいんじゃない(笑)。

 

そうです!(胸を張る)

 

最後の10ページぐらいはよかったです。花火大会のシーン以降がとてもいい。若干ネタバレになっちゃうんですけど、この物語って母親を亡くした少年が母親の幽霊とひと夏の青春を過ごしているように見せかけて、それをひっくり返すという構造になっているんです。そうすることによってテーマが浮き上がってくるので、最後まで読んでよかったなとは思いました。で、ほんとにマザコンと自意識と初恋っていう男子三大要素を感傷的に詰め合わせた小説なんですよね。欠点はその長さ。ほんとに長くて、だれの日記を読まされてるのだろうかっていう、これは金くんの日記なのかなというぐらい長くて(笑)、ちょっと辛かったですね。あと、長い上に、私が見たり読んだりした既存の青春系の作品、たとえば『君の名は。』などのイメージで補完して読まなきゃいけないところがあって。たぶん金くんもナチュラルに補完して読んでると思うんだけど、それはこの人の文章力がまだ足りてないんだろうなと思ったところで、全体的に見るとちょっと辛い。

 

 180ページあって、最後の10ページだけよかった……うーん、何か切ない。

 

夜の学校に忍び込むシーンや、屋上に上るシーンがとても印象的でした。もしかしたらまだ小説を書きなれていないのではないでしょうか。たとえば、表現が凝りすぎていて読みづらいです。自分なりの表現を考えようというところはすごくいいと思うのですが……。あと、何も起きない毎日のことを書き連ねなくてもいいと思います。

 

これはさすがに「うまい」とは言ってあげられない小説でした。そこそこ書けてるとは思いますよ。中学校の男女の幼い男女関係を描く小説としては、そこの部分に関してはたぶん好きで書いてると言ってるとおりウソがなく、ちゃんと狙いをつけてピッタリ書いてると思います。でも、これもエンターテインメントじゃないよねというふうに僕は思って、いっそのこと、最後にお母さんの幽霊だったと持ってくればもうちょっとエンターテインメントになったと思うんだけど、そのためにはお母さんの幽霊じゃないかって思わせる描写の位置がやっぱり違うんですよ。


冒頭でやるべきとすら思いますね。


それか、もっともっと引っ張って、途中で「あれ、もしかしたら」って終盤に繫げるとかいろんなやり方あると思うの。でもこれはいちばんやらないなっていう構成を選んでしまっている。でも、それももしかすると作者が、そんなのよくある話だから、違う形で終わらせたいと思ったのかもしれません。だとすると、どういう小説にしたかったのかが見えないので、いずれにせよ読み手のことを考えていないなという感じがしてしまうなぁ。


文学っぽくしたかったのかもしれません。


たぶんそうなのよ。この手の小説って群像新人賞とかに送られてきて、下読みの選考委員がいちおう上げておきますぐらいの感じで編集部の人間に上げるんだけれども、最終候補作には残らずというタイプの小説かなっていう感じがする。まあ、でも凄く若い著者だしね。


投稿歴がない。はじめてなんですかね、もしかすると。


はじめてなんだろうなと思います。凝りすぎる感じとか、まさにそんな感じ。


まだ若いし、頑張って。好きな小説が『坊っちゃん』とか、メフィスト賞ってそういう賞になったんだな、みたいな感慨がありますね。今回、僕も久しぶりに座談会に参加して思ったのは、メフィスト賞ってストーリーテリングの賞だったような気がしてたんだけど、ストーリーテリングで読ませる話が今回上がらなかったな。


いやーたまたまだとは思いますけど。じゃ、僕がちょっと感想を。はじめてで若いからでしょう、言葉を飾ろう、背伸びしようという文章が全体にあふれてまして。この気合いが微笑ましくもあり、腹立たしくもありっていう感じでした。金くんに似た傾向の人ならこれを最後まで読んでくれるということ?


いや、無理ですね。


即答ありがとう! まあ、金くんだからこそ読めたのでしょう。これがもっとシンプルかつ直球、平易な文章であればもしかしたらもっともっと読者が見えてくるのでしょうが……。


可能性が出てくると思います。


すぐにどうこうできる人ではないとは思うんですけど、心を打つ部分もあるということで。まあ、僕が心打たれなかったのは自分がそういう年齢だからだと思いながら読んでおりました。


たぶん作者の方にはやりたいことがたくさんあると思うんです。イチャイチャもしたいし、文学っぽくも見せたいし、不思議なものも入れたいし。でも、さすがにエンタメと文学の両方は追えないし、やりたいことがどれで、それに合った構成ってどんなものなのかを意識するだけでも、一気に読めるものになると思うんですよ。


若い人って、エンターテインメントと純文学の違いみたいなものを認識しているんですかね。


していないと思うよ。たぶん何を読んでるかなんですよ、おそらく。だから、たぶん本人はあんまり区別してないだろうし、それは非常に自然なことだと思うけど、でも、もうちょっと筋のある小説を読んでみてくださいということになるかな。


あんまり小説読んでない可能性もあるかなと正直思っています。


作家になるために最低千冊は読んでくださいよって大沢在昌さんが講演でよく言うけれども……。


構成のことは、ちゃんと他の作品を読んで考えれば、少なくとも座談会で「いろいろ足りないけどいいよね」って言われるぐらいにはすぐになるはずです。


そういう意味では今回読んだ中で、この人、たくさん小説を読んでるだろうなと思ったのは『みっつの犯罪調書』で、いちばん読んでないだろうなというのが『少年の一頁』、両方とも金さんが上げてきたやつだけど。


そうですね。両方とも変なこと言いながらで申し訳ないですけど。


おーっと、令和初の座談会でメフィスト賞なしですか、残念! でもメフィスト賞にはビッグニュースがいっぱいです! 冒頭にもありました砥上裕將さんの第59回メフィスト賞受賞作『線は、僕を描く』。刊行後、読者から感動の声が続々寄せられていますね。週刊少年マガジンでも刊行直前から連載が始まり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いです。ミステリーではないメフィスト賞も凄いですよ! 続いて第60回受賞作、夕木晴央さんの『絞首商會』の9月発売が決まりました! 金さんから猛アピールを!!


最近も、様々な作品を送りだして「おもしろければ何でもあり」を体現し続けているメフィスト賞ですが……たまにはゴリゴリのミステリも読みたいですよね〜!(耳に手を当てる)


うるさい!


すみません! こほん……気を取り直して、第60回の区切りとなる受賞作『絞首商會』は、〝信用できない○○〟を扱ったゴリゴリの本格であり、雰囲気満点の大正ミステリでもあります。そしてなんと……! 有栖川有栖さんが大推薦!! 細かいことは言いません。もうこの推薦文が傑作の証でしょう! 「昭和・平成のミステリの技法をフル装備し、乱歩デビュー前の大正時代半ばに転生して本格探偵小説を書いたら……。そんな夢想が現実のものになったかのような極上の逸品。この作者は、令和のミステリを支える太い柱の一つになるだろう」どうですか!! 9月ですよ、9月。皆さんタイトル名をカレンダーに書き込んでおいてください。


さらには第61回受賞作、真下みことさんの『#柚莉愛とかくれんぼ』の11月発売も決定! ネット上で炎上したアイドルの物語、はっきり言って「読後、呆然」です。今はこれだけしか言いません。社内でも驚いたという感想が続出です。ぜひ楽しみにお待ちください。さて、もう一つお知らせです。「monokaki」というサイトの「新人賞の懐」コーナーで、メフィスト賞についてのインタビューを受けました。創作の参考によかったらお読み下さい。次なるメフィスト賞を目指す面白い作品をお待ちしております! 次回もお楽しみに!!

 

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