惨憺たる国語力の低下に立ち向かうために/『ルポ 誰が国語力を殺すのか』

文字数 1,367文字

どんな本を読もうかな――。

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今回は内藤麻里子さんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

内藤麻里子さんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

石井光太著『ルポ 誰が国語力を殺すのか』

です!

 新聞記者時代、中学生以下の子供たちにコメントをとってもはかばかしい言葉が出ないのは常識だった。だが、彼らは成長する。何も心配することはなかった。しかし、現在の国語力の低下はレベルが違っていた。


 本書は衝撃的なリポートから始まる。著者が東京都内のある公立小学校で、四年生の国語の授業を見学した時のことだ。教材は新美南吉の『ごんぎつね』だった。村の女たちがかまどで火をたいているのを見て、ごんが葬式だと気づく場面の中に、鍋で何かを煮ている描写がある。教師が「何を煮ているのか」と尋ねたところ、それぞれ話し合っていた八班のうち五班までが「死体を消毒している」「死体を煮て溶かしている」と答えたのだ。参列者にふるまう煮物ではないのか……。


 驚くべき事例が次から次に登場する。母親がゲームばかりしている子供を注意した後、こう言った。「まぁ、今日はいいか。勉強もしたしね」。その直後、子供は激怒した。母親の言葉のどこに反応したのかさっぱりわからない。なんと原因は、語尾の「しね」を「死ね」と聞き間違えたことだという。


 読解力の低下というにとどまらず、「自分の言葉で考える、想像する、表現する」ことができない現状が浮き彫りになる。言葉は記号になり果て、背景も文脈もとらえられない。これでは国語以外も含めたテストの設問の意味すら正確に受け取れない。


 著者は今まで児童虐待や少年事件、生活困窮などについて取材してきた。当事者たちに共通するのが「自らの言葉で考え、想像する力の欠如」だった。不登校や非行に走った理由を説明できないのだという。言葉がなければ自分の現在どころか、将来も考えられない。著者は言う。「コミュ障、孤立、炎上、ヘイト、陰謀論など現代を象徴する社会課題は、国語力の弱さなしには説明しえない」。そこで、こうなった要因と、打開に向けたさまざまな取り組みに分け入っていく。


 国語力を殺したのは一つには家庭環境だ。さらに、二つの弊害を挙げる。事例や資料、現場の声からは、子供たちのトラブル発生のメカニズムなどが明らかになるが、打つべき手立てはなかなか見当たらない。


 問題が起きた後、不登校児や非行少年たちを立ち直らせる努力が紹介されるが、生半可な取り組みではない。そして、事が起きる前の対策のヒントとして国語力を育成する私立校の指導に筆は及ぶ。私立ゆえ家庭環境や学力に恵まれた児童・生徒を対象にしているものの、公立でも役立つ点はいくつもある。


 惨憺たる現状への対策は急務だ。学習指導要領を変えて、契約書や企画書などの実用的な文章を教えている場合ではない。

この書評は「小説現代」2022年11月号に掲載されました。

内藤麻里子(ないとう・まりこ)

1959年生まれ。毎日新聞の名物記者として長年活躍。書評を始めとして様々な記事を手がける。定年退職後フリーランス書評家に。

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