今月の平台/『清浄島』河﨑秋子

文字数 2,343文字

ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。


書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!

毎月刊行される多くの小説の中から、現役書店員「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介!

さらに、月替わりで「今月の平台」担当書店員がオススメの1冊を熱烈アピールしちゃいます!

「今月の平台」担当書店員、

丸善博多店 徳永圭子さん

が熱烈アピールする一冊は――

河﨑秋子著『清浄島』

 昭和29年、北海道北部の礼文島。キツネや犬を感染源とするエキノコックス症の調査と撲滅のため、島に派遣された若き研究者・土橋義明の姿を真摯に写した小説。


 島で出会った人懐っこい少年・次郎が土橋の心を常に揺るがす。きっかけは海岸で船の到着を待っていた時だ。少年は姉の帰りを待っていた。姉は嫁ぎ先で疫病の流行る島からの嫁と蔑ろにされたことを聞く。ヒトからヒトへの感染はないことはわかっても偏見は止まない。姉の帰宅を喜ぶ無邪気な次郎は、トモと名付けた犬を何よりも可愛がって育てていた。やがて下される決断が次郎たちの深き傷になることを知っていながら、少年を見つめる土橋の視線がせつない。


 豊かな海の恵みを享受して生きる人の大らかさや信心深さに土橋は何度も遭遇する。島内で寄生虫の宿主となる動物を捕らえ、解剖するのだが、昆布漁の期間は殺生をしないでくれと懇願されてしまった。この島での調査や研究は、島民の協力なくして成り立たない。思い切って仕事を停止し、漁の手伝いに溶け込む姿が清々しい。


 懐疑的だった役人たちも次第に臆することなく土橋に本音をぶつけるようになっていく。戦後復興に沸き立つ時代にも、見えない病との手探りの闘いがあった。診療所の長谷川医師の存在も大きい。短い言葉の端々から病を診て人を看ていることがわかる。冷淡なようで全てが本質をついていた。土橋は何度も無力感に襲われながら、生物学へ足を踏み入れた頃を回顧する。


「何が違ったんだろうな」


 生まれて、死ぬまで生きるあらゆる生物が辿る道が、どこへ続いているのかが見えず苦悶する一人の研究者の諦観と成長も見えてくる。


 その後、土橋が所属する北海道立衛生研究所の調査団が島へ入り、宿主となる動物の殺処分を決定する。混乱する島内をどう治めるか。土橋と同世代の役場の担当職員山田を中心に、決断と断行の連続。彼らの会話の息まくリズムから迷いや焦燥感がひしひしと伝わる。決断が正しいとは限らない。その背景が抑制された文章で丹念に綴られ、営みを維持するための現実が込められていた。

現役書店員が今月「仕掛けたい!」と思う一冊は――

丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊


『月の立つ林で』

青山美智子 ポプラ社


疲れ果てている時は「いい話」でホッとしたい。青山美智子さんの新作は、ままならない日常の中で懸命に生きる人たちが主人公。ふとしたきっかけで、自分を見つめ直し前向きになっていく。ラストで物語の仕掛けに驚き、更に感動が広がります。誰もが見えない誰かの力となっている。そう気づかせてくれる物語。

大垣書店イオンモールKYOTO店 井上哲也さんの一冊


『きみが忘れた世界のおわり』

実石沙枝子 講談社


なんと独創的な世界観であろうか。「きみ」と「わたし」で紡がれる作品は、現実と幻覚を織り混ぜて、なんとも美しい。素晴らしい絵画を鑑賞した様な読後感は、とても格調高く芸術性に富んでいる。本作で、華々しいデビューを飾った実石氏から、当面目が離せない。

ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊


『彼女は水曜日に死んだ』

リチャード・ラング 東京創元社


今年一番の短編集は? と訊かれたら、これを挙げる。英国推理作家協会最優秀短編賞受賞作「聖書外典」を含む全10編。犯罪を通じて様々に映し出される思い通りにならない人生は、きっと誰もが心の奥深くに抱えているものと響き合うはずだ。

出張書店員 内田剛さんの一冊


『光のとこにいてね』

一穂ミチ 文藝春秋


傷つけあい反発しながらもなぜ心を奪われてしまうのか。鋭い棘となって身体の中で蠢くピュアな感情の揺らめき。残酷な嵐に美しい凪。眩しく射しこむ光に魂が締めつけられる。理屈にならない二つの感情の交錯。これぞ本物の運命の物語だ。

紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊


『光のとこにいてね』

一穂ミチ 文藝春秋


結珠と果遠の関係を何と呼ぶのが正解なんだろう? 友情なのか恋愛なのか……そんなことはどうでもよくなるくらい「運命」で「希望」。タイトル通りに「光のとこにいて」ほしいと願わずにいられない相手がいること自体がとてもうらやましい。幼い2人も大人になった2人も、たまらなく愛おしくなる物語。

うなぎBOOKS 本間悠さんの一冊


『光のとこにいてね』

一穂ミチ 文藝春秋


すごい、すごすぎるぞ一穂ミチ。結珠と果遠、境遇が違いすぎる二人のはかなくも強靱な結びつき。心臓をそのまま洗濯機に放り込まれたような、怒濤の読書体験でした。

丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊


『清浄島』

河﨑秋子 双葉社


未知の感染症と闘った男たちの汗。海からの潮風と山の土。動物たちの血。さまざまな匂いが入り混じるようなこのリアルさは、きっとこの作家以外に生み出すことができない。とにかく、河﨑秋子を読んでほしい!

紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊


『栞と噓の季節』

米澤穂信 集英社


単なる「図書委員会」で一緒なだけの堀川と松倉。なのにお互いへの信頼は絶大なところに、友達とも仲間とも違う2人にしか築きえない関係性に、ただただ萌える。

この書評は、「小説現代」2023年1月号に掲載されました。

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