第36回

文字数 2,413文字

ひきこもり生活がまだまだ継続しそうな2021年、

そんな世界にも初日の出は昇る。


ますます洗練された在宅生活をおくるために、

今年も本連載をよろしくお願いいたします。


Happy New ひきこもり Year !


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

これが今年一発目の更新だが、1月1日というド正月に更新されているか、それとも1月8日なのかは、現時点ではわからない。

ちなみに、盆の時は編集側も在宅勤務になり、曜日と季節の消失という無職特有の現象を起こしたせいか「盆休みが消滅する」という緊急事態が起きた。

コロナも脅威だが、この無職の感覚に正社員の固定給と社会保険を持った化物たちも、早めに成敗してくれないだろうか。


今年の年末年始は、「静かに過ごす」という吉良吉影ムーブを政府に期待されていた。

旅行や帰省、明治神宮におドッグ様を抱いての初詣など、大きな移動や人が多い場所へ行くのは避け、家にいてほしいということである。

つまり「寝正月」が推奨されているということだ。


去年、外に出てアクティブに動き、他者と積極的に交流することを自粛するように要請され、逆に家で一人で過ごす「ひきこもり」生活が推奨されたように、今年の正月は「正月らしい良き過ごし方」が否定され、「惰性で過ごす正月」が推奨されるという異例の事態である。


今まで善だったことが悪とされ、悪だったことが善とされる、世にも奇妙な物語のような世界観だ。

ちなみに今、世にも奇妙な物語のOP音が一日中頭から消えない呪いをかけたので、各自楽しんでほしい。


しかし「ひきこもり」が本当に悪かというと、去年散々書いて来たが「悪い点もあるが、良い点もある」としか言いようがない。

それは「外に出る」ことも同じであり、外に出て他者と交流したが故に人間関係の虎舞龍に巻き込まれ、部屋で一人ハーモニカを吹くタイプのひきこもりになってしまうこともあるし、単純にトレーラーに轢かれることもある。

だが家にいれば安心かというと、外に出ないことで社会との繋がりが途切れてしまったり、島耕作の隠し子みたいに、家にヘリが突っ込んできて死ぬという事態もなくはない。


つまり、どちらも良いとか悪いとかではなく、向き不向きであり、ひきこもった方が幸せに暮らせるというタイプも多く、そういう人間を「ひきこもりは悪いことだから」と無理やり外に出しても大して活躍もしないし、ストレスによりディープなひきこもりになってしまう恐れがある。


それと同様に「寝正月」も悪いことではないはずなのだ。

だが従来だと、休み前より肌の明度が10%ほど落ちた奴が「正月はハワイに行ってきたザマス」と言っている後ろで、体積が10%増量した奴が「僕は寝正月だったデブよ」と、自嘲気味にしゃくれ猫背になっているという構図が一般的であった。


しかしよく考えて見れば、「寝」ほど人間に必要な物があるだろうか。

ハワイに行かなければ死ぬという人間はあまりいないだろうが、寝なければ大体の人間は死ぬ。

日曜日いろいろやろうと計画していたのに、朝布団から出られず、結局サザエの正拳突で起床することを「休日の無駄」と称することも多いが、逆に「睡眠」に比べればほとんどの行動が無駄である。

睡眠とタイマンを張れるのはもはや、「呼吸」ぐらいしか残されていない。


ならば「寝正月」と言った瞬間「よく寝た!よく寝た!」とV8ポーズで讃えられてもおかしくないはずなのに、何故か本人は自己嫌悪に陥り、周囲も「休日はもっと有意義に使え」と白い目でみたりするのだ。


つまり、他の国はわからないが、日本は「なにもしていない状態」と「休む」という行動に非常に否定的ということである。


人体に必要な「休息」を「怠けている」と周囲に評されてしまうため、要領よく休める人間や「ヤっとるフリ」が出来ない人間は、急速に病みやすい世の中になっているのだ。


さらに、病んだため一旦会社を辞め、家でしばらく休んでいる状態も「休養」ではなく、ダイレクトに「ひきこもり」と呼んでしまうため、本人は自己嫌悪と罪悪感を深め、世間様に顔向けできないと、本物のひきこもり化してしまうケースもある。


そのように強迫的に勤勉にしてきた結果日本は経済国になったのだが、それも今は昔である。

そろそろ、怠けと休息の区別をつけ、寝ることや何もしないことに対する罪悪感を捨てていくべきではないだろうか。


そもそも、日本では何もできなくても生きて行く権利があると、法律で定められているのだ。

何もしないで生きていることに自己嫌悪を感じるというのは、法律に抵触している可能性があるし、まして休んでいる人を責めるというのは、現行犯逮捕、執行猶予なしの懲役の可能性がある。


幸いこの正月は何かしたくてもできず、強制的に「何もしない正月」になる人も多いかと思う。

そうなった場合、正月明けに「休みを空費してしまった」などと自己嫌悪に陥るのではなく、半裸に白塗り、口の周りに銀スプレーを吹きかけ「よく休んだ!よく休んだ!」とジープで出社をし、「何もしない自分」を肯定する練習をしていただければと思う。


★次回更新は1月8日(金)です。今年もよろしくお願いします!

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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