〈８月１５日〉　中島京子

守(まも)り神(がみ)


　わたし、ばあちゃんっ子(こ)だったんで、古(ふる)い話(はなし)、よく聞(き)かされてたんです。
　ばあちゃんが言(い)うには、わたしら、昔(むかし)は「守(まも)り神(がみ)」って言(い)われてたそうなんですよ。
　いまや、嫌(きら)われ者(もの)の代名(だいめい)詞(し)ですけど。いや、ほんとに。
　最近(さいきん)、わりと建物(たてもの)の中(なか)に入(はい)ること、多(おお)いんですよね。マンション、ですか。そうしたら、たいへんなことになっちゃって。
　わたし、廊(ろう)下(か)を歩(ある)いてただけなんですよ。隅(すみ)のほうを這(は)うようにしてたんです、お邪(じゃ)魔(ま)にならないように。なんにも迷惑(めいわく)かけるようなこと、してないんですよ。わたしたち、音(おと)は一切(いっさい)、立(た)てませんから。
　それなのに、部屋(へや)から出(で)てきた人(ひと)がね、わたしを見(み)るなり大声(おおごえ)出(だ)しまして。うるさいのはどっちだと言(い)いたいですよ。
「あなたっ。棒(ぼう)、棒(ぼう)っ！」「お、おう！」なんてね。間(ま)の抜(ぬ)けた夫婦(ふうふ)もんが、園芸(えんげい)用(よう)の支(し)柱(ちゅう)かなんか持(も)ち出(だ)して。
　わたしを突(つ)っつこうとするんですよ！　「うわー、暴(あば)れた！」なんて言(い)いますけど、わたし、暴(あば)れてませんから。避(さ)けようとしただけですから。先端(せんたん)恐(きょう)怖(ふ)症(しょう)なんです、わたし。
　どうしようもないから、えいやっと、飛(と)びついたんですよ、その緑(みどり)色(いろ)の棒(ぼう)に。最(さい)終(しゅう)的(てき)には、必(ひっ)死(し)でそれに体(からだ)を巻(ま)きつけましてね。わたし、身(しん)長(ちょう)が１ｍ(メートル)60㎝(センチ)あるんです。そのわたしが、直(ちょっ)径(けい)１㎝(センチメートル)くらいの棒(ぼう)に全身(ぜんしん)巻(ま)きつけるの、かなり難(むずか)しいんですよ。それで、棒(ぼう)に絡(から)みついたまま、建物(たてもの)から出(だ)されちゃってね。草(くさ)むらに放(ほう)り出(だ)されましたけど。荒(あら)っぽいですよね、することが。わたし、守(まも)り神(がみ)なのに。
　みなさん、驚(おどろ)くけど、わたし、ここいらにもう25年(ねん)、暮(く)らしてるんですよ。
　最近(さいきん)、マンションの中(なか)に入(はい)ることが多(おお)いのは、理(り)由(ゆう)があるんです。
　コロナウィルスってやつが流行(はや)りだして、都(と)心(しん)の飲(いん)食(しょく)街(がい)が「密(みつ)を避(さ)ける」だかなんだかで、閉(し)まっちゃったでしょ。すると困(こま)ったのは、繁(はん)華(か)街(がい)で暮(く)らしてたねずみさんたちですよ。ごはんがなくなっちゃった。で、やつらはこっちに、住(じゅう)宅(たく)街(がい)に移(うつ)ってきたわけですよ。
　わたしら、守(まも)り神(がみ)ですからね。なんで守(まも)り神(がみ)かっていうと、ねずみを取(と)ってあげてたからなんです。家(いえ)に一匹(ぴき)、青(あお)大(だい)将(しょう)がいれば、ねずみなんてものは、よせつけませんよ。ねずみとわたしらと、どっち選(えら)ぶのよ。どっちとの同(どう)居(きょ)を望(のぞ)むのよ、あなたがたは！
　わたしら、毒(どく)もないし、咬(か)まないし、病(びょう)原(げん)菌(きん)も運(はこ)びませんしね。大人(おとな)しくて、しかもねずみを取(と)ってあげるんですよ。もっと優(やさ)しくしたらいいじゃないですか！
　それなのに、今日(きょう)、またちょっと好(こう)奇(き)心(しん)でマンションに入(はい)ったら、なんと警察(けいさつ)呼(よ)ばれちゃいましたよ。蛇(へび)相(あい)手(て)に、警察(けいさつ)呼(よ)んでどうするのよ。
　わたし、いま、本棚(ほんだな)の裏(うら)に隠(かく)れてるんです。やたらと本(ほん)の多(おお)い部屋(へや)でねえ。持(も)ち主(ぬし)、作家(さっか)ですか。なんだかなあ。あんまり物(もの)を知(し)らない作家(さっか)だね。
　わたし、神様(かみさま)なんですから。もっと尊敬(そんけい)してほしいもんです。


中島京子（なかじま・きょうこ）
１９６４年(ねん)東(とう)京(きょう)都(と)出(しゅっ)身(しん)。２００３年(ねん)『FUTON(フートン)』でデビュー。２０１０年(ねん)『小(ちい)さいおうち』で直木(なおき)賞(しょう)受(じゅ)賞(しょう)。２０１４年(ねん)『妻(つま)が椎茸(しいたけ)だったころ』で泉(いずみ)鏡花(きょうか)文学(ぶんがく)賞(しょう)、２０１５年(ねん)『かたづの!』で河合(かわい)隼雄(はやお)物(もの)語(がたり)賞(しょう)、歴(れき)史(し)時(じ)代(だい)作家(さっか)クラブ賞(しょう)作品(さくひん)賞(しょう)、柴田(しばた)錬三郎(れんざぶろう)賞(しょう)、『長(なが)いお別(わか)れ』で中(ちゅう)央(おう)公論(こうろん)文芸(ぶんげい)賞(しょう)、日(に)本(ほん)医(い)療(りょう)小(しょう)説(せつ)大(たい)賞(しょう)を受(じゅ)賞(しょう)。『イトウの恋(こい)』『平成(へいせい)大(だい)家(か)族(ぞく)』『のろのろ歩(ある)け』『パスティス』『樽(たる)とタタン』など著書(ちょしょ)多(た)数(すう)。

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