第77回

文字数 2,436文字

秋シーズン到来!


天高くひきこもりデブる季節、みなさんいかがお過ごしでしょうか。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

ジョジョの名シーンといえば、必ずと言ってよいほど「さすがディオ!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!」が挙げられる。


これの名シーンたる由縁は、セリフ、絵全てが強く、この1コマだけで成人男性に必要な栄養素が全て取れた上に運動の必要があるというハイカロリーぶりにあるが、それよりもっと特筆すべきは「おれたちのできないことに対してシビれてあこがれている」という点だ。


要らない「ッ」や「ゥ」を排除して言い直しただけというわけではない、むしろ「ッ」と「ゥ」こそが本体説まである。


だがよく考えてみてほしい、確かにディオさまが目の前で俺たちにできないことを平然とやってのけていたら、もはやシビれるかあこがれるか、血反吐吐いて死ぬしかないと思う。


しかし、自分と大して立場が変わらないと思っていた一般人が自分にできないことを平然とやってのけたら、普通に落ち込むし自己嫌悪に陥らないだろうか。


つまり、あのシーンは目の前で他人が自分に出来ないことを平然とやってのけている時の反応として、極めて健全で健康的という意味でも評価が高いのではないだろうか。

「なんであんなことができるんだよ…それに引き換えおれは…」と落ち込んでいたら、こんなに評価されておらず、むしろ屈指の鬱シーンとして後世に残り続けていた可能性がある。


自己嫌悪というのは体に悪い。むしろ他人に憤る元気があるうちはまだ良い。

原因が他人であれば距離を置けば良いし、最悪暴力による排除を試み、自分が収監されることにより原因から遠ざかるというピーキーテクもある。

しかし、原因が自分にあるとしたら、その原因から離れることは物理的に無理であるし、自分を変えるというのも容易ではない。


よって、自己嫌悪は最初からしないに限る。

自己嫌悪というのは、他人に迷惑をかけてしまった、他人と比べて自分は劣っているなど、とにかく他者との関わりによって生じることが多い。

つまり、ひきこもって他人に関わらないことにより、自己嫌悪を防ぐことができるのだ。

そもそも自己嫌悪の元であるコンプレックスというのは、他人さえいなければ発生すらしないのである。

「局部が小さい」というコンプレックスも、自分より巨大な人間がいるから生じるのであり、他に1本もなければ大小という概念すらなく、自分のものがオンリーワンかつナンバーワン、同時にワーストワンでもあるが、少なくとも優劣で落ち込むということはなくなる。

ならば、ひきこもりを続けることにより、自己嫌悪を起こさなくなり、自己肯定感の塊になっても良いはずなのだが、何故かひきこもりは常に自己嫌悪しており、ひきこもり期間が長い者ほど自己肯定感が低い傾向にあるような気がする。


ひきこもることで比べる相手がいなくなり、唯一無二の巨根、天上天下唯我独棒になったのに何故自信を失うばかりなのかというと、まず「ひきこもり」という行為自体を外で働いている人間と比べてしまっているからと思われる。


つまり、外にいる人間を滅ぼしてしまえばラストスタンディング棒となり、全てのコンプレックスから解き放たれることができるのだ。

しかし、人間を滅ぼせるタイプはそもそもコンプレックスとは無縁な気もする。


せっかく近くに比較対象がいなくなったのに、なぜわざわざ「外の人間」などという巨大なものと自分を比べて落ち込んでいるのか、という気もするが、そもそもひきこもりというのは自分と他人の比較を止められないタイプなのかもしれない。


この「他者との比較がやめられない」というのは、「絶対に幸せなれない」という意味で、ある意味一番不幸である。

比較がやめられないということは、自分がどれだけ上へ行ってもさらに上の人間を探して比較するので永遠に劣等感を抱き続けることになるのだ。

そこから解き放たれるためにはやはり自分以外の人類を滅ぼすしかない。


つまり大体のことは人類を滅ぼせば解決であり、多分地球温暖化とかも止まると思うので、宇宙規模で見ても一石二鳥である。


もし人類を滅ぼすのはちょっと難しいという場合は、他者との比較をやめるしかない。

ある意味これも人類滅亡級にむずかしいのだが、消去法でいけばこっちの方が簡単なのではないかと思う。


とはいえ、他人を完全に意識しなくするというのも無理である。

ここで出てくるのが冒頭のジョジョの名シーンだ。彼らは「俺たちにできないことをやってのける」と自分と他人を比較してはいるが「そこにシビれるあこがれる」と、相手を肯定するのみで「それに比べてオラたちはシナびてる」などとは言っていない。


よって、ひきこもりになって「外で働いている人は偉い」と思うのは良いし、実際に偉い。しかし「それに比べてひきこもっている自分はダメ」と思うのはやめよう。そもそもそう思う根拠がない。


どうせならもう一歩進んで、「外で働いている人は偉い、だが家にひきこもっている俺も偉い」というところまで持って行った方がいい。


もちろん何が偉いのか、根拠はない。だがどうせ根拠がないなら、否定よりは無根拠に肯定したほうが健康にいいし、自信をもってひきこもりを続けられる。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は10月22日(金)です。

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