女性の苦悩も滲む軽やかなバディ小説/『紅だ!』

文字数 1,244文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

桜庭一樹著『紅だ!』

です!


 タイトルを見た方は、X JAPANのあの曲を連想してしまうかもしれない。大丈夫、ちゃんと作中に登場する。主人公の名前は「紅」。彼女はいつも「紅だぁーッ!」と雄たけびをあげているのだ。


 主人公の職場は、新大久保の探偵事務所。相棒の橡とともに、探偵の仕事を引き受けている。ある日、「ハイタカ」と名乗る少女が、紅の前に現れる。探偵事務所にひょんなことから入って来た彼女は、紅になんとボディーガードを依頼してくる。どうやら彼女は、かなりの訳ありらしい……。


「紅」という名前は、彼女の母親があるバンドのファンで、その歌詞にちなんで名づけられた、と紅が述べている。考えてみれば、子どもは自分の名前すら決定権がないのだ。選択権を、親にばかり握られていることの多い存在。それが子どもというものだろう。ハイタカも、そんな親との間に確執を抱えている少女のひとりだったのだ。


 本書を執筆している時に綴られたという、作者の自伝的小説集『少女を埋める』(文藝春秋)にもまた、ハイタカと同様の苦悩が描かれていた。たとえば、田舎では「頭が良い」女性が揶揄される対象であること。あるいは、親の抑圧がいつまでも残ること。閉じた空間で抑圧される少女、というモチーフは桜庭一樹作品にこれまでにもしばしば登場してきたが、本書でもまたハイタカという少女を通してその苦しみが綴られる。これまでの桜庭作品、あるいは直近の刊行作品である『少女を埋める』とともに楽しむことができる一冊となっている。


 しかしそんな重いテーマを扱いながら、本書は疾走感あふれる青春小説としての側面を失っていない。新大久保の元チキン屋を舞台にした、30歳女性と28歳男性との息の合ったバディもの。


 現れる謎の少女、そして橡が巻き込まれることになる、とある偽札事件。新大久保という少し雑多な街を背景に、それらのキャラクターをいきいきと描く軽やかな筆致は、本書の読みどころのひとつだろう。探偵事務所に垣間見える謎にも注目したい。


 エンターテインメント作品として軽快に楽しく読めながら、一方で女性が抱える苦悩をしっかりと綴った物語にもなっている本書。続編もあるのか? と期待させるような伏線も見受けられた。紅たちの今後の活躍も一読者として楽しみに待ちたい。

この書評は「小説現代」2022年10月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』など。近著は『女の子の謎を解く』、自伝的エッセイ『それを読むたび思い出す』。

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