大人のショート・ショート②「落下旅行」/井口貴史
文字数 2,980文字
5分で読める大人のためのショート・ショートがtreeで連載開始です!
ちょっぴりダークで不思議な世界をのぞいてみませんか。
「落下旅行」
「ふー」
どうしてこうなった。私は一人旅行の途中だった。で、今、私は上空二万七千フィートから落下している。
「確か…」
小型旅客機の中でチキンを食べようとして、プラスチックのフォークを握った瞬間…。
誰かが叫んだんだ。
「あ、ドアが開いているよ!」
ってね。その瞬間、急激に飛行機の中が慌しくなった。当然だよね。気圧が変わったからね。そしたら「ぶわーっ」と、一気に外気が流れ込んで…。飛行機はあれよあれよという間にバラバラ。勿論、私は飛行機の外に投げ出された。
それにしても。落下の速度が半端じゃない。寒いなあ。耳がジンジンしてる。こんな事になるのなら、もっと厚着してきたら良かった。だってこんな事になるなんて誰も思わないじゃない。
「あー、やだ、寒い」
あれ?誰だろうか。声が聞こえる。
「うう、寒い」
声のする方角を見ると人が居た。女性だった。落下の途中に人に出会う。そんな事もあるものなのだ。
「あ、どーもー、驚きましたね」
私は女性に言った。
「え?まあ、こんな所で」
女性の長い髪は落下によりすごい速さで天に巻き上げられているようだ。
「あなたも飛行機に乗っていたのですか?」
私は分かりきっている質問を彼女にしてみた。
「ええ。そうなのです、なんだかひどい事になってしまいましたね」
「ええ、全くの厄日ですね」
私達の回りには飛行機の残骸もいっしょに落ちていて、ちょうど二脚のイスがそばで落下していた。それを見つけた私は、ちょっと落下の感覚に慣れてきた所だったので、ヒョイっと体を動かし、イス二脚を手元に手繰り寄せる事ができた。
「とりあえず座りましょう、こんな所ですが…」
私は彼女の手を引いた。
「まあ、お上手に飛べるのですね」
「いえいえ、私達は現在落下しているだけですから」
私と彼女は落下するイスに座り話し始めた。大分高度が落ちてきたので、少し空気が暖かくなってきたようだ。ちょうど南国の上空を飛んでいたのが幸いだったようだ。
「他の人達はどうなったのでしょうかね?」
私はなんとなく彼女に尋ねてみた。
「いやー、皆さんパイロットも含め、外に放り出されているようでしたよ。私は一番最後に飛行機から出たので」
「そうですか・・・」
「なので、皆様もこうしてどこかの空を落下している途中だと思います」
「まあ、飛行機の爆発に巻き込まれなくてよかったですね」
「えー、それは幸いだと思います」
彼女は切れ長の大きな瞳を美しく輝かせ、私に話しかけてくれる。おっとりとした口調で、優しさに包まれた人だった。私は瞬時に彼女の事が気になった。もっと長く話しをしてみたい。単純にそう思った。
「あのー、こんな時に失礼ですが…。お名前を聞かせて頂いてよろしいでしょうか?」
「ふふふ、おもしろい方ですね。私達落下の途中ですよ。えー、ミヤシマと申します」
「ミヤシマさん、えー私はヨネダと言います。どうぞ宜しく」
「ヨネダさんね。こちらこそ、どうぞ宜しく」
足元に地上が見えて来た。
昼のフライトだったので、くっきり地上が見える。
「ミヤシマさん、さーて、どうしましょう」
「そうですね…うーん、弱りましたが」
ふっと、ミヤシマさんの方を見ると彼女は何か口元をモグモグしている。
「あ、あれ?ミヤシマさんひょっとして今何か食べてます?」
「ふ、あ、バレマシタか?今丁度同じ速度で落下しているチキンがあったものですから、手にとって食べちゃいました」
「わー、ミヤシマさん。かなりの天然ですね。今の状況でよく食べることができますね」
「よく言われます。いや、でもすんごい美味しいですよ、このチキン。コショーがちょうど良く効いていて。私、腹ペコだったんです」
私は思った。この女性を私は好きになり始めている。なんていうか「感覚」的が魅力的なのだ。こんな人と巡り会えたなんて…。
「あっ、なんでしょうこれ?」
チキンをくわえたミヤシマさんが言った。見るとミヤシマさんはオレンジ色の文字で「非常用」と書かれた袋を持っていた。
「わあ!そ、それはパラシュートじゃないですか?」
袋には緊急で装着する、パラシュートの図式解説も載っている。
「いやあ、助かりましたね、あれ?これも?そうじゃないですか」
良く見ると、同じような袋が付近に沢山落下している。
「丁度、パラシュートの荷物を大量に乗せた飛行機だったんでしょうかね?」
ミヤシマさんは相変わらずチキンをモグモグしながら言ってきた。
「うーんどうなんでしょうねえ、どちらにしろ助かりましたね。あまり猶予は無さそうなので、早速装着しましょう」
その後。私とミヤシマさんはパラシュートを装着し、無事にパラシュートを開く事に成功した。そしてフワフワと足元の高原に下りる事ができた。驚くべきことに、私達の乗っていた小型旅客機の乗客25名は全員助かっていた。
皆、パラシュートを上空で装着して、開く事に成功したのだ。後からパイロットに聞いてみると、ミヤシマさんの言う通り、たまたまパラシュートを大量に運送する途中で飛行機に不具合が起きたとのことだった。私はミヤシマさんと地上で合流した。
「助かりましたね、良かった!」
ミヤシマさんの長い髪の毛はようやく落ち着きを取り戻したようで、髪は肩の下で正しく揺れている。
「あのー、ミヤシマさん。突然ですが今後のご予定はあるのですか?」
私はミヤシマさんに言った。
「え?いえいえ、この事情で今後の旅行のプランは白紙ですから」
「当然私もそうなるわけです…あの…」
「なんですか?」
「よかったら、助かったお祝いにご飯でも如何でしょうか」
私はミヤシマさんの瞳をじっと見つめて言った。
「ええ、もちろん。揺れてない席でゆっくり食べたいわ」
「全くその通りですね、じゃあチキンの続きを食べに行きましょう」
二人は高原近くのバス停でバスに乗り、町に向かった。
ミヤシマさんはバスの窓を全開に開け、地上の風で髪を靡かせている。無邪気な少女のように遠くに見える山々の風景を指差しながら、私に語りかけてくれる。この旅の続き。果たしてこれからどうなるのだろうか。
【パキンッ…】
バスの後部座席付近から、何かの金属が外れるような音がした…
まあ、それはそれでよしとして。
井口貴史(いぐち・たかし)
兵庫県淡路島出身。東京都在住。2018年より『5分後に意外な結末』シリーズ(株式会社 Gakken)や『意味がわかると鳥肌が立つ話』シリーズ(株式会社 Gakken)に参加。近著として2023年7月発売『5分後に意外な結末ex インディゴを乗せた旅の果て』(株式会社 Gakken)にて『見てる』と『ちっぽけ』を収載。主にショートショート作品を創作。
胸熱の友情や家族愛、キュンとする恋バナ、身の毛がよだつサイコホラー。
たった5分で読めて、あっと驚く結末の20話のショート・ショートと、
ページをめくると驚きの結末が待ち受ける、全編イラストつき「5秒後に意外な結末」19話を収録。
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