十一月Δ日

文字数 6,230文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

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十一月Δ日

 小説すばる11月号に都市SF短篇「オメラスはお前を許さない」が掲載された


 理想都市オメラスは一人の子供の不幸の上に成り立っている……と見せかける為に、存在しない子供のホログラムを作る仕事に就いている職員達のディストピア創造SFである。理想的な都市を作った実業家一族の娘がこのアーシュラ・K・ル=グウィンの「オメラスから歩み去る人々」を読み、理想都市に住むが故に選民意識を育て驕り高ぶった住民達を『調教』する為にそれを現実にしようと考えたのだ。


 言ってしまえばユートピア短篇なのだけれど、今回私が目指したのは本当に幸せな都市である。自分が住むことになっても楽しく暮らせるように……と考えた結果、働かなくてもベーシックインカムによって生活が保障されており、女性でも夜釣りが楽しめる都市が生み出された。世界的に見ても夜釣りが出来る街はそう多くないと『鍋に弾丸を受けながら』(「治安の悪い場所の料理は美味い」をコンセプトに、作者が世界中のグルメを紹介する料理漫画)で描かれているのを読んでから、夜に釣りが出来たら良いなあと密かに憧れるようになったのだ。私は紫外線アレルギーなので、太陽が沈んでからの釣りなら色々と悩まずに済む。


 だが、そうして自分の住みやすい都市を考えていくとどうしてもリソースのことに目を向けなければならず、そうして出来上がったのがこの短篇である。なので、先に言ってしまうとこれは善性の話と見せかけたリソース管理の物語なのだ


 この作品を書くにあたってル=グウィンの『風の十二方位』を読み直したのだが、やはり面白かった。ファンタジーの名手として有名なル=グウィンだけれど、私はこの短篇集だとドラッグによるトリップをダウナーに描いた「グッド・トリップ」だ。とても短い物語だけれど、ラストのちらっと見える再生とタイトルの小気味よさがとても印象に残っている。


 短篇といえばジョイス・キャロル・オーツの『邪眼:うまくいかない愛をめぐる4つの中篇』という短篇集も良かった。どんな短篇集かと問われれば帯にある「死ね、死ね、マイ・ダーリン、死ね。」という言葉を引用せざるを得なくなる。つまりはそういう短篇集なのだ


 この短篇集に掲載されている四つの物語は、どれもオールタイムベスト級に面白い。表題作の「邪眼」は、著名な舞台芸術家であるものの横暴で、DVを繰り返している夫を持つ若き妻・マリアナの物語。このままでいいのだろうかと、このままでいいはずだという相反する思いを抱えた彼女の元に、片眼を失った先妻が訪れる。夫の愛を奪うかもしれない先妻は、彼女にとっての敵であるはずだが……。邪眼の女はマリアナに忍び寄る「未来」を、読者に共有してくれる。「描かれていないけれど、これは多分こうなるんだろうな」と思わせられる物語は、不穏と伏線をしっかり仕込んでいる物語だ。


 続く「すぐそばに いつでも いつまでも」は、一転してジョー・ヒル作品のようなシンプルなサイコサスペンスである。付き合っていた男がストーカー化してしまう……というありがちなストーリーから、ジョイス独特の嫌さをまぶした展開にしていくのが上手い。この味わいは、どれだけ歪んでいても根底に愛があるとしっかり描いているからなのだろうな……と思う。(それが嬉しかったり幸せであるかどうかは別として)


 三本目の「処刑」が私の一押しの短篇である。サイコパスの少年が一時の激情のままに両親を襲撃したが、半死半生ながら母親が生存してしまって……という物語。もしかすると、この短篇集の中で最も愛について書かれた話なのかもしれない。ラストまで読めば、どうして私がこの短篇が好きなのか分かるかもしれない。


 最後の「平床トレーラー」は決して楽しい話ではないのに、読後感は一番いい。かつて性被害にあった女性が、十数年の時を経てパートナーと復讐をしに行くのだが、この復讐がどういう意味を持っているのかを丁寧に描いてくれているのが好きだ。舞城王太郎『熊の場所』を思い出す。


 ジョイス・キャロル・オーツの作品はどれも面白いな……と思うと同時に、面白い小説を書く作家は作風が幅広いのに、根底にある個性は共通しているのだなとしみじみ感じ入った



十一月◎日

 SFマガジン12月号に新作SF短篇「不滅」が掲載された。これでSFマガジンでの連載も一区切りとなり、来年の春には待望のSF短篇集が出る予定である。頑張ってきたものが結実するような感じがして嬉しい限りだ。これでどうにか来年の日本SF大賞を獲りたいものである。


 ところで、今年から日本SF大賞の選考委員をやることになった。「果てしないSFロードを駆け上がり始めたばかりだというのに、いきなりこんな新入りが選考委員をやっていいんだろうか……」という思いもあり「私も日本SF大賞が欲しいので……」と言って断ろうとしたのだが、池澤会長に「大丈夫だよ! 小川先生が選考委員の時に天冥の標も獲ってるし!」と言われて引き受けることになった。その例はあまりに特殊過ぎて……参考にならないんじゃないか……? あまりに大作過ぎる……! と思ったものの、先例は先例なのだ。これから三年間頑張ろうと思う。


 さて、短篇集の最後を飾る予定の「不滅」だが、これは死体が腐らなくなる不滅現象が起こった世界の話だ。死体は腐ることも土に還ることもないので、段々と土地を圧迫していく。その解決策として死体を宇宙に送る『葬送船』が開発され、死体は宇宙に送られることになった。そんな世で、一人の男が宇宙港を舞台にテロを起こした……という物語である


 今回、担当編集のSさんに「短篇集を編むにあたって、語り口が他の短篇には違うものにしてほしい」というリクエストがあったので、一つの事件を関係者が証言していく形を取った。むしろそういう語り口にしようと決めて考えた物語なので、あのリクエストがなかったら全く違う物語になっていたんじゃないかと思う。あとは、短篇集の最後を飾るなら、という理由でラストをああいった形にした。よければ是非読んでみてほしい。


 SF繋がりでマイケル・ブラムライン『器官切除』を読む。ブラムラインはJ・G・バラードに最も近いところにいると高く評価される外科医作家と呼ばれていて、半分以上その肩書の面白さにによって手に取った作品である。


 表題作の「器官切除と変異体再生──症例報告」は、とある人物から身体の全てを抜き取り、必要な器官を適宜提供する実験を描いたかなりダークな物語だ。この人物が誰で、どうしてこんな目に遭わされているのか? が主眼になっているのだが……この物語が書かれたのが一九八〇年代であることを考えるとさもありなんである。基本的にブラムラインの小説の中で人体は単なる肉塊、あるいは人間を動かす為のパーツとして扱っている節がある。だからこそ、生理的にぞくぞくとするような描写が出来るのかもしれない。あるいは、外科医という職業が影響しているのだろうか。


 けれど、私が一番好きだったのは、立派だった父親の死後に、彼が度々謎の性癖を発散していたことがわかる「ウェットスーツ」だ。人に言えない趣味を持っている人間をテーマにした物語は色々あるが、周りの家族の反応を含めて生々しくて心に残った。父親の趣味も、理解出来そうで出来ない、どうしてそうなる……? と思うようなものなのだ。ある意味でJ・G・バラードに一番作風が近いのはこの短篇なんじゃないかと思う。よかったら、何かのきっかけで他のブラムライン作品も翻訳出版されないだろうか……。



十一月/日

 11月18日公開『ザ・メニュー』の試写会に行く


 映画好きの小説家だからか、最近はこうして試写会に呼んで頂けることが増えた。面白い映画を先に観られるとは、なんて良い仕事なのだろう……としみじみ思う。


 試写会に必須なものといえば、紙の本である


 当然ながら、試写会は電子機器の持ち込みが禁止されている。スマホやタブレットなんかは封筒に入れて封をし、終了するまで開けられないようにするのだ。開けようとした時に音が鳴るし、封筒は理に適ってるな……と思うのだが、如何せんスマホが無いと暇であるのも確かである。試写会は大抵上映開始まで三十分くらいあるので、本を持ち込まないと三十分瞑想の時間にあてることになるのだ。というわけで、試写会に行くと待っている人がみんな本を読んでいるのが見られて楽しい


 というわけで、私もリディア・パインの「ホンモノの偽物 模造と新作をめぐる8つの奇妙な物語」を読む一口に偽物といっても、その中身や来歴には奇妙な物語が詰まっている……というノンフィクション。奇妙なと銘打たれているだけあって、この本で紹介されている偽物は、アイアランドという男が作った『本物よりも人気な偽シェイクスピアの戯曲』や『アンディ・ウォーホルの死後に、彼の遺した型を用いて他の人間が作ったウォーホルの版画作品』など、一概に偽物とも言えない存在を扱っているのだ。版画のネガを作ったのはウォーホルなんだから、誰がインクを付けて転写したかなんか関係ない。それはウォーホル作品だ。……とも思うのだが……ウォーホルが生きていた頃の作品の方が優れているような気がするのは何故だろう


 私が特に面白いと思ったのは、博物館が超巨大なシロナガスクジラの展示を実現させるべく奔走する姿を描いた「大いなるシロナガスクジラ」の章である。本物にこだわった末に、海辺に打ち上げられたシロナガスクジラの骨を標本にしようとしたものの、クジラが巨大過ぎてまったく腐敗が進まず悪臭に悩まされ、いざ骨にしても、その骨自体がたっぷりと油を吸っているので、その油が腐敗して悪臭を放つという地獄が展開される。それでもあくまで"本物"のシロナガスクジラを見せたい! という気持ちで巨大な生物の死体と戦う様は感動的だ。そしてそれと対比させるように、後半は自然史博物館でシロナガスクジラの模型を作った時の話が書かれている。模型とはいえ、こちらも"本物"のシロナガスクジラを見せたいという意気込みで作られているものなので、今のような測定技術や観察データの無い時代に、どうやって本物と遜色の無いシロナガスクジラの模型を作るのか? どこまで再現すれば"本物"だと言えるのか? というドラマがあるのだ


 この章では、真作と贋作の違いについてある答えを出している。私はこの結論が特に好きだ。


 さて、肝心の『ザ・メニュー』だ。限られた人間しか招待されない孤島のレストランにやってきた招待客達。有名シェフの特別料理を楽しむ素敵な一夜になるはずが、コースが進んで行くにつれ、彼らはこのレストランの奇妙さに気づかされるのだが……という物語


 正直なところを言ってしまうと、変な映画だと思う。観終わった後に、自分は一体何映画を観たんだ……? と思わされてしまった。だが、今年一番面白かった映画でもある。この映画のような奇妙な雰囲気を生み出すのは、小説には難しいんじゃないかと思う。だからこそ、嫉妬すら覚えるような作品だった。私は分子ガストロノミーなどが好きなので、シェフであるスローヴィクの店の雰囲気や料理自体の美しさもとても楽しかった。なんて豪華な映画だ……。細かいところまで手を抜かず、極限まで美しいビジュアルを実現して全力でブラックジョークをやり続ける映画なのだ。特に中盤の、スローヴィクが女優の客に声を掛けるシーンは、ネタバレになってしまうもののTwitterに貼られたらバズるだろうな……と思ってしまった。多分、観たら同じ感想を抱くだろう。とことんまで露悪的でシュールな物語を展開しているからこそ、伝えたいメッセージはストートに伝わってくる。劇場から出ると、ちょっと美味しいものを食べたくなる。


 劇場で配布されているリーフレットには私の推薦コメントが載っているので、良ければ手に取ってほしい。この奇妙な映画が刺さる人間は結構いるんじゃないか……。



十一月◇日

 私が推薦文を書かせてもらったイアン・リード『もっと遠くへ行こう。』が発売した。ジャンルは哲学的スリラーだそうだ。


 物語は農場に暮らすジュニアという男が宇宙移住者として選ばれるところから始まる。これはとても珍しく名誉なことであるが、宇宙で生活している間、妻のヘンは一人ぼっちで農場に残されることになる。ジュニアは移住と妻との間で板挟みになるのだ


 最初は妻を地球に一人残すわけにはいかないと葛藤していたジュニアだったが、段々と彼は宇宙移住に心を惹かれていくようになる。農場で夫婦二人細々と暮らしていた中で突然降って湧いてきた『特別』に、ジュニアの心が変わっていくのだ。ここがユニークなところだと思う。そりゃあ、一握りの人間しか選ばれませんと繰り返し繰り返し言われていれば、そりゃあ言われている方の心も変わっていくだろう。この変化が一番スリリングである。


 読み終えて私が書いた帯が「非凡な自分でありたいという凡庸な願いが、替えの利かない地獄を生む。」なのだが、自信作なので是非読んだ上で改めて帯を見てほしい、かなり上手いこと物語の芯を捉えられているんじゃないだろうか?


 それはそれとして佐藤友哉「少年探偵には向かない事件」を読む。星海社ミステリカーニバルの中の一冊で、ユヤタンの息子が探偵役を務める青春ミステリである。ユヤタンにしては癖が無くすっきり終わる後味の良いミステリだった。少年探偵が『少年』というハンデを抱えながら『探偵』らしくあるにはどうすればいいのか? という亜種探偵論のような趣があり、かつてのメフィスト読者にロマンを与えてくれる。往年のユヤタンファンにとってはちょっととぼけた雰囲気のユヤタンが全篇にわたって楽しめるのも嬉しい。勿論フィクションであるということを織り込んでもなお、ユヤタンの日々が垣間見れることに嬉しさを覚えるのだ。


 そろそろ冬がやってくる。私の住んでいるところは涙が出そうなくらい寒いコンクリート敷きの部屋なので、寒さで仕事がまともに出来なくなる。それまでに出来る限りのことをしないと……と準備をしていると、なんだか冬眠の準備をしているような気分になる。早く春が来てほしい


『あなたへの挑戦状』(阿津川辰海・斜線堂有紀)大重版が書店へ展開中!


次回の更新は、11月21日(月)17時を予定しています。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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