健屋の「柔らかいところ」を刺し続ける棘。「夢」って弱点なんだね。

文字数 3,355文字

えー、皆さんお加減はいかがでしょうか。



どうもにじさんじ所属バーチャルライバーの健屋花那です。


三度目の正直、という言葉がございますから、三回目でそろそろ担当者さんが痺れを切らして打ち切りになるかと思っていたのですが……どういったわけか第四回を迎えさせていただいております。

世の中二度目や三度目に関することわざはたくさんありますが、四回目に関するものって少なくないですか。四回目以降は安泰だと思っていいんでしょうかね。


毎度ビクビクしながらエゴサしておりますと、第一回、第二回と、意外に「健屋の選ぶ本、わかってんねえ」みたいな意見をいただいておりまして、本人が一番びっくりしています……第三回はこれを書いている時点でまだ公開されていないので、もしかしたら生卵を投げられているかもしれませんが。


まあいいんですけどね。たまたま私が好きな本が、たまたまこれを読んだ人の好みと合っていた、ということに過ぎないのですから。


そうは言いつつもやはり皆さんに喜んで欲しい気持ちはあるので、どの本について書けば皆さんのご期待に添えるだろうか……と考えていると、ふいに声が聞こえます。


「媚びればその場はやりすごせますが、実はその先がなくなっていきます。」

……う。

で、でも。読んでいる人に楽しんでもらいたいし……。


「自分自身で何かを表現し、発信していく以上、批判はあって当たり前です。」

そうかもしれませんが……私も人間ですし、なるべく嫌な思いはしたくないですし……


「それに傷ついて負けるんだったら最初からやらない方がいい。」

…………はい。


私が"なに"と会話していたのかというと、大塚明夫さんの「声優魂」という本の一節です。

私にとって、最も人生に影響を与えた本といっても過言ではありません。そして、最も読みたくない本と言っても、過言ではありません。


このコラムを担当させていただくことが決まった時も、まず一番はじめにこの本のことが浮かびました。でも今まで逃げ続けてきました。それくらいこの本は特別で、自分だけのものにしたくて、そしてもう読みたくないと思いつつも、また読んでしまう本です。


これを言わないのはアンフェアかもしれませんね。

告白しましょう。私はずっと声優になりたかったのです。


物心ついた時にはもう薄らと憧れがあって、声だけで表現することの難しさ、そして柔軟さに惹かれたのを覚えています。

大学に入ってもやはり憧れが捨てられなかった私は、どうして声優になりたいのか、どうして舞台ではダメなのか、そう考えて扉を叩いた演劇サークルで芝居の沼に勢い良く足を滑らせていくことになるのですが……それはまた別のお話。


声優という夢を一度は抱いた私だから響いた部分も確かにあると思います。それでも声優さんが好きな人、同じように声優に憧れた/憧れている人、そして何かしらの形で表現を発信している人、もしくは何かの夢がある人には、ぜひ読んでいただきたい……でもやっぱり読んで欲しくないような気がする……そんな本です。


誤解のないように予めお伝えしておきますと、別に大塚明夫さんは「声優という生き方」を軽蔑なさっているわけではありません。逆にとても真剣に向き合い、だからこそその厳しさを語れるのだと感じます。


そして大塚明夫さんの文章がとても読みやすいんです。するすると頭に入ってきます。このコラムを書きながら「文章書くって難しい〜」と転げ回っている私にとっては度肝を抜かれる読みやすさです。書かれているひとつひとつの言葉が簡潔でわかりやすく、その分だけ真っ直ぐに刺さるのは、普段から「言葉で人を刺す」生き方をなさっているからなのでしょうか。


初めてこの本を読んだのは、とにかく芝居が上手くなりたくて、あちこちのオーディションを受け、稽古帰りに本屋さんでメソッド本を買い漁っていた時期のように思います。


「声優だけはやめておけ。」


この帯に惹かれて作者を見ると、知る人ぞ知る大塚明夫さんではありませんか。

大塚明夫さんほどの成功した声優さんが何をおっしゃるか。そう思いながら手にとってぱらりと眺め、それから心臓のバクバクが店員さんに聞こえないかと思いながら、急いでお会計を済ませました。


自分が目を背けていたことを、全部言い当てられた気がしたからです。

私がいつも「もうこの本は二度と読まない!」と思うのもそのせいです。思考しないことで平穏に保っている気持ちが、この本を読むとザワザワと波立っていくのを感じます。実際この書評を書くにあたりもう一度この本を読み返したのですが、今読んでも苦しいのなんの。ページをめくり、たくさん貼られた付箋がパラパラと音を立てるたびに、また心がざわついていきました。


それでもふとした時にまた、この本を読み返しているのです。

私は「電音部」という音楽原作キャラクタープロジェクトで「鳳凰火凜」のキャラクターボイスを務めさせていただいております。他にも、「メンヘラフレシア
フラワリングアビス」というゲームでも「蔵取あゆめ」を担当させていただきました。


じゃあ私は「声優」なのでしょうか?


ファンの方からは、「健屋さん、声優さんだね!すごい!」と声をかけていただくことがあるのですが、その度に誇らしいような踊り出したいような気持ちとともに、どこか顔が真っ青になっていく気持ちがします。


「たまたま機会があって舞台にあがり、ライトに照らされて台詞を読んだからって、俳優だと言うな」


これはリー・ストラスバーグの言葉ですが、まさにその通りだと思うのです。

そして「健屋さん声優じゃん!」と言ってもらって舞い上がりそうになる気持ちを、この本を読んで地面に叩きつけます。


声優という生き方が、今の私にできているのか?

そう自問した時、はい!と言うのも傲慢でとてもできませんし、いいえ!と言うのも作品に失礼な気がしてとてもできません。

それでも芝居を好きな気持ちは消えないし、声優への憧れも変わらずあります。むしろ年々強くなっているようにすら感じます。


このどうしようもなく苦しくて、悔しくて、もどかしくて、叫び出したいような走り出したいような気持ちが、私をここではないどこかへ突き動かすのです。


「見た人が『この人を追いかければ、心震える世界に出会える』と判断してくれればその人は長くファンでいてくれるでしょう。(中略)『ずっと惚れていてもらうこと』が、そしてそのための努力が私たちには必要なのです。」


この本は「声優」としての生き方を書いていますが、「ライバー」に置き換えても心に刺さる部分がとても多いと感じます。そして、他の「生き方」にもあてはまる部分が多いのではないでしょうか。


この本を読むことは、夢を追いかけている人ほど、とても苦しいと思います

才能のなさ、運のなさ、環境の違い、自分の考えの甘さを突きつけられ、「いやでも私は……」とどうにか言い訳しようとする自分に気付き、また泣き出したくなります。

それでも大塚明夫さんの言葉は、きっとあなたに真っ直ぐに刺さり、一歩を踏み出させてくれるはずです。

もちろんそれは、「この夢はやっぱりやめておこう」と決断するための一歩かもしませんが。


さて、とっておきの本を紹介してしまったら、次の本選びは難しくなりますね……え?このコラム、第四回まで?あ、なるほど……確かにそんな話だったような。なるほど。やはり表現の世界に、安寧の地なんてないんですね……。


拙い文章だったと存じますが、ここまでお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。素晴らしい機会をくださった運営の方々にも感謝です。

健屋はYouTubeにもTwitterにも生息しておりますので、またどこかでお会いした際にはどうぞよろしくお願いします。


それでは皆さん、明日も一日お元気で。

『声優魂』大塚明夫/著(星海社新書)

健屋花那(すこやかな)

にじさんじ所属バーチャルライバー。

病院で働く女の子。彼女の笑顔で健康になった人は多い。世界中の人々を元気付けようと、ライバー活動を始めた。不器用で、採血は苦手。

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