念願の〈国名シリーズ〉

文字数 1,364文字

 改めて考えてみると、長編ミステリーのタイトルに国の名前を付けてシリーズ化するという発想は、できそうでいてできなく、斬新であったのかもしれない。嚆矢(こうし)にして代表例となっているのが、日本では〈国名シリーズ〉として知られているエラリー・クイーンの名作群である。刺激を受けた日本のミステリー作家は多く、私もその一人で、長編デビュー20周年を自ら記念して思いと着想をぶつけさせていただいた。それがこの連作短編集だ。きっかけとして大きかったのは、表題作「或るエジプト十字架の謎」の謎解き構想が閃いたことだった。派手でいながら動機は非常に限られているので新たな味付けはむずかしい首なし死体ストーリー、これが作れるのであれば、他の〈国名シリーズ〉と結びつけられるネタはけっこうそろっているのだから……! と鼻息が荒くなったわけだ。ローマ帽子もフランス白粉(おしろい)もいける!
 ただ、真面目な贋作、パスティーシュを書こうとしたわけではない。あくまでもオリジナルストーリーとして書く。とはいえ、読者の期待、そしてオマージュをこめる意味でも、クイーンの原典とできる限りリンクしたほうが面白いだろう。クイーン作『ローマ帽子の謎』は、劇場の観客や関係者の中からロジックによってたった一人の犯人を絞り込む作品で、私の「或るローマ帽子の謎」は、都市空間を舞台にしてそれをやっている。『フランス白粉の謎』では、犯人はなぜ、ある時刻に死体が現われる隠し方をしたのか、という謎がスタートになるが、「或るフランス白粉の謎」は、狭い時間の範囲で死体が発見されるように犯人は目論んでおり、それはなぜなのかという謎設定に新機軸を出せたのではないかと自負している。白粉だらけの現場ともうまく響き合ったのではないか。『オランダ靴の謎』には木靴は出てこないが、やっぱりそれは出しましょうよ(笑)との思いが強く、「或るオランダ靴の謎」は書かれた。
 巨匠の名シリーズを(かんむり)として拝借しているので、名を汚すようなレベルの内容であれば厳しい風当たりになるのは覚悟しなければならなかったが、幸い各方面で評価してもらえて安堵した。
 意外な評価といえば、探偵役の(みなみ)美希(みき)(かぜ)と同行しているアメリカ人の女性検死官もそうで、彼女は日本語の男言葉を話し、性格も男勝りなのだが、特に同性になかなか評判が良かった。もっと活躍させてほしいという希望も寄せられた。柄刀版国名シリーズは、全四冊になる予定なので、彼女の活躍や行く末も楽しんでもらえればと思う。



柄刀一(つかとう・はじめ)
1959年、北海道生まれ。公募アンソロジー『本格推理』シリーズ(光文社文庫)への参加を経て、'98年『3000年の密室』で長編デビュー。ロマンティシズム溢れるテーマを揺るぎない論理で展開する知的な作風で、多くの熱狂的な支持を集めている。近著に、『或るギリシア棺の謎』『ミダスの河』『流星のソード』『ジョン・ディクスン・カーの最終定理』などがある。

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