連載企画 Story for you
〈8月6日〉 犬塚理人
文字数 2,320文字
訪
(
ほう
)
問
(
もん
)
者
(
しゃ
)
終業
(
しゅうぎょう
)
のベルが
鳴
(
な
)
ると、
拓
(
たく
)
はまっさきに
教
(
きょう
)
室
(
しつ
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
した。
友
(
とも
)
だちがいない
拓
(
たく
)
にとって、
学校
(
がっこう
)
は
長
(
なが
)
くいたい
場
(
ば
)
所
(
しょ
)
ではない。それに
早
(
はや
)
く
家
(
いえ
)
に
帰
(
かえ
)
って、
郵便
(
ゆうびん
)
受
(
う
)
けをのぞきたかった。
学校
(
がっこう
)
が
再開
(
さいかい
)
される二
週
(
しゅう
)
間
(
かん
)
前
(
まえ
)
、
拓
(
たく
)
はパパに
連
(
つ
)
れられて
海
(
うみ
)
を
見
(
み
)
に
行
(
い
)
った。そして
小
(
ちい
)
さなガラスびんに
手
(
て
)
紙
(
がみ
)
を
入
(
い
)
れて、
海
(
うみ
)
に
流
(
なが
)
した。
手
(
て
)
紙
(
がみ
)
には、「
友
(
とも
)
だちになってください」というメッセージと、
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
の
名
(
な
)
前
(
まえ
)
と
家
(
いえ
)
の
住
(
じゅう
)
所
(
しょ
)
を
書
(
か
)
いた。その
日
(
ひ
)
から
毎日
(
まいにち
)
、ガラスびんをひろって
手
(
て
)
紙
(
がみ
)
を
読
(
よ
)
んだ
誰
(
だれ
)
かが
連絡
(
れんらく
)
してくるのを
心
(
こころ
)
待
(
ま
)
ちにして、
郵便
(
ゆうびん
)
受
(
う
)
けをのぞくようになった。
拓
(
たく
)
がマンションに
帰
(
かえ
)
りつくと、
入
(
い
)
り
口
(
ぐち
)
の
集
(
しゅう
)
合
(
ごう
)
ポストを、ひとりの
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
がのぞきこんでいた。
拓
(
たく
)
に
気
(
き
)
づいて
振
(
ふ
)
りかえったその
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
は、
拓
(
たく
)
より
年下
(
としした
)
のように
見
(
み
)
えた。
拓
(
たく
)
は
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
のわきから
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
の
家
(
いえ
)
の
郵便
(
ゆうびん
)
受
(
う
)
けをのぞいて、
手
(
て
)
紙
(
がみ
)
が
入
(
はい
)
っていないのを
確
(
たし
)
かめた。
今日
(
きょう
)
も
手
(
て
)
紙
(
がみ
)
は
来
(
こ
)
なかった――。
肩
(
かた
)
を
落
(
お
)
として、
拓
(
たく
)
はエレベーターに
乗
(
の
)
りこんだ。
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
もあとから
乗
(
の
)
ってくる。
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
は
手
(
て
)
を
伸
(
の
)
ばして、五
階
(
かい
)
のボタンを
押
(
お
)
した。
拓
(
たく
)
と
同
(
おな
)
じ
階
(
かい
)
だ。だけど
不思議
(
ふしぎ
)
だ。こんな
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
は
今
(
いま
)
まで
見
(
み
)
かけたことがない。
五
階
(
かい
)
で
降
(
お
)
りた
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
のあとを、
拓
(
たく
)
はついていった。おどろいたことに、
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
が
立
(
た
)
ち
止
(
ど
)
まったのは
拓
(
たく
)
の
部屋
(
へや
)
の
前
(
まえ
)
だった。
心臓
(
しんぞう
)
がとくんとはねる。この
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
はもしかして――。
「ねえ、もしかして、
手
(
て
)
紙
(
がみ
)
を
読
(
よ
)
んで
訪
(
たず
)
ねてきたの……?」
おそるおそる
声
(
こえ
)
をかけると、
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
はびっくりしたように、
目
(
め
)
を
見
(
み
)
ひらいた。
次
(
つぎ
)
のしゅんかん、
女
(
おんな
)
の
子
(
こ
)
はエレベーターのほうへと
走
(
はし
)
りだした。
拓
(
たく
)
があっけに
取
(
と
)
られていると、ランドセルの
中
(
なか
)
でスマホが
鳴
(
な
)
った。あわてて
取
(
と
)
り
出
(
だ
)
す。ママからだった。ママは
今
(
いま
)
、パパとは
別
(
べつ
)
の
男
(
おとこ
)
の
人
(
ひと
)
といっしょに
住
(
す
)
んでいる。
電
(
でん
)
話
(
わ
)
をかけてくるのは
久
(
ひさ
)
しぶりだ。
〈
拓
(
たく
)
?
突然
(
とつぜん
)
ごめん。そっちに
麻衣
(
まい
)
が
行
(
い
)
ってないかな?〉
麻衣
(
まい
)
というのが、ママと
住
(
す
)
んでいる
男
(
おとこ
)
の
人
(
ひと
)
の
娘
(
むすめ
)
だというのは
聞
(
き
)
いたことがあった。だけど
実際
(
じっさい
)
に
会
(
あ
)
ったことはない。〈
麻衣
(
まい
)
、ちょっとけんかして
家
(
いえ
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
しちゃってね。それで、もしかしてそっちに
行
(
い
)
ったのかもしれないと
思
(
おも
)
って
電
(
でん
)
話
(
わ
)
したんだけど……〉
拓
(
たく
)
はエレベーターの
前
(
まえ
)
に
立
(
た
)
ちつくしている
麻衣
(
まい
)
に
目
(
め
)
を
向
(
む
)
けた。ママと、
麻衣
(
まい
)
のパパが
仲
(
なか
)
が
良
(
い
)
いのなら、きっと
僕
(
ぼく
)
らだって
友
(
とも
)
だちになれるはずだ。
拓
(
たく
)
はにっこりと
笑
(
わら
)
いかけた。
犬塚理人(いぬづか・りひと)
1974
年
(
ねん
)
大阪
(
おおさか
)
府
(
ふ
)
生
(
う
)
まれ。
早稲田
(
わせだ
)
大学
(
だいがく
)
卒
(
そつ
)
業
(
ぎょう
)
。
有栖川
(
ありすがわ
)
有栖
(
ありす
)
氏
(
し
)
、
恩田
(
おんだ
)
陸
(
りく
)
氏
(
し
)
、
黒川
(
くろかわ
)
博行
(
ひろゆき
)
氏
(
し
)
、
道尾
(
みちお
)
秀介
(
しゅうすけ
)
氏
(
し
)
が
選考
(
せんこう
)
委
(
い
)
員
(
いん
)
を
務
(
つと
)
めた
第
(
だい
)
38
回
(
かい
)
横溝
(
よこみぞ
)
正史
(
せいし
)
ミステリ
大
(
たい
)
賞
(
しょう
)
において、『
人間
(
にんげん
)
狩
(
が
)
り』で
優
(
ゆう
)
秀
(
しゅう
)
賞
(
しょう
)
を
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
しデビュー。
現在
(
げんざい
)
は
不
(
ふ
)
動
(
どう
)
産
(
さん
)
業
(
ぎょう
)
に
従
(
じゅう
)
事
(
じ
)
している。
最新作
(
さいしんさく
)
は、『
眠
(
ねむ
)
りの
神
(
かみ
)
』。
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