「群像」2020年10月号

文字数 1,252文字

編集後記は、文芸誌の裏方である編集者の顔が見えるページ。

このコーナーでは、そんな編集後記を選り抜きでお届けします。

書き手:戸井武史

編集者。「群像」編集長。

編集部に、『高見順賞五十年の記録 一九七一―二〇二〇』と題された非売品の本が届いた。背から表4にかけて、煙草をくわえ何か物している高見順の写真が使われた渋くて立派な造本。今年残念ながらその歴史に幕を閉じる高見順賞のあゆみをまとめた、読み応えとともに資料的価値も高い本で、机に置いて少しずつ読んでいる。


「最後の文士」ともいわれた高見順は、群像の「恩人」のひとりである。


昭和四十年七月、末期がんで死の床についた高見を、当時の野間省一弊社社長と大久保房男群像編集長が見舞うと、高見は熱をこめて言った。

〈…………僕等にとって『群像』が大切な雑誌というだけでなく、日本の文学にとっても、あれは大切な雑誌です。(中略)あの赤字の雑誌の存在が社にとっても非常に大切なものだということを、野間さん、腹に入れといて下さい……。〉

(『続 高見順日記』第六巻)

現役の編集者として「赤字」という言葉は素直に受け容れがたいけれど、かくいう私もかつて入社試験の面接でこの野間省一と高見のエピソードにお世話になった。賞の歴史は閉じても、高見順の作品は、『如何なる星の下に』などが講談社文芸文庫に残っている。群像も文芸文庫も、歴史をつなぐ媒体―担い手として思いを新たにした。


今号も巻頭から新連載がずらり。町屋良平さん「ほんのほんのこども」は、1月号掲載短篇がベースになったもの。連作で続きます。日和聡子さんの掌編×ヒグチユウコさんの絵―豪華劇場「硝子万華鏡」へようこそ。「マルクスと現代」を考える斎藤幸平さんの評論エッセイ「マルクスる思考」にくわえ、穂村弘さんの「現代短歌ノート」が「二冊目」となってリニューアル。読み切り・連作の創作は今村夏子さん、笙野頼子さん、松浦理英子さん。そして田中未来さん訳の翻訳短篇です。リニューアル以降映画、翻訳小説と続いたアンケート特集第三弾は、ジャンルを超えた64人の、いま再読したい「私を変えた一冊」(編集部は『異邦人』『ぼくアホやし』『響きと怒り』『個人的な体験』『神聖喜劇』でした)。あなたを変える一冊があるはず。批評は大澤真幸さんにベンヤミン没後80年特別寄稿を、樫村晴香さんには読み切り「美しいもの」を、大澤信亮・石戸諭両氏の連作も掲載。いとうせいこうさん×崔実さんは『pray human』をめぐる初対談。好評二〇世紀鼎談は「言語論的転回」を扱います。論点は、清水晶子さん(クィア)、想田和弘さん(ドキュメンタリー)、横山佐紀さん(ミュージアム論)。不定期記事ページ「article」を新設しました。今回はライターの宮田文久さんが、テープ起こしユニット「サクラバ姉妹」を取材し、「いま」と「職」のあいだに迫ります。


今月もよろしくお願いします。

9月7日(月)発売の「群像」2020年10月号編集後記より抜粋。

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