第35回/怪奇! 自宅の全部屋を反復横跳びしまくる漫画家!

文字数 2,527文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

昨日税理士から電話があった。

実は一昨日もかかってきたのだが、確定申告資料の催促であることはわかりきっていたので、戦略的にあえて出なかった。

しかし、これは締め切りが30分後に迫っているのにあえて寝たり、胸に刺さった青龍刀を最新のファッションと言い張って抜かないのと同じで、事態を悪化させることにしかならない。

よって昨日は出たのだが、やはり「資料を早く出してくれ」という催促であり、それ以上でも以下でもなかった。

そんなことは言われなくても分かっており、「あなた胴体に顔がついてますよ」とわざわざ電話でお知らせされたようなものである。

「そのツラは早めに取らないと恥をかく」という助言であり、そして警告なのもわかるが、できるものなら言われる前にやっている。


しかし相手は、「クライアントと連絡が取れる状態にある」ことをとりあえず確認したかったのだろう。

1月から2月にかけてクライアントが失踪する、というのはクリエイター系フリーランスを顧客に持つ税理士あるある、とまでは言わないが、なくはないことらしい。


それに比べれば、2回目のベルで電話を取った私は有能である。

しかし、そうは言ってもまだ2月上旬だ。

催促が早すぎると言いたいが、私は諸々の明細を「8月」までしか渡していないのだ。

税理士はここから半年分のデータを入力し、そこからやっと確定申告の計算に入れるのだ。


これを「2月中ぐらいまでに出せばできるだろう」というのは、漫画家に「月曜の朝イチでいいですよ」と言って金曜の夕方に依頼をするレベルの舐め腐りなのだろう。

どうも人は自分が門外漢なことに対し、「プロなんだからこのぐらいすぐにできる」と思いがちなところがある。

そういう、秒単位で仕事を完遂できるプロというのは殺し屋ぐらいのものであり、大体のプロは、十分な時間と材料を与えられてはじめてプロの仕事ができるのだ。


そんなわけで、「すみません。なるはやで出します」と一人称「あっし」語尾に「ヤンス」をつけんばかりの低姿勢で、電話を切った次第である。


だが確定申告の準備といっても、難しい計算は税理士がやるのだ。

こちらは必要な資料を揃えて渡すだけなのだから、すぐできるはずである。

だが「揃えるだけ」といっても、スロットでスリーセブンを揃えるのがそんなに簡単か?という話である。

必要な物がない、むしろ必要なものこそがなくゴミだけが無限にあるのが人生なのではないか。

つまり必要なものを揃えるにも、ドラゴンボールを集めるぐらいの大冒険が必要な上、大体7個そろわず、5個ぐらいで送り「あと2個足りません」と電話が来るのが恒例になっている。

5個で送るなよと思うかもしれないが、まず「出した」という実績を作ることが大事なのだ。


だが、必要な書類というのは主に所得部分であり、経費部分はいくら漏れていても大丈夫なのだ。

確定申告とは、1年間の収入とそれにかかった経費を申告することである。

その差し引きが所得となり、それに対する税金額が確定するのだ。


収入も経費も正確に申告し、適正な税を納める必要があり、収入隠しや経費水増しをして税額を少なくすると脱税となりお上に怒られるのだが、逆に税を多く収めるセルフ増税に関しては不問なのである。

税務署も「おたく所得が少なすぎますけど隠してませんか?」と言いがかりをつけにくることはあっても「経費が少なすぎる、無駄な税金を払ってないですか?」とアドバイスしに来てくれることはない。


しかし所得が割とはっきりしているのに対し、「経費」というのはかなりガバマンなのである。

突っ込んで良いというならとりあえず突っ込んどけというのが、ガッバーナさんに出会った時の作法であり礼儀だ。

よって、フリーランスは経費にできそうなものは全て経費として突っ込み、節税を図るのである。

だが調子にのって「こいつ何でも挿れて良いから(笑)」と言って一族郎党全員呼んでブチ込むような真似をすると、家に怖い人たちが段ボールを持って家庭訪問に来る場合がある。


経費というのは、事業のために使った金のことである。

よってすたみな太郎の領収も「打ち合わせのために使った」と言えば経費になるのだ。

そんな落ち着きのない打ち合わせがあるかと言われても、「俺たちの打ち合わせはあの原液に近いハイボールがないとやっていられないんだ」と主張されたら覆すのは難しい。

特に漫画家は、全てを「資料」「取材費」と言い張ることができる。


だが、やはり限度はあるため、ただの食費を経費に入れすぎたりすると見つかって修正をさせられることもあるようだ。


つまり、生活費は経費にならない、ということだ。

しかし今はご存じの通り物価高である。電気代など生活必須なものまで軒並み値上がりしている。

フリーランスのみならず、収入は上がっていないのに生活費だけが上がり、それが一切税控除にはならずいつも通り税金を取られるというのは普通にみんな苦しいだろう。


幸い自宅で仕事をしている場合は、電気代などを経費にすることができる。

しかし、経費計上できるのは「一部」である。


だが今年は「5分毎に部屋を移動して全部屋使っている」と言い張って、全額計上してやろうかと思う。

もし、税務署員がカチコミに来たら、部屋から部屋へ高速反復横跳びして追い返すつもりだ。


しかし、俺の反復横跳びを税務署員が棒立ちで見ている時間に支払われるのも俺たちの税金であり、当然その間、俺は無収入だ。


だがこの世には「時間」という金よりも貴重な物がある。

こちらの息が上がるのが先か、税務署員が己の貴重な人生の時間が空費されていくのに耐えられなくなるのが先か、いざ尋常に勝負である。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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