『天を測る』刊行記念 対談 今野敏×小栗さくら「本当の幕末をお教えします」①

文字数 3,220文字

「隠蔽捜査」「ST」などの人気警察小説シリーズを手掛ける今野さんが、今回、初の歴史小説を執筆! そこで、歴史を舞台にマルチな活躍をするタレント・小栗さくらさんと幕末について語りあいました! 大河ドラマ『青天を衝け』放送前に必読です!

【構成・文】末國善己

今野敏(こんの・びん)

1955年、北海道三笠市生まれ。78年「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞しデビュー。以後旺盛な創作活動を続け、執筆範囲は警察・サスペンス・アクション・伝奇・SF小説など幅広い。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年に『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞及び日本推理作家協会賞、17年には「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。空手の源流を追求する、「空手道今野塾」を主宰。

小栗さくら(おぐり・さくら)

博物館学芸員資格を持つ歴史好きタレントとして活動中しているほか、歴史番組・イベント・講演会等で、講演やMCとして多数、出演している。また、歴史系アーティスト「さくらゆき」のヴォーカルとして、戦国武将を中心に幕末志士、源平時代など様々な時代の人物をテーマに、日本全国でライブ活動中。「小説現代」2018年10月号にて、初小説「歳三が見た海」が、2020年4月号には、中村半次郎を主人公とした「波紋」が、2020年11月号には小栗忠順とその養子・又一を扱った掲載されている。

◆第一回 幕末を佐幕から描いた二つの物語


──今回、お二人の作品(小栗氏は「小説現代11月号」に小栗忠順を扱った短篇『恭順』を掲載)には、幕末が舞台で主人公が佐幕派という共通点があります。なぜこのような設定にされましたか?


今野 私は今までの幕末の物語に違和感があったからです。明治維新は「日本の夜明け」として薩摩・長州がその立役者のように思われていますが、実は私の実家は奥羽越列藩同盟に加わった南部藩で、もともと薩長には恨み骨髄だったこともあり(笑)、疑わしく思っていました。そこで個人的に色々と調べてみたら、江戸幕府には優秀な幕臣が多くいて、彼らの協力があったからこそ、明治政府が成立したことが分かってきました。その一人であり、小栗さんの今回の主人公である小栗忠順の本の中で、小野友五郎の名前が出てきたんです。私は何かに特化した才能を持つ人が好きなので、算術に優れていた友五郎に惹かれ、主人公にすることにしました。その後、友五郎が渡米中の咸臨丸の中で、アメリカ人のジョン・ブルックと測量の勝負をして勝つことを知ったときには、「やった!」と叫んだくらいです(笑)。


小栗 南部藩では、明治維新の頃の恨みが今なお、語り継がれているんですか。


今野 私自身は北海道出身ですが、実家の人々からそのような空気や肌触りは感じていました。昨年まで毎年、会津で開催されている会津藩公行列で西郷頼母に扮しているのですが、いまだに会津の人たちは薩長への恨みを忘れていませんね。虐げられた側は恨みを忘れません。


小栗 私は土方歳三の生誕地である日野の隣町、東京都府中市の母方の実家で育ったので、自然と新選組から幕末に興味を持つようになりました。余談ですが、実は父は鹿児島出身でして、二人の夫婦喧嘩を私は家庭内戊辰戦争と呼んでいます(笑)。その流れで幕末に罪なくして亡くなった佐幕派の人を調べていたところ、小栗忠順という人物に出会いました。以来、彼の名字を芸名の由来としたり、忠順を題材にした『礎』という曲の歌詞を書くなどしつつも、ずっと小説にして書きたいと思っていました。

 ただ、本人を主人公にすると書きにくいことも多い。そこで今回は、養子の又一を主人公にして、彼から見た忠順を描きました。又一は養子だったので、名門の小栗家を背負う苦労もあったはず。そこで、そうしたプレッシャーや、父子の関係を中心に描きました。


今野 私は「78レーベル」という音楽レーベルを主宰しているので、よく「歌詞を書いてください」と頼まれるのですが、歌詞が書けないんですよ。歌詞と小説で創作の仕方に違いはありますか?


小栗 先に曲がある場合、それで文字数が決まり、リズムに乗せることも考えなければならないので、小説とはまったく違うやり方ですね。また、私の場合日本史が題材なので、横文字を使わないようにしています。外来語を日本語に言い換えるのは難しいです。


今野 それは小説でもありますね。明治時代の琉球空手の話を書いているのですが、例えば「ダメージ」を日本語で表現しようと考えても、適当な言葉が見当たらない。日常的に使っている言葉ほど難しいですね。


──互いの作品を読んで、どうでしたか?


今野 作品の向こうに大きな世界があり、手ごたえ充分。短編というより、大河小説の最終章のようでした。何より、小栗父子の最期についての無念さ・悔しさは、私自身の思いでもあります。


小栗 ありがとうございます。

小野友五郎という知られざる偉人を取り上げていただいて、嬉しかったです。友五郎は忠順と一緒にアメリカへ渡り、後に上司と部下になるので、二人三脚で幕府を支えたと思っています。今野さんの作品を通じて友五郎のエピソードや人柄に詳しく触れられました。作中では、特に、福沢諭吉との対比が面白かったです(笑)。


今野 諭吉に関する史料は、かなりの量が現存していますが、どうやらお調子者だったようですね。作中の、諭吉がアメリカで買った本の輸送費を自分で出さず幕府に払わせて詐欺まがいのことをした、とか、英語が苦手だった、などはすべて史実です。


小栗 作中では、諭吉が「私は会話より複雑な文書を翻訳することが得意なのです」といっていますね。帰国後は、新聞を作るよう提言したり。これは時期尚早で叶わなかったようですが、やはり諭吉は書く人だったのかな、と。


今野 新聞ならまだしも政府間の公式文書になると、英訳はお手上げだったようです。諭吉は、ハワイで一貫制の学校を見て感銘を受けて実際に日本で作るなど、業績には見るべきところもありますが、業績でいうと忠順にははるかに及びません。


小栗 後世への伝播力・影響力などが影響しているのでしょうか。忠順の日記には、残念ながら実務的なことや公務のことについてしか書いていませんしね。


今野 筋金入りの官僚だったんですね。幕末は優秀な官僚がたくさんいて、友五郎はその中でも理系の官僚でした。


小栗 作品の中で、友五郎が将軍に御目見得すると決まった時、笠間藩士で陪臣の自分が御目見得になるのはおかしいといいます。喜んだり誇ったりするのではなく、理屈に合わないと主張するところに、友五郎の全てが集約されているように感じました。


──友五郎は、『隠蔽捜査』の竜崎伸也と重なる部分がありますね。


今野 私は、自分の出世ではなく、もっと広い視野で物事を見て、ぼんやり考えているという人物が好きなんですね。最初は歴史小説を書くということで身構えていたのですが、途中で幕臣は官僚だと気づくことで、官僚小説や警察小説のような気持ちで書くことができました。

1月24日更新・第2回につづく(全4回)

『天を測る』あらすじ

安政7(1860)年、咸臨丸が浦賀港からサンフランシスコを目指して出航した。太平洋の長い航海では船室から一向に出てこようとしない艦長・勝海舟を尻目に、アメリカ人相手に互角の算術・測量術を披露。さらに、着港後、逗留中のアメリカでは、放埒な福沢諭吉を窘めながら、日本の行く末を静かに見据える男の名は、小野友五郎。男は帰国後の動乱の中で公儀、そして日本の取るべき正しい針路を測り、奔走することになる―。知られざる幕末の英雄の物語!
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