第56話 大河内の息子を名乗る男が明らかにした情報とは

文字数 3,343文字

「はじめまして。Xです」
 中年男が立浪に会釈した。
「あの……」
「二十三歳の若者じゃなくて驚いたでしょう。とりあえずお座りください」
 中年男……Xが立浪に席を促した。
「メッセージのやり取りをしていた方とは違う人ですか?」
立浪は腰を下ろしながら訊ねた。
「いえ、私です。驚かせてすみません」
 Xが頭を下げた。
「どういうことか説明して貰えますか?」
 立浪はXに言うと、注文を取りにきたウエイトレスにコーヒーを注文した。
「実年齢と実名を書けば大河内に殺されてしまうので、名前を伏せて年齢をごまかしツイッターに投稿しました。どうしてもマスコミと手を組む必要があったんです。今日も大河内の手下がくるかもしれないと思ったので、もう一つ別の席を取って見張っていたのです」
 Xは言うと、窓際の席を指差した。
 たしかに投稿記事の内容が事実で大河内の耳に入ったら、Xはただでは済まないだろう。
「そうだったんですね。では、あの投稿記事の内容は本当なのですか?」
 立浪は訊ねた。
「はい。年齢や内容は変えていますが、大河内に息子がいることや息子の達臣が罪を犯したことは事実です」
「詳しく教えて頂いてもいいですか?」
 立浪は言いながらスマートフォンをテーブルに置いた。
「その前に、牧瀬さんの本当の身分を教えてください。牧瀬さんというのは偽名ですよね?」
 立浪がボイスレコーダーをタップしようとするのを遮(さえぎ)るようにXが言った。
 立浪は無言で社員証をXに差し出した。
「おお、あのメジャー誌の『スラッシュ』の方なんですね! これは、いい方と出会えました!」
Xが弾(はず)む声で言った。
「Xさんの素性とツイッターの投稿記事の続きを教えて頂けますか?」
 立浪はXを完全に信用していなかった。
 Xが妄想の作り話をしている可能性も十分にあった。
「私の話が価値のあるものだとわかったら、『スラッシュ』に掲載して頂けるんですね?」
 Xが顔を近づけると、歯肉炎特有の口臭が立浪の鼻孔(びこう)を不快に刺激した。
「大河内関連のスクープなら雑誌の『スラッシュ』に掲載するのは無理ですが、『WEBスラッシュ』で拡散できます。マスコミと手を組みたいと言ってましたよね? Xさんの望みはなんですか?」
 立浪は気になっていることを訊いた。
 Xの目的によっては、一緒の船には乗れない。
「大河内の破滅です」
 Xが押し殺した声で即答した。
「詳しく話を聞かせてください」
 立浪はボイスレコーダーのスイッチを入れた。
「私は沖田啓介(おきたけいすけ)と申します。ツイッターの投稿記事に書いたことは本当です。七年間行方不明の女子高生の名は中井早苗(なかいさなえ)と言います。私は当時、早苗さんの通う高校の警備員をしていました。その高校には、私の息子も通っていました。不運なことに、息子は二年先輩の達臣に目をつけられ使い走りのようなことをやらされていました。父の大河内は政財界に太い人脈を持っていて高校にもかなりの寄付金を払っていたので、教師達も達臣にたいして腫(は)れ物を扱うように接していました。達臣も父の威光を嵩(かさ)に着て校内でやりたい放題でした。そんな達臣にいいよう使われる息子を見かけても、警備員の私にはどうすることもできませんでした」
 沖田が言葉を切り、唇を嚙(か)んだ。
「ある日の夜、校内を警備していると私服の息子と早苗さんが体育館のほうへ向かっていました。実は息子と早苗さんは中学時代から交際していました。普通ならデートだろうと気にしなかったのですが、夜の学校というのが引っかかり、不安に駆られた私は二人のあとを尾けました。息子は体育館の倉庫に早苗さんと入り、すぐに息子だけ出てくると泣きながら走り去りました。直後に倉庫から悲鳴が聞こえてきました。倉庫のドアの隙間から私が眼にしたのは、恐ろしい光景でした。二人の男子生徒が早苗さんを押さえつけ、達臣が下着を脱がそうとしていました。激しく抵抗する早苗さんを拳(こぶし)で何度も殴(なぐ)りつけ……」
 沖田が震える声を吞(の)み込んだ。
「レイプされたんですね?」
 立浪が訊ねると、沖田が悲痛な顔で頷(うなず)いた。
「おとなしくさせるために殴り過ぎてぐったりとなった早苗さんに、パニックになった達臣は泣きながら大河内に電話しました。三十分ほどすると車で乗りつけたジャージー姿の男三人が体育館に乗り込み、早苗さんを運び出し連れ去りました。翌日から早苗さんは登校せず、失踪(しっそう)扱いになりました。真実を知っているのは私と息子だけでした。息子は自分のせいで恋人がレイプされ、行方不明になったことへの罪の意識から精神を患いました。事件の一ヵ月後、息子は電車に飛び込んで……」
 沖田の声が嗚咽(おえつ)に吞み込まれた。
「息子さんの復讐ですね」
 立浪が言うと、沖田が鬼の形相(ぎょうそう)で頷いた。
「七年間、ずっと復讐の機会を窺ってました。立浪さん、私に力を貸してくれませんか!?
沖田が身を乗り出した。
「そうしたいのは山々ですが、沖田さんのお話だけでは記事にすることは難しいです。すべてが憶測になってしまいますから」
 沖田の話では、中井早苗は七年前に大河内の息子にレイプされて殺された。
 息子の殺人を隠蔽(いんぺい)するために大河内が配下を使い早苗の亡骸(なきがら)を連れ去った。
 これが本当なら、花巻の爆弾に匹敵する破壊力だ。
 花巻の爆弾が使えなくなった以上、立浪にとって是が非でもほしいネタだ。

――花巻さんの脱税ネタはガセだったんですか!?
――そうだよ! ずっと嘘ついててごめんね~。大河内の本性を暴くために、僕がパイパイみゆちんを利用して流したってわけ~。
――大河内が脱税ネタで仕掛けてきたところを、中富社長の監禁暴行ネタで返り討ちにする……そういうことですか?
――鬼の首を取ったつもりが、自分の首を摑まれてたと知ったらショックでかいよね~。僕の言い値で金を払うしかないでしょう?

 シナリオの全貌を知った立浪は、花巻の爆弾が完全に使えなくなったことを悟った。
 花巻の頭には最初から、大河内を潰すことよりも金を強請り取ることしかなかったのだ。
 ガセを摑まれ出し抜かれて大金を奪われたとなれば、大河内にとってこれ以上の屈辱はないだろう。
 屈辱だけでなく経済的ダメージも相当なはずだ。
 だが、立浪の目的は大河内の抹殺だ。
「これがあります」
 沖田が旧式モデルのスマートフォンを掲げた。
「なんですか?」
 立浪は訊ねた。
「息子に罪を被せられたときのために、咄嗟(とっさ)に撮影しました。早苗さんにたいするレイプと暴力、達臣が大河内に電話で助けを求めているところのすべてを録画しました。大河内父子を葬ることのできる動画だと思います」
 沖田が憎悪に滾(たぎ)る瞳で言った。 
「決定的な証拠がありながら、どうして警察に行かなかったんですか?」
立浪は素朴な疑問を口にした。
「警察に通報したら、達臣の逮捕だけで終わるでしょう? しかも当時未成年だったので、二、三年で少年刑務所を出てきます。早苗さんを運び出した人間は動画に映ってないので、大河内は逮捕もされないでしょう。私の望みは、大河内父子の破滅です。マスメディアの力で七年前の女子高生失踪事件を大々的に取り上げて、鬼畜父子(おやこ)を成敗(せいばい)して息子の仇(かたき)を取ってください!」
沖田が赤く充血した涙目で立浪をみつめ、訴えた。

 七年前に行方不明になった女子高生は、レイプ殺人で死んでいた!
 犯人は当時十七歳の芸能界の首領の息子で、死体遺棄したのは父親で「帝都プロ」社長!

 新聞や雑誌の見出しが、立浪の脳裏を駆け巡った。
 牧野健(まきのけん)の薬物スキャンダルに続き、沖田の爆弾を投下すれば、大河内を完膚(かんぷ)なきまでに潰せる。
「とりあえず、動画を確認させてください」
 立浪は逸(はや)る気持ちを抑え、沖田に冷静な口調で言った。

(つづきは単行本でお楽しみください)

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