【特別対談】日向坂46・宮田愛萌×鯨井あめ 〜経験は違っても、感情で重なる。〜

文字数 6,513文字

デビュー作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』がたちまち3刷を記録した鯨井あめが、待望の第2作『アイアムマイヒーロー!』を刊行する。本作をいち早く読んだのは、アイドルグループ・日向坂46の人気メンバー、宮田愛萌だ。國學院大學文学部を卒業し図書館司書の資格も持つ彼女は、2018年12月に電子書籍で短編小説を発表、本誌5・6月合併号にエッセイをするなど文筆活動もおこなっている。ともに1998年生まれと同い年の2人が、『アイアムマイヒーロー!』を縁に出会い、熱く語り合った。

【聞き手・構成】吉田大助


※対談は、6月14日にオンラインで行いました。

        一味違うタイムスリップもの

──自暴自棄な生活を送る大学3年生の敷石和也は、ある出来事をきっかけにタイムスリップしてしまう。目の前には、小学6年生の自分がいる。なんと存在しなかったはずの子供になってしまっていた……。『アイアムマイヒーロー!』はデビュー作の流れを汲む青春小説でありながら、一風変わったタイムスリップものですね。


鯨井 賞を取る前から、いつか書きたい、とずっと温めていたネタなんです。そういうネタは他にもいくつかあったので、編集者の方にひと通りお伝えしてどれにしようかと話し合う中で、『アイアムマイヒーロー!』でいこうという流れになりました。ただ、最初はタイムスリップものとして考えていたわけではなかったんですよね。私はいつもお話の山場の、一番盛り上がる場面を最初に考えるタイプで。山場の場面を書くにはどういうお話にしたらいいのか、というふうに逆算して、タイムスリップものの設定であったり、舞台となる年代や季節、主人公の人物像などを考えていきました。


宮田 感動しました。私は今はアイドルとして活動していることもあり、未来のことやこの先の自分のことをよく考えるんです。小説を読み終えた時、今の自分というものは過去からの流れの中にあって、その先に未来の自分もいるんだなとはっきり思い浮かべることができました。今の私がどんな選択をしたとしても、未来でちゃんと過去の自分の選択を受け入れたいな、と……。気付いたらもう一回読んでいた、みたいな感じで、8回くらい読んじゃいました。


鯨井 ありがとうございます! めちゃくちゃ嬉しいです。


宮田 タイムスリップものと聞いて思い浮かぶお話とは、かなり雰囲気が違うように感じました。普通のタイムスリップものって、うっかりにせよ自分の意思でタイムスリップしたにせよ、主人公が飛んでいった先の時代で何を解決すればいいのか、何が大きな目的なのかっていうところが明確にあるのかなと思うんです。『アイアムマイヒーロー!』の主人公は、タイムスリップによって目の前に現れた問題を、一個一個考えていく。「短い問いと答え」が連なっていく感じですよね。その途中で主人公が、「別に元の世界に戻れなくても、この世界で生きていければいいかな」みたいなことを言い出しちゃったりする(笑)。


鯨井 そうですよね。普通はタイムスリップものって、主人公の中に「恋人と復縁したい」とか「大きな失敗をなかったことにしたい」みたいな感情があって、過去に行って作戦を実行して現在に戻ってくる。そうすることで、現在が変わる。そういうお話は私もこれまで結構触れてきていたので、今回のお話はどんなタイムスリップものにしようか、最後まで悩みました。


宮田 私は、今回のお話の結末、すごくすごく好きでした。


鯨井 めっちゃ嬉しい。宮田さんのブログや「小説現代」のエッセイを拝読して、文章がお上手で、文章からもたくさん本を読んできた人だなと感じていました。そういう方に、この小説が好きだと言ってもらえるのは自信になります。


   昔の気持ちを思い出して友達と話したくなりました

──さきほど宮田さんから、アイドルという活動は「未来」を考える機会が多い、という話がありました。確かに、アイドルはいつか「卒業」しなければならないものですよね。いつか訪れる人生の分岐を、絶対に考えなければいけない職業と言える。小説家とは違いますね。


鯨井 いつまでも書けます(笑)。私自身は一生、書いていきたいと思っています。


宮田 私は、大学3年生から4年生に上がる時に、いろいろ考えました。周りのみんなは就職活動が始まっていたけれど、私はアイドルの活動をしている。アイドルをするのは一番楽しいし、一番幸せなことだけど、楽しいだけでいいのかなって不安になったんです。でも、もしアイドルをやめたとして私が一番やりたいことは、たくさんの人に本を読んでもらうための仕事に就くこと。それってアイドルでもできるし、アイドルの私だからこそ「この本が好き!」という言葉が、届けられる場合もある。そこを届けてからでも、その先の選択は遅くないんじゃないかなと思ったんです。


鯨井 すごい。とっても素敵ですね。宮田さんがアイドルになったのは、何歳の時ですか?


宮田 大学1年生の夏です。中高がわりと厳しめの学校で、芸能活動が禁止だったんです。晴れて大学生になって何をしても自由だぞとなった時に、もともとアイドルは好きだったのでオーディションに応募してみようかなと。思い出になるかなぐらいの軽い気持ちで応募したら、選考が進んでいくうちに私のことを応援してくださる方とたくさん出会うことができたんです。その方たちの思いを無駄にはしたくない、私も頑張らなきゃという気持ちにどんどんなっていった。今でもその気持ちは強いです。


鯨井 私は、新人賞を取っても取らなくても、小説を書くことは続けるからきっと何も変わらないなと思っていたんです。でも、本を出したということがすごく大きくて。それこそ応援じゃないですけど、全国の本屋さんがポップを付けて売り出してくださったり、読んだ方がSNSなどで「この本、いいよ」って勧めてくださったりしている。アマチュア時代に、ただ好きで小説を書いていた頃とは、少し違う人生が始まったんだなあと感じるようになりました。ただ、私自身本を読むことも好きで、面白い本といっぱい出会ってきたから、自分の本を貶めるわけではないんですけど、いまだに不思議ですね。「私の書いたものが本屋さんに並んでる……。読まれてる……」と(笑)。


宮田 鯨井さんの『晴れ、時々くらげを呼ぶ』も大好きです! 小説の中に、実際にある本の名前がいっぱい出てくるじゃないですか。私の生きている世界がこの物語の一部のような気がしたし、知らない本の名前が出てくると、世界が広がる感覚がありました。どこかの本屋さんで、『晴れ、時々くらげを呼ぶ』に登場した本のフェアをやってほしいです。


鯨井 私もやってほしい……。「本がいっぱい出てくる本」にしようと思ったんですよ。自分が好きなことを好きなように書いたという気持ちが一番大きいんですが、この本をきっかけに、他の本にもどんどん触れていってくれたら嬉しいなとも思っていました。


鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』

定価:1430円(税込)

講談社


父親を亡くしたあと、他者との深い関わりを避けて生きてきた「僕」。

ある日、屋上で「クラゲ乞い」をする奇妙な後輩と出会う。

宮田 『アイアムマイヒーロー!』もそうだったんですが、鯨井さんの小説を読んでいると、「そうだった、私も昔こういう気持ちを持ったことがあった!」と、自分の記憶だとかしまっていた感情を、自然と引き出される感覚があります。『晴れ、時々くらげを呼ぶ』を読んだ時は、懐かしくなって高校の頃の友達に連絡したんです。中高時代はすごく楽しかったんですけど、苦しかったり辛かったり、なんで私はできないんだろう、なんで私だけ……と思うこともありました。そういう中でも、友達がいたから、本があったからこそ頑張れた。その気持ちを思い出して、友達と話したくなりました。


鯨井 その感想はすごく嬉しいです。特に10代の頃のことって、実際に経験することだったりシチュエーション自体はそれぞれ違っても、苦しかったり嬉しかったり、感情の部分で重なることはあるのかなと思うんです。私は「こういう人に読んでほしい!」とはあまり考えずに書いていくタイプなんですが、そういった根幹の部分が、読んでくださる方とシンクロしているのかもしれません。


  シンクロする演者タイプ 仕掛けていく演出家タイプ

──お二人は1998年生まれ、今年で23歳と同い年です。もしかして、読んできた本も近いのではないかと思うのですが。


鯨井 本の話をするのって、ちょっと怖いですよね(笑)。本を読むことは好き同士でも、読んできた本のジャンルは全然違うかもしれない。


宮田 そうですね(笑)。


鯨井 私は、構成が面白い小説が好きです。『アイアムマイヒーロー!』は、自分の構成好き、ギミック好きな面が出ているなと思います。


宮田 私は、人の感情が丁寧に書き込まれた小説が好きです。昔から読み続けている作家さんは、江國香織さんと千早茜さん。女性の描く女性の方が、自分の感覚や感情に近いような気がするんです。私、自分の感情を疑っちゃうんですよ。例えば嬉しい時も、「これって本当に嬉しいという感情なのかな?」と。そういう時は、過去に読んだ小説で、登場人物が「嬉しい」と言葉にしていた感情のことを思い出すんです。それと照らし合わせて、「ああ、だったら私が感じているこれも、嬉しいという感情で当たっているんだな」と判断しているんですよね。


鯨井 興味深いです。自分を客観視しているんですね。


宮田 そうだと思います。感情には形も色もないし、他の人の「嬉しい」がどんなものなのかは、私には知ることができない。小説であれば、それがわかるんです。


鯨井 感情って、成長しながらどんどん増えていくって言うじゃないですか。でも、一定の年齢に達したら、それ以上は増えていかないような気がするんですよね。ある程度経験してしまうと、外からの単純な刺激ではもう自動的に新しい感情が発生するようなことはない。でも、自分から意識的に発見していったり、感情を育てていくことで変化させたりすることはきっとあるんじゃないかなと、今宮田さんの話を聞きながら思いました。その一助に私の小説がなれるんだとしたら、それはすごいことだぞ、と。


宮田 私も今、自分がこれまでずっと感じていたことが、初めて分かってもらえたような気がして感動しています!


──宮田さんは、短編小説を発表されていますよね(電子書籍『最低な出会い、最高の恋』収録の「羨望」)。自分で実際に書いてみたことで、小説の難しさや面白さについて改めて気づいた部分もあったのではないですか。


宮田 あれは私にとって初めて書いた小説だったんですが、編集者の方から「恋愛」というテーマをいただいて、主人公になりきるみたいな感じで書いていったんです。その時はそれで大丈夫だったんですが、長編小説であれば登場人物がたくさん出てくるじゃないですか。キャラクターたちの性格であるとかそれぞれの感情を、どういうふうに描き分けるのかがすごく気になります。


鯨井 私は主人公や他の登場人物に、自分をシンクロさせていく書き方はしないんですね。登場人物たちの性格などをざっくり決めたうえで、私はその人たちに仕掛けをする側なんです。私の仕掛けに反応して勝手に登場人物が笑ったり怒ったり泣いたりするのを見て、オッケーを出していく。舞台の演出家みたいな感じかもしれません。その方が、書いていて自分もびっくりするので、楽しいんです。気をつけているのは、登場人物たちの感情が不連続にならないようにすること。悲しい状態から嬉しい気持ちに変わる時も、突然ぽんと飛ぶわけじゃなくて、その間にいろいろな感情が蠢いている。そこはちゃんと書かなければ、と思っていますね。

宮田愛萌(日向坂46)『恋愛アンソロジー 最低な出会い、最高の恋』

定価:330円(税込)

ソニー・ミュージックエンタテインメント

※電子書籍オリジナル作品


物語投稿サイト「monogatary.com」発の、恋愛小説アンソロジー。

宮田さんは短編小説「羨望」を書き下ろし。

 書くことに、制限なんてない 憧れに恥じないようなものを

──ところで『アイアムマイヒーロー!』の主人公は、感情的にどん底の状態からスタートしますが、これは……。


鯨井 自分の中で一番書きたい、一番盛り上がる場面に行き着くためには、主人公はどういう状態からスタートさせればいいんだろうと考えていったら、自然とこうなっちゃったんです。自分でも、彼に悪いことをしたなという思いはあります(笑)。


宮田 私も最初は、「何があったらそんなにどん底に……」って気持ちになりました(笑)。でも、読んでいくうちにわかったのは、何かがあったからではなくて、何もなかったからなんですよね。きっと何かがあれば、原因が分かっていればそれを解決しようとすることはできるんだけれども、そういうものが何もないからこそ迷子になってしまっている。


鯨井 そうかもしれない、と今話を伺いながら気づきました(笑)。


宮田 「幸せになってくれ!」とずっと願っていました。クラス委員長の凜ちゃんに対してもそうで、彼女は「助けて」って人に言えない子じゃないですか。私自身、最近は言えるようになってきたんですが、何か苦しいことがあっても周りに言えないタイプだったんです。凜ちゃんの一人で全部抱えてしまう気持ちが、私にはわかるよ、「幸せになってくれ!」と。


鯨井 深いところまで読んで下さってありがとうございます。人の苦労や葛藤は、他の人には見えないんですよね。特に、子供時代の主人公の目線からしたら、彼女のことは「なんでもかんでもずけずけ言う、しっかり者」にしか見えない。でも、一応大人になった主人公の目線であれば、彼女の弱い部分や頑張っている部分が見えるんです。凜ちゃんにまつわるいろいろな描写は、このお話だからこそ書ける、絶対に書きたいと思っていたところでした。


宮田 凜ちゃんを通して過去の自分を思い出しただけではなくて、あの時クラスメイトのあの子に、さりげなくフォローできたらよかったのに……みたいなことも考えました。もちろん過去は変えられないんですが、他の人と会う時の、これからの気持ちは変えられる。鯨井さんの小説を読むと、優しくなれる気がするんです。


鯨井 受け取り方って、その人次第だと思うんです。私の小説を読んで優しくなれる人はきっと、もともと優しい、優しさが何か考えている人なんだと思います。


──そろそろ終了の時間が来てしまいました。鯨井さんと話をしてみて、宮田さんもまた小説を書いてみたくなったんじゃないですか?


宮田 はい。アイドルとして活動していくうえで、表現しきれないこともあるじゃないですか。でも、小説の中だったらそれが自由にできるかもしれない。それを言葉にして物語の中に残しておけば、ずっと未来で誰かが読んで、何か伝わるかもしれないじゃないですか。それって本当に素敵なことだなと思うんです。


鯨井 私はまだデビューして1年なのでおこがましいんですが、いっぱい書いてほしいです。書くことに、制限なんて何もないですから。それに、楽しいですよね、書くことって。


宮田 ……今、奇跡みたいなことが起こっているなと思いました。好きな小説を書いた方とお話ができて、しかも憧れているその方から、書くことに背中を押していただけて。今日は本当にありがとうございました。


鯨井 私こそ! 憧れに恥じないようなものを、これからも書いていきたいと思います。


宮田愛萌(みやた・まなも)

1998年、東京都生まれ。アイドルグループ日向坂46メンバー。お互いの素顔をメンバー同士で撮影し合ったオフショット写真集『日向撮VOL.01』が発売中。

鯨井あめ(くじらい・あめ)

1998年、兵庫県生まれ。大学院在学中。2017年に「文学フリマ短編小説賞」優秀賞を受賞。2020年、第14回小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』でデビュー。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色