第16回小説現代長編新人賞 2次選考通過作品

文字数 18,240文字

※一次選考の講評が途中で途切れているとご指摘をいただき、修正いたしました(11月1日)。大変申し訳ございませんでした。

第16回小説現代長編新人賞は、210編が1次選考を通過し、2次選考の結果、下記の25編が3次選考に進むことになりました。


なお、3次選考の結果及び講評は12月号(11月22日発売号)に掲載、最終選考の結果及び選考委員選評は2022年3月号(2月22日発売号)に掲載予定です。

2次選考通過作品


「有明けの空」

碧海コオ


「文藝青春」

飯島西諺


「社会不適合者」

池田青葉


「札幌バードパラダイス」

伊藤一樹


「空白がそれを象る」

井上寛


「レペゼン母」

宇野碧


「カリスマ発酵マルチーズ」

岡本和之


「あなたへ」

嘉村秋希


「奉行の息子」

河崎守和


「与力小馬家の婿」

黒井とも


「括弧に入れろ」

桑折サナエ


「晴天に笑う・ラグビー少年ダイアリーズ」

沢村基


「リメンバー・マイ・エモーション」

実石沙枝子


「屋久の森」

島田悠子


「その世の仮の苑子」

曾我部慈希


「モノノケモノ」

平大典


「隣り合わせ」

常間地裕


「かくまい重蔵」

なし


「憧れ」

人見さと


「バトン」

2970


「腐腕」

福海龍朗


「雪原に咲く」

不破裕


「擬雪」

眞路キク子


「黒い夜」

森紗貴


「誰かのいちばんになりたかった。」

山田萌乃

1次選考通過作品の講評


大言壮語な魔王の妃 相沢柊(北海道)

壮一郎に乗れるかどうかが鍵かと思うが、楽しい腕力を備えていて乗れた。設定がぶっ飛んでいるがなぜかすらすらと読める奇想天外なラブコメ。


飛べない鳥もいつか飛ぶ 相薗淑子(福岡県)

構成もしっかりしているし、文章は安定して上手い。吃音や二重国籍という難しいテーマでありながら主人公の気持ちを上手に掬い取っている。頭の中には言葉が溢れているけれど表現できないもどかしさが書けている。一人称ではなく三人称視点だとなおよかったかもしれない。


彩りがきこえる 青石夏林(京都府)

「芸大もの」として楽しく読めるが、そこに生きる人たちの悩みや、才能と現実とのせめぎ合いにおいて、真に迫るものが薄い。


収束する自己意識 青凪縞(北海道)

若々しさを感じさせる力強い文章。ただストーリーが置いてきぼりで、少々独りよがりなのが気になる。読者を意識した文章を心がけて。


ボンボンと獣 青藤羊子(埼玉県)

会話が多くエンターテインメント小説としての起伏には乏しいが、獣人という種族が人気を博す世という世界を作り、頑張って小説を書こうとしている。


改めまして。 蒼山ゆう子(長野県)

文章は安定しているが、全体的に書き急いでいる印象を受けた。物語の構成にやや読みづらさを感じたので、どの部分を一番読ませたいのか意識して書くと印象が随分変わると思う。


モミの木の下には 阿海輪吾(東京都)

書きぶりは随所にイヤ感が出ていて良い。同じ新人賞出身の神津凛子さんの作風に通ずるものを感じる。


茜空の天使 赤木佑介(埼玉県)

地方での出会いからの清張的出だしは良いが、名産工芸品製作工房という美味しい題材をミステリーと絡めて生かせていない。メロドラマに陥らないよう話をスリリングにするブーストが欲しい。


構えろ、おまえのヌンチャクを 茜丸エイジ(宮崎県)

よく調べていると感じさせられる。ただ、展開やキャラクター、題材に既視感がある。オリジナリティを入れて欲しかった。


黄金虫 浅沢英(大阪府)

テンポよく滞りなく読ませてくれた。テーマや展開など小説の構えが古いように感じて気になった。


京都自治国二〇三二 足立皓亮(兵庫県)

コロナの影響がにじむ近未来で、テンポよく物語が展開していく。怪しい登場人物たちも魅力的。


この素晴らしき世界 足立皓亮(兵庫県)

麻雀とジャズが好きなのだなということがわかる。硬派な文体、途中までの物騒な展開に比して、ラストが不釣り合いに明るい気がした。また、言葉の遣い方にも気になる点がある。ストーリーは少し複雑すぎるものの練られてはいる。


茶々御狆航海記 阿玉陽来(東京都)

設定などのアイデアは光っている。また、それを具現化する筆力も素晴らしい。ただ、狆であることの特徴を書き切れていないうえに、生かし切れておらず、行く先々でのドラマに感情移入できなかった。


青イナツ風 天津真崎(福岡県)

狙いが透けて見えるあざとさはあるが、スムーズで心地よい運び。細かい心理描写も光る。何かもう一つ物語の横糸が欲しいところ。


九丁堀捕り物控え 甘夏三十郎(宮城県)

物語調で読みやすくはあるが、古書を訳したという体裁を取らなくてもよかったのでは。幽霊に犯人を言わせたり裁きの場に呼んでしまったりと読者を楽しませようという気持ちは伝わってくるので、コメディに振り切っても面白かったかもしれない。


溺れた人魚 天宮月都(三重県)

書き慣れている感じの文章で読みやすいが、都合のよい展開が続く。陽介、海羽のやりとり一つとっても、現実だったらどうだろうかと、リアリティに注意を払うとさらによくなるはず。


アルゴリズムの魂 天宮月都(三重県)

筆に勢いがあり読み進める苦労は少なかったが、AIの使い方がステレオタイプ。AIでないと語れない物語であってほしかった。


届き、届かぬ声 天若れみ(神奈川県)

太平洋戦争下での恋愛、銃後の女性たちの暮らし、戦場が生んだドラマを現代的な表現でカジュアルに描いた小説。ヘビーな現実を現代人の想像力で書くのはありかと思うが、甘やかな交情と想像を絶するであろう戦争の現実を釣り合うものにするには、もっと言葉を磨く必要がありそう。


イヴ・アシュリ 雨森かいり(新潟県)

壮大なSFにセコい主人公、という取り合わせで、絵空事を現実と地続きの話として読ませることに成功している。ラストは組織の謎など十分には解き明かされず、残念ながら拍子抜けの感も。


白夜月は鏡に映らない 綾乃圭人(オーストラリア)

既視感のある物語、設定、キャラクターだが、冒頭の摑みもよくエンタメ小説としてのクオリティは高い。


ダトーライトの背中 アヤメリナ(愛知県)

不思議な世界観。入り込むまでに時間がかかり、ラストも恋愛に集約させてしまってよかったのかどうか疑問は残るが、楽しませるポイントを作りつつまとめているのは、力量があると思った。


ダーティーナイトブルー 嵐山玲(千葉県)

書きぶりがよい。描写にも独特の比喩表現などあり、期待できる。もっと究めて、唯一無二の青春小説になれば。


CHOLERA 阿波野治(徳島県)

設定や書きっぷりに新味がある。読んでいて物語を作る才を感じるものの、最後までそれが像を結ばなかったのは残念だった。


エイメン アンナ・フジイ(神奈川県)

精神分析医自身が巻き込まれる妄想。精神医学と宗教や狂気との連続性を小説で表現しようとしているが、リアリズムからファンタジー設定への振れ幅が大きい。筆者は設定に吞み込まれないように注意。


金魚鉢越しに出会えた君を想う日々 井川椋介(兵庫県)

室生犀星を彷彿するような出目金との会話を除けばどこにでもあるような恋愛小説だが、文章が素直で嫌みなく読ませる。出目金がいい味を出している。


覚悟 伊佐治龍(東京都)

重いテーマにきちんと向かい合っている。ただ、読み物としての面白さに不足していた。


リフレイン・フレンド 泉沢依澄(東京都)

展開を急がず、地の文でしっかり描写もできており好感を持てた。タイムリープものはよくあるテーマではあるが、それでも読ませる筆力がこの著者にはある。


天下人の背中 泉栄明(広島県)

黒田官兵衛と小早川隆景という知将同士の、中国大返しから天下人となった後の対面まで、過剰に芝居がかったりすることもなく、緊張感のある場面を簡潔につないで読ませる。文章、構成とも見事。


韋樹南伝奇 上 一ノ瀬葵陽(愛媛県)

文章は読みやすいが、キャラクターの書き分けを意識するともっと読ませる物語になる。次回はぜひ一本で完結するものをご応募ください。


のの子と名前のない感情 1422号室(岡山県)

テンポよい書きぶり。話のスケールや世界は小さいが、その中でメリハリをもって描けていると感じた。


ちはやぶる世に降れる雨 伊月サエ(大阪府)

渋い題材と史料の少ない時代が、よく書けている。だが、舞台設定のせいか、いかにも地味、かつ時代背景が反映されていない文章が気になった。


夜明け前 伊藤秋樹(東京都)

コロナ禍の中の演劇やコミケの世界、医療の現場など、舞台は限りなく現在を引き込みつつ、伸びやかでアクセントを心得た展開に筆力を感じる。しかし、追い詰められた主人公が都合よく場を切り抜けられたり、読みようによっては差別的に感じられそうな雑な表現があったりして、読者に届けようという気持ちが伝わってこない。


R・S・Pラボ 伊藤一刀斎(埼玉県)

稚拙ながら小説ならではの熱が細部に感じられた。それぞれの人物造形や関係性、展開の仕方が型どおりなので、キーパーソンである“誠”については注意深くデリケートに描いているにもかかわらず予定どおりの物語のために都合よく動かされている感じが否めない。


胡蝶の夢 伊藤美希(東京都)

文章はリズムよく進むが、最後に夢と現実がない交ぜになって終わる、ある種の幻想小説になっている。登場人物に魅力がないので、どちらが現実でどちらが夢なのか、という作品全体の問いの魅力も徐々になくなってしまった。


カッコウの巣 夷也荊(山形県)

ストーリーのオリジナル性は高くないが、難しく複雑になってしまった親子関係の周辺を、各章ごとに替わる人物視点で紐解いていくところは読ませる。平凡な田舎の生活感が自然に表現されている。


馬の骨 入山乙傘(長野県)

非常に安定感のある文章とストーリー運びで先へ先へと読ませる力があるが、主人公にばかり都合のいい展開で(読み心地がいいのも事実だが)シラケるところも。春海が書いている文章も、実物がないのに表面的な説明とともに褒められても噓臭い感じが拭えない。


真綿の首枷 植田かくら(静岡県)

歴史改変ものでディテールがしっかりしている。ミステリーでありラブストーリーでもあり、盛りだくさんの内容をまとめあげる力もある。


凛君が、不思議な力を使ったら 有道百助(東京都)

かつてのパートナーと、その妻の合意の上愛人契約を結ぶ男のキャラクターは社会を突き放していて魅力的だが、お約束的なBL臭も感じられ、ふれこみの特殊能力はあまり生きない。


春と儘 海辺陽前(埼玉県)

独特な「いい者」である兄、そんな彼を愛するそれぞれに事情を抱えた人々の造形が味わい深い。過不足ない書きぶりでそつなく読ませるが、もう一つ突き抜けるものには欠ける。


何度だって君の夢を見る。 燕田畳(神奈川県)

正直なところ、テーマはよくわからないが、ストーリーや世界観は作り込まれている。


満ち引き 大川晶希(千葉県)

読者を驚かせてやろうという意気込みは買う。手の内の明かし方がもう少し上手ければ。


英雄の値 大暮優大(群馬県)

アニメ「PSYCHO‐PASS」っぽい設定だが、生かしきれていない印象。色々と惜しい。キャラクターの深みと行動原理を足せば何とかなるだろうか。


クオリア 大谷歩夢(東京都)

筆致も安定していて何か書きたい衝動があるのは伝わってくるが、自分の中にあるそのテーマを掘り起こす前に上澄みだけを物語にしてしまった印象がある。書きたい、伝えたいテーマを明確にすればきっといい小説を生み出せると思う。


月明かりの彼女 沖典子(東京都)

はじめて書いた割には、描写も細やかでエンターテインメントの展開も練られているように思う。ただしミステリーとしては地味で、既視感あり。設定の間口を広げてみては?


愚かな選択は賢くもあり 押切佑機(熊本県)

社会への不満のあり方が良くも悪くもクラシカルで、そのためその不満を解決しようとする方向がノスタルジックに見え、新しさを感じられない。大きなエネルギーをうまく振り分けて欲しい。


オナガの卵が孵るとき 小田部夕(東京都)

不妊治療をめぐる事件。確かに起こり得るかもと思えた。ページをめくらせる力もあり。


二回目のレーゾンデートル 小野浦大祐(愛知県)

現役弁護士ならではの視点や、設定・展開の面白さがあるし、読ませられる部分も多い。だが、子供と女性の感情の動き方が少々不自然な印象。オチも弱い。


タイム・トレイン 斧香凛(神奈川県)

面白くなるまでにかなり時間がかかる。マルチにはまっていく様子は悪くはないが不幸になるまでもう少しダイナミックに展開できていればよかった。


転機は、突然 尾張大洋(愛知県)

小説に行間がない。語り過ぎなきらいもあるが、著者しか書けないものがあり、書きなれてくれば真山仁さんのような政治・企業小説としてやれる可能性はあるか。ただ、小説としては古い。もっと今の小説を読んでほしい。


翼が折れても会いに来て 加賀海玲(東京都)

摑みはいいが、事件を追う刑事にもっと魅力がほしい。中盤以降は筋を追いながらも魅力的なエピソードや場面を入れるともっとよくなる。


魔女の箱庭 鍵本青(大阪府)

仕事も恋人も貯金もなにもない三十二歳。女性の抑圧をファンタジー的に反転する設定はユニークだが、主人公女性の自意識があまりに暗く諦めていて、読者に辛抱を強いるかもしれない。


柿谷家のきょうだい 柿本陽一(神奈川県)

おそらくは自分の話なのだろうが、心理描写が巧みで引き込まれた。特に母親の葛藤が秀逸。てっきり書き手は熟年女性だと思ったぐらいだ。


幽霊の恋人 颯海陽気(大阪府)

ラストが陳腐でもっと主人公にも成長してほしかったが、とんちんかんな設定ながらなぜか楽しく読まされる。


鬼槍 KATSUKI(茨城県)

歴史をノベライズしているようにも見えるが、筆力がある。小説のテーマをもっと練ってから書くべし。


白河藩士仇討事件 弥太郎の想い 桂儀一光(宮城県)

弥太郎という実在の人物自体は面白そうだが、冒頭の小説への落とし込み方が陳腐。弥太郎編になると、そこそこ面白くなるのが不思議。


或る夏空の電磁的融解 上江文三郎(東京都)

世界の終わりと対峙する主人公の思弁的語り口が、難解に陥らず心地良く読める。ただ、主人公の一人語りに終始するのは退屈感も芽生える。周りの人間とのドラマを変化も交えて展開できれば。


双身奇譚 茅野ゆえ(愛知県)

好きなもの、書きたいものが非常に明確で好感を持てる。文章も手慣れている。しかし一見突飛な設定ながら、展開は簡単に読めてしまうのが難点。


死にゆけ、夏 殻電曲(北海道)

夢を繰り返し見るくだりと、日常生活ののほほんとしているくだりの落差がいい。構成を練り直す必要あり。


生殺しのアントライオン 河崎摩周(千葉県)

事件への巻き込まれ方が先を読ませない変形ハードボイルドで、どこかゲーム的な新しいセンスがある。死神が警察という設定が面白いが、主人公の動機付けがゆるくミステリーとしては薄味。


ヒトモドキ・イエモドキ・アイモドキ 川濱祐(東京都)

この時代にふさわしいテーマを扱い、登場人物それぞれが抱える葛藤の描き方も一定水準を超える。盛り上げるべきところで読者のことを意識できると格段によくなりそう。タイトルはよくない。


文藝心中 神原月人(東京都)

文章はリズムがよく各章はそれぞれにぐいっと読ませるが、物語全体のテーマが一貫していないところがとても残念。最後に何を見せたかったのかをまず決めて、逆算して冒頭を書くと格段によくなるはず。


地上に星めく 北野解(兵庫県)

どこに連れていかれる話なのか、もうすこし早いところで示す必要あり。あと、ここのところ、島が舞台の投稿作品がなぜかとても多いが、そこに必然性が感じられないと逆に既視感ばかりとなってしまう。


名将伝 早雲 北佳之(宮城県)

老練な筆致で読まされるが、新人賞で選考を進むほどの新味がないのが残念。清冽さや、明るさも非常にあるので、現代と切り結ぶポイントがほしい。


ドナの螺旋 君和田犀(神奈川県)

派手な冒頭には引き付けられた。が、物語が収斂せず広がり続け、主人公の存在感が希薄に。アクション場面が紙芝居を見ているよう。


ハライソの青い春 杏山薫(東京都)

信仰を持たない身として神の存在を信じること、神に祈ることという重いテーマを正面から捉えながら、渚の史郎への恋心をめぐる苦悩は丁寧に描かれているが、彼女の実生活の描写が断片的で印象が希薄なため、現代日本の物語なのに、遠い土地のちょっと古くさい雰囲気になっていて惜しい。


スティグマ 久瀬俊(東京都)

お笑いを目指していた大学生が罹った突発性難聴という難病への周囲の無理解、治療の困難さによる本人の苦しみは重くて辛いものがあるが、それを滑稽なまでに突き抜けた治療法や、掛け合いの軽妙さ、過剰な人間関係で浮力をつけようとしてもがいて、何とか居場所を見つけようとする姿には共感を覚えた。


思い立った翌日 倉石歩(長野県)

故郷に一人残した母親の突然の死に、腑に落ちないものを感じる息子の前に現れた得体の知れない中年男性。彼の面白い登場の仕方、不思議な振る舞いに皆が巻き込まれ、上手くミスリードも絡めて、母親の死の直前の行動の謎がゆるゆるとほぐれて、彼女の思いがじわっと伝わってくる書きぶりは手練れの域か。


岸野剝製製作所 黒江ラヌレ(神奈川県)

クローンを作るところはかなり無理があり、これまで多くの作品でも取り上げられている題材だが、死者を剝製にするというのは何か訴えるものがある。ほかの人には出せない、この書き手にしか出せない雰囲気が漂っている。


魔性の末裔 月餅(広島県)

魔性の家系に生まれた女が、同じく魔性の血を引く男と出会ったら、というアイデアは面白くなりそうな予感にあふれている。そこからの展開にもっと力を入れてほしかった。


我楽多奇譚~ロスタイム~ Kenn Kato(東京都)

文章になつかしさはあるものの、新人賞を突破するのに必要な新味があまり感じられなかった。昔から思い描いていたものに、現在読まれるものを足し合わせることができればよりよくなるのでは。


風鈴お美代幽霊噺 極庵ゆず(東京都)

展開自体は面白いが、主人公の久蔵が約三人を同一人物と思い込もうとするなど、人物造形に無理がある印象。突然幽霊になって話し出すのも違和感がある。


虹色エナジー 越前康博(東京都)

この舞台設定は非常に多い。物語の展開はよいので、誰も思いつかない、書かないようなテーマを見つけることが一番大事かもしれない。


リグレットブレイカー 最澤深(東京都)

幻想的な設定がよかった。しかし展開や構成が少々単調。もっと起承転結を意識したり、読者がどう読むかを考えて構成してほしい。


麻に啼く 西条彩子(東京都)

縛りが魅力的によく書けていると感嘆した。テーマは純愛。縛り師の秋庭も、彼を取り巻く女たちも良いが、主人公に都合の良い展開が惜しかった。


みそやの野望 堺谷徹宏(東京都)

タイトルセンスは絶望的であり、テーマもいまいちながら、文章は上手で読ませる。興味がないテーマのはずなのに読まされるのは、力がある証拠。


アポリアの林 栄理灯(愛媛県)

傷ついた家出少年が隠遁する小説家に匿われて心を回復させたかと思ったら、いきなり殺人鬼に。その展開でただならぬ背景があると感じさせるホラー。後半で明らかになる核となる事情が昔ながらの設定で、期待しただけに残念ではあるが、中盤あたりはかなり怖い。


幻朝 坂梨福朗(埼玉県)

ディストピア小説として新味はないが、書き方、見せ方は優れている。描写も切実さなどがあり、テーマを掘り下げるだけの熱意を感じた。


カザルコリンの物語 佐久間遊子(東京都)

設定は面白いが、色々と展開に無理がある。


ローマで会った煙姫 佐久良正季(兵庫県)

作者が楽しんで書いているのが伝わってきて、好感が持てる。ただし、マリファナの扱いや、舞台をイタリアに設定したことによって、読者を大きく絞る。舞台設定と方向性を再考してまた応募してほしい。


恋するコロッケ 佐々木弓子(大阪府)

エンターテインメントとしてややスケールが小さいように思った。たとえ身近な舞台でも、そこで起きる仕掛けや人間関係の広がりには、メリハリを利かせて欲しい。文章はすらすらと読みやすく、とても好感が持てた。


三人称変数 佐々木律(青森県)

両親を立て続けに亡くした三人兄妹の末妹が、捨て子で養子という出自の秘密を知り、大学に進学せずバイトで医学生の兄の学費を稼ぐ決断をし、しかも難病で若くして死んでしまうというストーリーからは当然彼女の健気さがぐいぐい迫ってくるけど、これはやはり反則でしょう。それでも臭みなく読ませるのは筆力がある証拠か。


流星 篠城暁(愛知県)

B級恋愛小説の域をでていないのがもったいない。類型作がたくさん思い浮かんでくるのでそれを逆手にとるなどしてオリジナリティをだせれば、もっともっとよくなるはず。


大人検定 篠城暁(愛知県)

タイトルがキャッチー、そして文章も上手。「大人になるとは?」という普遍的なテーマで、エンタメ作品として昇華できており面白く読んだ。


別れ路の笛 笹藤蓮(栃木県)

笛を頼りにして人生を紐解くのが面白い。だが、説明的すぎてテンポが落ちる印象も。文章がきれい。


夜墓祭 里村思名(青森県)

パラレルワールドもの。米澤穂信さんの『ボトルネック』的な世界。摑みも悪くないのだが、先行作が多く、それを超えられていないのが厳しい。


赤と黒のダンス 島村優輔(神奈川県)

ダンスと身体の扱い方は面白いのだが、説明的すぎる。


夏の梅雨 清水優也(大阪府)

書きぶりはよいので、自分の身の回りにない題材、人物に積極的にチャレンジしてほしい。


神隠し 下川勝彦(福岡県)

うまく設定をつなぎとめる文章力はすばらしいものがある。ただ、全体的にごちゃついているのと、タイトルがあまりにインパクトがないように思った。


眠りの神殿 IL SANTUARIO DEI SONNI XIUXING(広島県)

イタリアに深い部分で浸る留学生の眩暈。イタリア文化への驚くほどの理解・教養は主人公視点で華麗に披露される。セリフを地の文を抜いて記述するのが、読むハードルをさらに高くしているかも。


君と終わりのユートピア 星雪花(岐阜県)

「階段島」シリーズと『かがみの孤城』を足して2で割った感じ。テーマは読み取りにくいが、やりたいことはよくわかる。読みやすい。


磁力 JONNOSUKE(千葉県)

ヤンキー漫画を思い起こさせる。読むにつれて登場人物に肩入れしたくなった。


じんざいたち 白鳥クネ(神奈川県)

SFの設定が魅力的。しかし文章が少々幼い。また設定以外の部分(人間の行動や心理)の飛躍がなく惜しい。


左の心臓 白谷栲(東京都)

小説としての体裁は練り切れておらず、ところどころイメージしにくかったが、文章が紡ぎ出す雰囲気に独特なものがあり、個性が光っていた。


おしゃべり竹刀 眞道直美(東京都)

吃音の剣道家という設定がまず面白い。剣道そのものと剣道部の魅力、多彩な人間関係の描き分け、エンタメとしての作りがしっかりとできている。


美留久 店主は元旗本、東京初牛乳店の人々 杉浦映子(東京都)

朝ドラっぽい人間ドラマの魅力がある。テーマの小説への落とし込み方がうまい。ただ、地の文で説明しすぎなのが気になる。特に後半、そのせいで一気に失速する。


象と奏でる音 鈴木リマ(愛知県)

現実とファンタジックな要素の組み合わせ方がうまい。


上司が会社に家のカギを忘れたと言うので 砂山無太(千葉県)

摑みはいいが、その後の展開はやや平板。日常の部分か、会社生活の部分か、はたまた恋愛の要素か、どこか強みを膨らますことでよくなると思う。


ゆみあろ 高木宏夢(東京都)

不思議と読まされるし、物語が細かく展開していくのは楽しい。だが、全体的な起承転結の展開は甘く、結局何がしたかったのかよくわからない印象。


サクリファイス 高清水涼(宮城県)

警察小説の定型はつかめているものの、描写が全体的に古い。会話文では現代人が使うだろうか? と首をかしげる表現もでてくる。


その夢は、自他のさかいの曖昧な、 小鳥遊渉(東京都)

文章はよくできていて、話のテーマやトーンとマッチしている。が、物語そのものが重すぎて、小説を読む喜びにまで到達できない。


兎の鬣 託実植乃(大阪府)

ファンタジーテイストで、世界観は書けているし、文章も上手。ただ時代背景がわかりづらく(読み進めていくうちに次第にわかっていく)、物語を展開するための動機を早めに提示するとよくなると思う。現代物も読んでみたい。


夜明けの天使 田﨑透(栃木県)

幕末の時代背景を作中に上手く取り入れ、銃創看病人としての心情、周辺のキャラクターの書き分けもよくできていた。文章も読みやすい。


ながくみじかい余命 立花千草(東京都)

要素盛り込みすぎだが、SFとして、家族小説として読ませる力あり。


ひかりさす場所 たなひろ乃(神奈川県)

「希望の里」という施設の設定、導入は特に引き込まれた。一方、施設内の出来事が平板なため、緩急があるとさらに良くなると思った。


上様の五万両 玉置千隼(和歌山県)

明治新政府と金の話とは目の付け所がよい。ただ書きたいことは書けたのだろうか? 惜しい。


問題続きの御影旅館へようこそ 玉置麻莉(愛知県)

行方知れずの兄の正体をめぐるミスリードを始め、思わず真相を追いたくなる筆運び。伏せられた謎が一読ではわからず混乱もするが、日常と地続きのミステリーとして面白かった。キャラやストーリーにダイナミズムがあれば。


墓守のオリエンティア 旦悠晶(埼玉県)

妙な味のある土着ミステリーで、ディテールもしっかりしているので興味深く読んでいける。終盤が駆け足になっているのでそこは整理が必要か。


flawless 月ヶ瀬由(アメリカ)

ディストピア到来を阻止するタイムリープSFで、出来事は人間ドラマに寄せていて良い。しかし記憶喪失や時空を隔てた恋愛は新鮮とは言えず、東欧の馴染みのない地域に設定された舞台も遠さを感じる。


カバディ・レディ 月照円陽(富山県)

馴染みのない珍しい競技を題材に取り上げたことは評価したい。しかし文体、展開が少々幼稚であったのが残念。


我が社の妖精『川崎君』、ちゃんと仕事をしてください 月森乙(アメリカ)

不思議と読まされるのだが、一昔前に流行った恋愛小説の域をでていない。展開は王道だが、登場人物や職場環境の設定が古い。


おとのさわりかた 椿冬華(香川県)

冒頭の詩から、シンプルながら目が醒めるような強さ、切実さがあり、それが全編を貫いていて、とても好感を持てた。登場人物の名前がいささか安直。


東へ征け ──神武東征記── 藤吾六川(神奈川県)

文章のうまさや説明のスムーズさを感じた。物語の展開や設定も熟練味を感じる。


ピース時々ラブ 戸田リサ(埼玉県)

高校剣道部の青春の裏に、ゲイであることを家族に告げて家庭崩壊した剣士や、シングルマザーの母親に捨てられて自殺未遂を起こした女子マネージャーなどの、ドキリとする文章をまぶしつつ荒唐無稽なほどにぐいぐい展開していくドラマを、もう一度表にひっくり返すような腕力と不思議なセンスに惹かれる。


錬金術師の腕 赤茄子錦一(静岡県)

交通事故をモチーフにしつつも、医療器具ビジネスの裏側を綴るフィクション設定に荒唐無稽さを感じさせない。中盤の展開はスポーツ的アクションもあり、映画的楽しさ・痛快さがある。


愛が映る 内藤えん(大阪府)

ガールズバーの場面など、各シーンに描写力があって好感を持てた。会話のテンポが特によく、面白く読んだ。物語を通じて、読者に何を訴えるかを冒頭に提示できると、さらによくなる。


ここにしかないまち 長尾采美(長崎県)

書きたいテーマがよく伝わってくるし、構成も読みやすい。ただ、とんとん拍子に上手くいきすぎなのと、登場人物が多いだけにそれぞれの心情の掘り下げが甘いところがもったいない。県名も架空にしなくてよいのでは?


物を隠すならバレないようにお願いします ~日々野竜宇と手下の事件簿~ 中込惟聖(東京都)

謎解きの過程で気になる点はあるし、変人探偵と振り回される助手という構図はありがちかもしれないが、キャラはよく立っていた。


知の渦 梛紀之(和歌山県)

改行がなく読みにくそうだと思ったが、読ませる。当時のこともよく調べられているが、既作と似ているところが多々あって新味がないのは新人賞では大きな弱みになってしまう。


ガリガリ君戦記 なし(愛知県)

ヤンマガ的ヤクザチンピラ抗争劇を小説にしても陳腐でなく読めるのは、荒くれ者たちの繊細な気持ちを表現できているからだろう。カタギの便利屋をはじめて、という話のスケールは小さい。


まなおな、漢 なし(長野県)

全体的には面白く、キャラも魅力的だがいい人しか出てこないのが、もの足りなかった。


数碼掠帯 なし(兵庫県)

「美しすぎる自衛官」というキャッチーさ、武力を用いない戦争の在り方、既視感はあるがアイデアを駆使しようという姿勢はいい。後半の荒唐無稽さにもっと乗れれば。


暁の浄瑠璃坂 なし(東京都)

文章はとても上手で読みやすい。ストーリーは赤穂浪士っぽい。


浮気男のデクリネゾン なないなな(東京都)

七股かけられた女性たちの様々なリアクションという構成が面白いし、各人の心の動きは肝心の浮気男本人が登場しないことでほどよい緊張感を醸してページを繰らせるが、全貌が見えたときの落とし所が尻すぼみしたような感じがして残念。


愚息のシャハダ 生津直(ドイツ)

流れるように話は進み、とても初めて書いた小説とは思えない。ただ全体にテレビドラマ的な摑みどころのなさがあり、特に父親の感情が浅いように感じられる。類型で書いている感じが残念。


ぷさちゃん 泪橋沈(東京都)

学歴はないがたくましく生きた昭和女の一生。文章力はあるが内容はだから何、ともいえる。


降り切る不幸を言葉に乗せて 西赤一(北海道)

言霊という設定は少々突飛なものの、跳躍があってよい。だがストーリーに文章をのせられておらず、説明のようになってしまっているのが残念。


鷺の要塞 西田浩一(兵庫県)

章がぶつぶつ切れているからかダイナミズムが失われているが、テーマは面白そうで臨場感があり、文章から活気が伝わってきた。


ミッション:コンフィデンシャル 野川七味(東京都)

ただのアトラクションのはずが、間抜けな勘違いでお客が本物のヤクザの事務所から大金の詰まったケースを持ち帰ったことから混線していく展開は楽しかったが、リアルさでは難あり。雑な書きぶりながら、伏線の張り方や話の膨らませ方などエンタメの骨法、サービス精神は身についている感じ。

プラチナ・ブレイズ 野口吉昭(神奈川県) ※お名前の「吉」は旧字

リアリティは抜群。しかし、小説的な飛躍、面白さはなかった。キャラクターなどもありきたりであり、物語の展開も現実に即しすぎている気がする。小説なのだからもっと大ぼらを吹いてください。


リカオン 野瀬由貴(東京都)

コンビもの短編連作。犯罪のえぐさと、とぼけたコンビのミスマッチが面白い。しかし短編だから成立しているようにも思う。長編賞なので、長編でぜひ挑戦を。


奸邪の余韻 希和途(栃木県)

虐待偽善の不完全家族の悲劇を多視点で立体的に描くが、ミステリーとしても、母子ものとしても、拡充する余地がまだありそう。小説をミステリーに寄せるか、寄せないかの検討はしたい。


メアの心臓 白鹿かける(東京都)

新生児の取り違えで、顔貌が愛する家族と違うと悩み自傷行為を繰り返す主人公、よき相談相手になる学校の先輩の壊れた家庭。非常にデリケートな心の動きの描写や会話の展開のさせ方など、とても上手くて引き込まれた。終わり方についてはインパクトのある結末ながら賛否が分かれそうな気がする。


龍童 玉三郎が来た 長谷川かん奈(東京都)

トリックスターである玉三郎がややおとなしい。ストーリーも言い伝えにありそうな流れで結末に向かっていく。歴史・時代小説はとにかく企画が勝負、筆力はあるので書き出す前に頭を絞りたい。


虹の音色 ハヤシケイ(茨城県)

ボイスカウンセラーという役割を通じて人への優しさを伝達していくことで、主人公自身が前向きになっていく過程が爽やか。素直すぎて小説としては物足りなさもある。複眼的な視点がほしい。


ダイナンバー 林美樹(埼玉県)

ファンタジックな設定でエンタメを作る力はあるようだが、もうひとつ。


逃げ切り 晴海幸太(神奈川県)

シチュエーションとストーリーは面白く人間模様もよく描かれていたが、最後が尻すぼみで主人公がどうなったのかわかりにくい。キャラの数も過不足ないが、それぞれが果たすべき役割を淡々とこなしている印象で抑揚がないところが台本のように感じられる。事実や感情を伝える説明だけでなく、それらを想像させる描写や、考えさせるような描写がほしい。


メイズ・オヴ・マナー ──侍女たちのタルト 平島摂子(広島県)

王室付きの菓子職人という主人公の一視点からヘンリー八世の治世を見つめ、教科書とはまったく違う生き生きとした人間群像としての英国史を描いている。漫画の原作的ではあるが、最後まで読ませる。


過失なし 藤田美奈子(富山県)

差別助長ではなくむしろその逆なのだが、障害を持つ弟に対する主人公の感情がストレートに表現され、そこだけ切り取れば誤解を招く恐れが。デリケートなテーマを扱うならば手つき、見せ方は重要。


ユーフォリア 藤原章生(東京都)

精緻な書きぶりには、さすがと思わせられたが、小説の読み口としてはやや狭いように感じた。


四十九日 二月雪春(東京都)

主人公はつらい過去を背負っているが、それをただつらいこととして描くだけではなく、何か別の視点や展開を持ってこられないか。主人公のいる地点から離れられない感じ。しかし誠実な書きぶりは胸を打つ。


篠笛と筓 北条寧々(東京都)

秀吉の小田原攻めを迎えて北条氏が滅びゆくさまを、キャラクターが正反対の二人の城主奥方の奮闘ぶりから炙り出すという発想は興味深く、戦況によって立ち位置が劇的に変化していく展開も意外性があったが、文章がもたついていて作品世界を立ち上げていくのに苦労した。


世界日記 保科史歩(神奈川県)

タイトルが良い。独特な世界に説得力を持たせるには、大きくて強い謎かけを最初にすること。そうするともっと魅力が出る。


はるかきみへ 誉志野真麻(東京都)

文章レベルは高いと思う。悩める青春小説から、後半の重めの秘密、事件への転調もチャレンジング。もっと幅広く楽しめる題材を選んだ作品をみてみたい。


最期のひとはし 蒔田董子(東京都)

最期に食べたいものを作る出張料理人として活躍する主人公の玄照が魅力的。歴史小説でありながらお仕事小説としても成立している。ただ冒頭からラストまで同じテンションで物語が展開していくので、その点もったいないか。


小説家になれない! 真白明奈(神奈川県)

アイデアは面白いが展開(物語が消える)までが長く、消えた後の世界をもっと読みたかった。映画「イエスタデイ」を彷彿とさせる。


偶像群像プロダクト 真白弦(神奈川県)

自分が関心のある目の前の事は深掘りしているものの、自分を取り巻く世界が見えないので、ストーリーを最後までドライブさせる要素が足りず、息切れの印象。登場人物たちの心の動きを書こうとするとロジックに片寄りがちなので、次はアイドルたちが歌ったり踊ったりしている場面を描写してみるといいのでは。


魂はショコラ色の夢をみる 益田昌(千葉県)

主人公は味覚障害のパティシエと、中三の体を借りている研究員。スイーツの描写が良いし、話の展開も予想を裏切るサスペンス。エンタメ小説としては水準に達している。


パブシュテン 下戸の店主は酒吞童子の末裔 益田昌(千葉県)

自殺しようとしている人達を店に客として保護し、思いとどまらせるという斬新なアイデアで展開される物語。不思議なキャラクターが多く、なんとも魅力的。一気読みだった。


ザ・サードチーム ~オヤジ審判のブルース~ 又橋慶(神奈川県)

少年野球を見守るお父さんが審判として活躍するところは、新味はあっても地味。そのため派手な事件を絡めることで読み手を楽しませようというサービス精神はとても良い。


ユーゴ荘 松田百加(埼玉県)

過剰ながら、登場人物の語りそれぞれに味わいと圧がある。昭和っぽいボロアパートのゴミ置場を介して住人が繫がる、という面倒くさい設定が生かし切れていないのが残念。


春の凪、夏風に咲く 真辺陽太(北海道)

描写力は抜群。青春小説の瑞々しさを感じさせ、登場人物の葛藤もしっかり書けている。主人公の夏雄の心情や行動も無理なく読め、ぐいぐいと先へ読ませる筆力を感じた。


みにしみて、いとしい 真辺政志(大阪府)

「わたし」の揺れ動く気持ちを丁寧に描けていると思った。ただ、これと言った事件が起こらず「わたし」の感情が一方的に書かれるので読者がついていけなくなる。短編の方が濃密な作品になるテーマか。


一億総監視社会 間宮唯(埼玉県)

監視カメラが気になり社会生活が出来ない主婦。ストーリー仕立てになっておらず小説とは言えない。しかし強迫観念に囚われた一個人の手記として生々しく、フィクションの手法としてありうる。


モンスターズブラッド 三池琴子(東京都)

達者ではないが、少女小説のような独特の危うさが充満しており、それが魅力に。


最後の夏の始まりに 三鹿月信夜(福島県)

夏=恋のメタファー。誰の心の中にもあるだろう初恋、ボーイミーツガールを初々しく書いている。


天下の剣 鬼一文字 御木本和香(京都府)

消えた名刀を探すという王道の謎を置き、主人公の魅力と筆力で読ませていくが、途中、話の中心がずれていく感じが惜しい。拡散し過ぎ。


天下餅 三国双下(広島県)

手書きで文章スタイルは娯楽性も高く、人物も生き生きしているが、この信長のオリジナリティはどこなのか? 歴史・時代小説は過去のルーティーンをどう乗り越えたかアピールしてほしい。


福井さんちの穴 水橋昌宏(神奈川県)

気味の悪いホラーという意味では発想を評価したい。しかしながらホラーとはいえども、整合性や何らかの説得力のある論理構成がほしいところ。


花々と海 未定(和歌山県)

不思議な展開、不思議な構成で、最後まで読まないと全体の構造がわからない。こういう書き方は作品によっては驚きがあるのだが、この作品の場合はマイナスに働いてしまっている。


鬼ノ眼 宮脇誠世(千葉県)

「鬼退治」と藩の政争、派閥争いを絡めるアイデアは一読の価値がある。もう一歩「鬼」とは何か、人間にまつわる考察の深掘りがあると面白い。


FreeLife ‐自由の先にある、孤独に浸りながら… 冥星(大阪府)

複数の登場人物をじっくり掘り下げていくため、どこに焦点を絞っていいのかわかりにくい印象。文章も冗長だが、少しの村上春樹っぽさが逆に味を出している。


マカダミアナッツチョコレート 未来明(東京都)

主婦の虚妄小説という感じがした。


カミノキ 村青雨京(福岡県)

現実離れした設定を描く姿勢は評価するが、設定に頼り切らず、現実の読者との歩み寄りも意識してほしい。


The/Das Gift 恵みの毒 馬上仁奈(アメリカ)

主人公の体の秘密など謎かけがうまい。ただ話の展開は都合がよすぎる部分も多く、焦点を絞ってじっくり書き込む事が必要。


初夏の噓は愛と罠と 十史(東京都)

まったく関係のない複数の登場人物たちが、ある意図のもとに空港の保安検査場に集合し、全員の意外な正体と関係性が明かされていくのは、パズルのピースがピシッとはまるような快さがある。登場人物にピースを超えた人間味がほしい。


偽りの娘 百武知恵(滋賀県)

忠臣蔵の実在の武士がベースの話で、過去にも幾度かモデルになった人物を脚色している。構成が工夫され、考えられているが、忠臣蔵はやっぱり討ち入りの緊迫感を保ちながら読みたい。


峠のわが家 森木瑛(東京都)

ストーリーとしての単調さが気になる。殺人事件を起こす必要はないが、現実の話をそのまま読まされても面白くはない。エンタメ性を意識してほしい。


ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ 盛野春燕(東京都)

米国留学した主人公と、同じ日本人留学生にもてあそばれた後に付き合ったブラックな噂のある韓国人留学生Kとの距離感、徐々に惹かれていく感じは上手く描かれている。留学生社会の雰囲気や時代の感じも良く出ているし、年を経て連絡を取り合うエピソードも慎ましくて好感が持てた。


冥途のならず者 森本博之(大阪府)

体裁は整っているが、盛り上がらない。ディレクションがあればもっと書けるのかも。


あなたと淑女 八尾康生(東京都)

年齢以上に落ち着いた筆致で、世界を繊細に切り取れている。才能を感じる。


千日草岬 谷貝淳(山梨県)

前半ユニークな世界が展開されて期待したが、後半はそれを踏まえてはいるものの既視感のあるラブストーリーに収束してしまう。読んだことのない小説に出会えたかと感じさせられただけに残念。


アディクト・イン・ザ・ダーク 山上英人(長野県)

読ませる文体だが、この物語のテーマで長編は無理がある。長編にあったテーマをみつけるか、短編としてそぎ落とすかという判断が必要。


パピリオ 山川敦之(大阪府)

狂気と紙一重のような文章に不可思議な力がある。QRコードが出てきたり戯曲になったり、実験的。だがストーリーやテーマは判然とせず、エンターテインメントとは言い難い。


渇いたサブマリナー 山下白雨(岐阜県)

海上自衛隊の潜水艦長が特別な事情で高校教師を務める現場で、自身の恋愛・結婚を彷彿とさせるようなカップルがいたり、世界史の授業の内容なども周到かつ丁寧に作り込まれているのは目を見張るものがあるのだけれど、それゆえにか展開が整いすぎてご都合主義的に見えてしまうのが惜しい。


残照 山田親子(北海道)

戦争やその後のことをリアルに最後まで描き切っている。ただ、今の時代に読ませるための導入としての工夫がもう少し欲しかった。また、NHKの「証言記録 兵士たちの戦争」で紹介された、実際に従軍兵士として戦地へ赴いた人々の体験インタビューを基にしているとのことだが、それをどこまで使っているかにもよるか。


バランスシート 山立早村(東京都)

逆転した男女関係でよけいに生きにくい婚活中のオタク男の悲哀を綴る。落語・講談調で全編通す主人公の婚活はリアリティを感じる。意外性のある出来事を設定しもっとストーリー仕立てにしたい。


北斎贔屓 大和やまと(東京都)

北斎のモデルを視点人物にするのがアイデアとして面白い。が、終盤、みの吉から見た北斎や周囲の人物、歴史の動向を描写することに終始してしまい、終わり方があっけなかったのでもうひと盛り上がりほしかった。


幕末異聞 仙台坂の桜 結城りえ(大阪府)

ストーリーは良いと思うが、なぜか文章が平坦で盛り上がりに欠ける。


按針と藤五郎 有斗美暁生(神奈川県)

日本での按針を丁寧な筆致でわかりやすく描いている。歴史・時代小説はオリジナリティをどうアピールできるか? 物語に刺激を与えるブレイクスルーの方法は著者の工夫次第であろう。


母さん、どうして父さんと結婚したの? 夕凪あや(福岡県)

やや饒舌な一人称の語り口は、ナイーブなテーマにも合っていて読み応えがある。あともう一歩、テーマをパーソナルなものから共感できるものに深められると面白い。


外神田アンタイヒーロー 夜猫京(千葉県)

展開のさせ方や、キャラの書き分けがうまい。「IWGP」シリーズとか『デュラララ!!』っぽさが懐かしさを誘うが、古いかも。


ダージリンの恋人 りずべす(愛知県)

喫茶店が舞台の群像劇。爽やかなシリーズものになりそうな作品。ありふれているけれど奥が深い紅茶というアイテムがそれぞれの場面で効果的に使われるなど、小道具の使い方が上手。


神様の電飾 渡辺砂丘(山形県)

作家志望の主人公が狂気じみた勘違いの果てに人を殺すまでの経緯を思いつくままに精神科医に語るというスタイル。犯罪者が自分のことを正直に語ってみせるという、主観と客観のギャップの大きな究極のボケの面白さはあるが読者を引きつける(先を読みたいと思わせる)工夫がもっと欲しい。最後に殺人を犯すに至るところの説得力が感じられない。


新しい小説の作り方 和田真宙(埼玉県)

手練れ感があり、文章といい構成といい、テンポよく読ませてくれた。設定も現代に寄っているが、視点が業界物でやや内輪感が強いように思った。


コズミック・ブルース 渡鳥うき(茨城県)

天才クラッカーにして大どろぼう、とびきりの美貌と回転の速い辛口が子どもから老人まで、人妻もすべての人を惹きつけて止まない「三島雪」という超絶キャラクターを中心に、かなり込み入った人間関係と事件を結構達者な文章で構築しているものの、何を読ませたいのかという肝心なところが伝わってこない。


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