腐れ大学生&タイムマシン 『四畳半タイムマシンブルース』評・瀧井朝世

文字数 1,102文字

※2020年小説宝石10月号より

『四畳半タイムマシンブルース』森見登美彦(KADOKAWA)本体1500円+税

 舞台のノベライズはたまにあるけれど、舞台とまた別の小説の融合というのは珍しいのではないか。それをやってのけたのが、森見登美彦(もりみとみひこ)さん『四畳半(よじょうはん)タイムマシンブルース』。劇団ヨーロッパ企画の上田誠(うえだまこと)さんが台本を書いた舞台「サマータイムマシン・ブルース」の物語を、森見さんの『四畳半神話大系(しんわたいけい)』の登場人物で再現させた小説である。上田さんは森見作品のアニメ化の脚本を多く手掛けており、そのアンサーという試みともいえる。


 舞台版は、とある大学のSF研究会とカメラクラブの話。猛暑のなか、部員の一人がリモコンにコーラをこぼしエアコンが起動しなくなる。そこに突如タイムマシンが現れ、部員たちは昨日に行き壊れる前のリモコンを取ってこようと画策。過去に戻って楽しくなった彼らは好き放題に振る舞うが、過去を改変すれば現在にも影響があると気づき、すべてを元通りにしようと慌てて……。


 小説版では舞台はお馴染み、学生たちが暮らす下鴨幽水荘(しもがもゆうすいそう)に。〈私〉が入居する部屋のエアコンのリモコンに悪友の小津(おづ)がコーラをこぼしてしまう。あとは舞台版とほぼ同じ展開。『四畳半神話大系』では冴えない主人公が入学後、どのサークルに入るかで異なる未来が待ち受けているパラレルワールドものだったが、本作もそのひとつのパターンとして描かれている。前作にも出てきた映画サークルの面々や、寮の主である大学八回生の樋口清太郎(ひぐちせいたろう)らも登場、彼らが一癖も二癖もあるので、舞台版のはちゃめちゃな展開にしっくり呼応してお見事。一愛読者としては、あの腐れ大学生たちに再び会えたことがなにより嬉しいが、もちろん舞台版や映画版を知らない人でも充分に楽しめるだろう。

バイトに追われる今の大学生の現実

『愛されなくても別に』武田綾乃(講談社)本体1450円+税

 19歳の陽彩(ひいろ)は母親と二人暮らし。バイトにあけくれながら大学に通う日々。学費のためだけでなく、母親に所望されて生活費までまかなわなければならない。生活に余裕もなく友達のいない陽彩だったが、とうとう耐えられなくなり家を出て、同じ大学の江永(えなが)のアパートに転がりこむ。彼女は親に虐待された過去があり……。学生の貧困問題、親との関係の難しさを盛り込みつつ、主人公が自分の現状と向き合い、精神的な自立を獲得していく姿を描く。今の大学生の厳しい現実に圧倒されながらも、少しずつ育まれる友情にも胸熱。

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