リアルな日常に息づく「あの世」

文字数 1,080文字

 いつだったか、ある出版社の女性編集者さんから前世占いについての話を聞いた。
 取材を兼ねて前世占いに行ったという話だったが、霊能力者に実際に占ってもらい、彼女は「江戸時代の機織り娘」だったそうだ。その機織り娘は腕が良く、一生独り身で働き、だが江戸を離れた新天地で病を得て亡くなったらしい。
 その女性編集者さんは、
「私はこの世では誰かと結婚し、いま暮らしている東京という場所を離れずに仕事を全うする、という使命があるようです」
 と言っていた。つまり前世占いには前世の悔いを知るという目的があり、そうすることで、この世でなにを為せばいいかが明確になるのだという。
 本書で私は、こうした科学的な根拠はないが、多くの人が心のどこかで信じている世界を描いてみたいと思った。リアルな日常に、目には視えない不確かな世界を織り交ぜた物語を創りたいと思ったのだ。
 ストーリーは須藤周二という二十七歳の大学院生が、十七歳の少女、久遠花と出逢うところから始まる。
 周二は自分でも説明できないほどの烈しさで花に惹かれるのだが、実はその背景には暗く重い、彼の過去が重なっていて……。
 物語には元ユタの女、霊感を持つ寺の息子、催眠療法士といった人物が絡んでくる。 
 目に視えない世界に近しい彼らが、周二が生きるリアルなこの世と、あの世との境を曖昧にしていく。
 ここまで書くと、なにやら怪しい話のように感じる方もおられるかもしれない。でもよくよく考えてみれば、私たちは「目に視えないもの」を当たり前のように受け入れて生きているのではないだろうか。
 本書を読んで、リアルな日常に息づく「あの世」の存在を、ゾワリではなく温かく感じていただきたいと思っている。気軽に旅に出られないいま、舞台となる与那国島の風景描写も、あわせて楽しんでいただければとても嬉しい。



藤岡陽子(ふじおか・ようこ)
1971年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。報知新聞社を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大留学。慈恵看護専門学校卒業。2006年「結い言」が宮本輝氏選考の北日本文学賞の選奨を受ける。’09年、看護学校が舞台の長編小説『いつまでも白い羽根』でデビュー。その他の著書に『トライアウト』『ホイッスル』『晴れたらいいね』『手のひらの音符』『海とジイ』『陽だまりのひと』(『テミスの休息』改題)『波風』『跳べ、暁!』『きのうのオレンジ』『メイド・イン京都』『金の角持つ子どもたち』などがある。


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