◆No.5 悪役たちの競演
文字数 1,813文字
「悪役を書くのは楽しい」と作家はよく言いますが、本当でなんです。
もちろんうまく行った場合だけですが(笑)。
本作で重要な役割を果たす田原民部親賢、後の田原紹忍は、大友家の歴史の中で最も評判の悪い人物の一人でしょう。
大友が滅亡へと転がり落ちて行く耳川合戦(高城合戦)――
この大敗北は、紹忍に責めがあったと、しばしば書かれています。
主人公である吉弘鎮信も、名脇役の角隈石宗も耳川で戦死しました。
九州の長篠合戦とも言えるこの合戦については、いつかそれだけを扱ってじっくり描きたいと野望を抱いておりますが、紹忍は生き延びて、実は最後まで大友家に尽くして戦死する人物です。
私は彼を、石田三成に近いイメージで捉えています。
有能な忠臣だが、純粋すぎて、世渡りが下手くそで、長い目で見れば主家を滅ぼす家臣です。
ちなみに物語では、民部を宗麟夫人の弟として設定しましたが、多くの文献では兄としています。史料からは女性の名前も年齢もはっきりしないので、物語の都合を優先しましたが、最近、郷土史家の方から弟説の根拠となる史料の記述を教えていただきました。
もう一人、田原宗亀親宏という人物も、なかなかに面白い生涯を送っています。
その数奇な人生で、いくつかの危機を乗り越えながら位人臣を極めていますし、最後には大友家に叛乱を起こすので、一筋縄ではいかない人物だったはずです。
要所要所で歴史に名を残しているものの、彼の事績もよく分からないので、小説家としてはありがたい人物です。
本作でも大活躍してくれましたが、私の中ではもう勝手に動いてくれます。
彼なしでは大友サーガが成立しないほどの重要人物。
この場をお借りして御礼を。
また出てきてください!
本作では少しだけ冒険をしました。
登場人物のセリフでは控えていますが、わりと現代的な用語を地の文に入れているのです。
現代語は非常に語彙が豊富なのに、「当時使われていて今も意味が変わらず、現代読者に紛れなく伝わる言葉」だけに絞ると、表現が相当限定されてしまいます。
それでも歯を食いしばって書くべきなのかも知れませんが、読者はあくまで現代人なので、少し現代的な表現も入れて、歴史小説の文体についてささやかな問題提起をしています。
私のtreeの当面のエッセーはこれにて終了になります。
ではまた、いつかどこかで、お会いいたしましょう!
■主な登場人物
吉弘賀兵衛(鎮信)(よしひろ・かへえ(しげのぶ)):重臣吉弘家の長子で、大友義鎮の近習。義鎮派。18歳。
小原鑑元(神五郎)(おばら・あきもと(じんごろう)):大友第二の宿将。肥後方分。他紋衆。宗亀派。
杏:鑑元の娘。16歳。
八幡丸:鑑元の嫡男。8歳。
田原民部(たわら・みんぶ):近習頭。義鎮の義弟で腹心。後の紹忍。25歳。
大友義鎮(おおとも・よししげ):大友家当主。後の宗麟。26歳。
田原宗亀(たわら・そうき):田原宗家の惣領。大友家中の最高実力者。
大津山修理亮(おおつやま・しゅりのすけ):肥後山之上衆の若き当主。
小井出掃部(こいで・かもん):小原家家老。
角隈石宗(つのくま・せきそう):大友軍師。
志賀道輝(しが・どうき):大友重臣。加判衆の一人。宗亀派。
田北鑑生(たきた・あきなり):大友重臣。筆頭加判衆。宗亀派。
仲屋:府内の豪商。おかみが取り仕切る。
戸次鑑連(べっき・あきつら):「鬼」と渾名される大友家最高の将。後の立花道雪