最高の青春小説『線は、僕を描く』映画化決定!

文字数 2,463文字

2020年本屋大賞 第3位


「王様のブランチ」ブランチBOOK大賞2019受賞

(王様のブランチ』はTBS系毎週土曜 あさ9時30分より放送中)


第3回未来屋書店大賞 第3位

キノベス!2020 第6位


第59回メフィスト賞受賞作


映画化決定! 2022年10月21日公開


主演:横浜流星

監督:小泉徳宏(『ちはやふる』)

原作:『線は、僕を描く』 砥上裕將・著

あらすじ

「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ」
家族を失い真っ白い悲しみのなかにいた青山霜介は、バイト先の展示会場で面白い老人と出会う。その人こそ水墨画の巨匠・篠田湖山だった。なぜか湖山に気に入られ、霜介は一方的に内弟子にされてしまう。それに反発する湖山の孫娘・千瑛は、一年後「湖山賞」で霜介と勝負すると宣言。まったくの素人の霜介は、困惑しながらも水墨の道へ踏み出すことになる。

砥上裕將(とがみ・ひろまさ)

1984年生まれ。福岡県出身。水墨画家。本作で第59回メフィスト賞受賞。他の著書に、デビュー後第一作『7.5グラムの奇跡』がある。

「納得する」という奇跡   吉田大助(ライター)

 水墨画を題材にした斬新で本格的な芸術小説でありながら、王道の青春小説でもある。砥上裕將の『線は、僕を描く』は、唯一無二のオリジナリティを放つ。


 大学一年生の青山霜介(「僕」)が、アルバイト先でたまたま遭遇した水墨画の巨匠・篠田湖山に見初められ、内弟子となるところから物語は幕を開ける。水墨画を描いたことなどなければ絵筆を握ったこともない、いち法学部生であるにもかかわらず――。世に「巻き込まれ型主人公」はあまた存在するが、本作の主人公の「巻き込まれ」度合いは格別だ。おっ、と物語に対して前のめりにさせられること間違いなしの導入だが、その後も興味が持続する理由は、素人(しろうと)と ではあるけれども観察眼が鋭い「僕」の体感を通して語られる、水墨画の世界が魅力的だからだ。そして、先を行く師匠や兄弟子の言葉に抜群の吸引力が宿っているから。プロフィールによれば、作者は水墨画家でもあるという。水墨画の線を引く際の臨場感や身体感覚、美学や哲学は、自身の体感に根ざしているからこそ書き得たものだろう。それが、読者を未知なる興奮に導く、エンターテインメントの言葉となって出力された。この一点だけでも、極上の読書体験を保証できる。


 一方で本作は、青春小説としても優れた達成を誇る。「僕」は二年前に遭遇したある出来事により、「真っ白になってしまった」。その地点から前に進めず、淡々と、ぼんやりと日々をやり過ごす状態だったのだ。その結果生じた対人関係への苦手意識や恐怖心が、「僕」の内面を満たしている。コミュニケーションに対するネガティブな感情と、それを克服しようとする勇気の描写。これぞ、青春小説の真髄だ。なぜならば大人は、過去の経験と記憶から導き出されたアルゴリズムによって、ある程度スムーズにコミュニケーションがこなせてしまうから。ところが青春を生きる子どもたちは、コミュニケーションの過程で逐一引っ掛かり、自分の放った言葉や相手の言葉をスルーせず反芻(はんすう)し、そのつど新しい感情を搔き立てていくこととなる。


 そうしたコミュニケーションの問題は、水墨画の問題とダイレクトに響き合っている。人はなぜ絵を描くのか? 言葉では伝えられない思いを絵に託し、他者に届けるためだ。「僕」は水墨画の鍛錬をしながら、胸に抱えた思いを飲み込まず(「言葉で話し始めれば、その瞬間に語りたいことから遠ざかっていく感情をどうやって伝えたらいいのだろう」)、どうせ伝わらないからと諦めずに(「何かを伝えたいと思ったけれど、僕には選ぶべき言葉がなかった。伝えようと思いついた言葉は、どれも適当なものではなかった」)、自分の思いをきちんと言葉にして外へ出そうと試み始める。己について語ることで己を知っていく「僕」は、芸術家としてだけでなく、人間としても少しずつ成長する。芸術と青春とが絡み合う、重層的な物語だ。


 本作はメフィスト賞受賞作だが、いわゆるミステリではない。しかし、謎と呼ぶべきものが作中にいくつも登場している点にも注目したい。例えば、湖山先生は水墨画の極意についてこんな言葉を放つ。「現象とは、外側にしかないものなのか? 心の内側に宇宙はないのか?」。それがどういう意味なのかは、本人の口から詳しく説明されることはない。「僕」が自分の頭で考え、筆を揮(ふる)い、画題となる自然を観察し、また筆を揮うという繰り返しの過程で、自分のやり方で気付くしかない。それに気付けたならば、また新たな謎――「いいかい、青山君。絵は絵空事だよ」――が現れる。「僕」の実感を超えたその言葉を巡る、新たな探求が始まる。


 しかし、それらは物語に推進力をもたらすための、小さな謎だ。本作に封じ込められた最大の謎は、実は冒頭の段階で掲げられている。湖山先生はなぜ「僕」を弟子にスカウトしたのか、という謎だ。それは、次のように言い換えることができる。「僕」はなぜスカウトを受け入れ、水墨画を始めたのか。なぜこれほどまでのめり込むこととなったのか? 本作は、ミステリではない。だからこれらの謎が解き明かされる時、読者の胸に訪れる感情は驚きではない。納得だ。


 水墨画という非言語の芸術分野を題材にした小説で、架空の登場人物が手にした人生とアートの関係性、時空をも越えたコミュニケーションにまつわる真理を、反発心や違和感など一ミリも感じることなく、深い納得を抱いて受け取ることができた。それって、当たり前のことじゃない。一流の作家だけが成し遂げることのできる、奇跡の感触がここにある。

吉田大助(よしだ・だいすけ)
1977年生まれ。ライター。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説 野性時代」「小説現代」「週刊文春WOMAN」などで書評や作家インタビューを行う。Twitter(@readabookreview)で書評情報を発信中。

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