『その日まで』『寂聴さんに教わったこと』同時刊行記念エッセイ/瀬尾まなほ

文字数 2,454文字

2021年11月9日に99歳で永眠された瀬戸内寂聴さん。1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、作家としてデビュー後、数多くの小説を世に送り出しました。

そんな寂聴さんが作家であることも知らずに、「寂庵」に就職した66歳下の秘書、瀬尾まなほさんが、最期の寂聴さんとまなほさんの著書同時発売によせてエッセイを書下ろしてくださいました。

 瀬戸内寂聴先生と私の本が同時に出るのは、きっともう最期になると思う。


 2021年11月9日に99年という長い生涯を終えた先生は数か月後に予定されていた『その日まで』の刊行を見届けることは出来なかった。入院中も、「来年1月には新刊が出るし、私の『寂聴さんに教わったこと』も同時に出版されるから一緒に宣伝してくださいよ!」と元気を出してもらうため、何度も耳元で伝えていた。


 私のような文学に疎い人間は、先生のことを「尼さん」としか認識していなかった。先生が開いた寺院「寂庵」で働くことが決まった時、友人たちは「尼さんになるの?」なんて聞いた。私も宗教のことは無知で、お寺で働く意味もわかっていなかったが、とりあえず興味本位で飛び込んだ。


 入ってみると、私は作家、瀬戸内寂聴を目の当たりにする。一日のほとんどを執筆に費やし、僧侶という姿より作家の姿のほうが本来の姿だと知らされた。


 私小説作家と呼ばれることを嫌っていた先生だが、晩年の作品は先生自身がモデルになっていたり、エッセイ調の小説であったり、『その日まで』を見ても主に自分のことが書かれている。三回忌を過ぎて、読み返すとまた違った視点で読むことが出来た。


 私が思っていた以上にいつも「死」を意識していたし、その時は知りもしない死期のはずなのに、自分と関わってきた人々を想い偲び、自分の生きざまを見返していた。98歳にもなるといつ自分が死んでもおかしくないと常々思っていたのだと思う。


 未来を描くというよりは、過去を慈しむために書き続けているような、そんな感じがする。それは日記のようにも感じられ、「そうそう、一緒に行きましたね」と思い出したり、「先生、このとき石牟礼さんのことをひっきりなしに話してたり、作品を読んでたなあ」と石牟礼道子さんの記事をみれば、その新聞を切り取り集めていた姿が蘇る。いつか石牟礼さんと半世紀にわたり石牟礼さんを支えた渡辺さんとの小説を書いてみたいとも言っていたことも。


 書きたいことはまだまだたくさんあったけれど、命が続かないとわかっていた。


 全て事実かといえば、そうでもない。先生はふっと過去のことを思い出すときに過去と空想の世界を行ったり来たりしていた気がする。だからフィクションが度々含まれていて、それがエッセイにも表れるものだから、「エッセイなのに、嘘書いてもいいんですか?」なんて本人に問うこともあった。その時の先生の答えは「いいのよ、面白ければ」。


 昨日何食べたか思い出せない98歳の先生が、幼少期のころのこと、親交のあった方々のことをありありと思い出せるのは不思議であった。自由に好きなように書いている姿を思い出して、この人は本当に最期まで現役作家だったとつくづく思う。


 『寂聴さんに教わったこと』は共同通信社で5年間全国の地方紙で連載された「まなほの寂庵日記」をまとめたものである。この連載で私は書く機会を得ることができる大きなきっかけになった。先生の普段の姿や日常を書くことで、方々から思わぬ反響があった。「寂聴さんってこんなにおちゃめなんですね」、「まなほさんとの喧嘩している様子が目に浮かびます」反対に、「偉い寂聴師にこんなに馴れ馴れしくするなんてけしからん」などと言う人もいたけれど、全国どこに行っても連載を楽しみにしてくれている声を聞くことができた。いい意味で、今までの瀬戸内寂聴像を壊せたと思っている。


 私が先生のもとにきて、先生と過ごした日々を書き綴ったこれも日記のようなものだ。


 先生が亡くなってからより強く思うのは、この世に作品を残すことの意義。先生の生きざまが本を通して知ることが出来る、何百年にも読み続かれるものになる。そう思うと、先生が人生を懸けて書き続けた意味がそこにあると思う。

瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒。’57年「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、’61年『田村俊子』で田村俊子賞、’63年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。’73年に平泉・中尊寺で得度、法名・寂聴となる(旧名・晴美)。’92年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、’96年『白道』で芸術選奨文部大臣賞、2001年『場所』で野間文芸賞、’11年『風景』で泉鏡花文学賞を受賞。’98年『源氏物語』現代語訳を完訳。’06年、文化勲章受章。近著に『生きることば あなたへ』『死に支度』『いのち』『寂聴 九十七歳の遺言』『はい、さようなら。』『97歳の悩み相談 17歳の特別教室』『悔いなく生きよう』『笑って生ききる』『寂聴 残された日々』『愛に始まり、愛に終わる 瀬戸内寂聴108の言葉』『瀬戸内寂聴全集』『99年、ありのままに生きて』『寂聴 源氏物語』など。2021年11月に逝去。

瀬尾まなほ(せお・まなほ)

1988年、兵庫県生まれ。京都外国語大学英米語学科卒。卒業と同時に寂庵に就職。2013年、長年勤めていた先輩スタッフたちが退職し、66歳離れた秘書として奮闘の日々が始まる。’17年6月より共同通信社の連載「まなほの寂庵日記」を開始。同年11月に出版したエッセイ『おちゃめに100歳! 寂聴さん』(光文社)がベストセラーになる。’21年4月、読売新聞の連載「秘書・まなほの寂庵ごよみ」を開始。困難を抱えた若い女性たちを支援する「若草プロジェクト」の理事も務める。他の著書に『寂聴先生、ありがとう。 秘書の私が先生のそばで学んだこと、感じたこと』(朝日新聞出版)、『#寂聴さん 秘書がつぶやく2人のヒミツ』(東京新聞)などがある。

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