◆No.8 敗れざる者 ~藤木和泉(上)
文字数 1,393文字
いよいよ主人公です。
この人物をご存知だった方はほとんどおられないと思います。
歴史上、彼が存在したことは間違いなさそうですが、ほとんど何も伝わっていません。
諱も、通称も不明です。
史実として残っているのは、
<藤木和泉が安武民部と共に、西郷原という場所で、薦野増時と米多比鎮久を相手に戦ったが、勝利できなかった>
という事実くらいです。地元郷土史家の方がある程度特定くださっていますが、
実は決戦の舞台、西郷原の場所がはっきりしません。
生没年ともに不明ですが、安武と並んで討伐に向かったわけですから、立花家ではそれなりの家格だったはず。安武の方は少し残っていますが、西郷原の戦いの後、藤木和泉がどうなったのかは不明です。
日田親載(立花鑑載)が継いだ古い立花家は、叛乱を起こして、滅びました。
この叛乱では、大軍が立花山城に立て籠もり、激戦となったことは間違いなさそうです。
叛乱の首魁である立花鑑載でさえ、わずかしか史実が残っていないのですから、叛乱で死んだ家臣について、史実が残っているほうが変なのです。
以上の意味で、藤木和泉は私のほぼ完全なオリキャラとも言えます。
立花鑑載
私がそんな彼を通して描きたかったのは、
ノンフィクション作家・沢木耕太郎さんの名著「敗れざる者たち」の戦国版です。
いつの世にも、本来は輝ける力を持っていながら、何かの事情で輝けなかった者たちがいる。必ずいる。戦国時代にもいたはずです。当たり前ですが、そんな人たちは、歴史書などには全くと言っていいほど記されていません。歴史書では勝者が主人公ですから。
そのような歴史の「敗者」の代表として、私は藤木和泉なる全く無名の将を選びました。
でも、沢木さんが魅力あふれるタイトルに込められたように、彼を「敗れざる者」として描いたつもりです。
客観的な状況として、彼の人生には、もはや何も付け足すものはなかった。
完全燃焼して負けて死んだ『あしたのジョー』のイメージですね。
第9回 敗れざる者 ~藤木和泉(下)は6月24日アップ予定!
赤神 諒(アカガミ リョウ)
1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記』『神遊の城』『酔象の流儀 朝倉盛衰記』『戦神』『妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。