黄昏には何かがいた

文字数 1,108文字

 子供の頃、怖い話や都市伝説が好きだった。
 口裂け女に、人面犬。裏山にはUFOが来るらしい。学校の近くの神社に、夜な夜な白装束の女が現れるんだってさ――。
 身近で囁かれる怪談や奇妙な噂話を、当時の私は指の隙間から覗き見るような思いで耳にしていた。習い事の帰りに夕暮れの道を進むとき、ひょっとしてあの曲がり角から怪しい何かが姿を現すのではないか、などと思えてどきどきした。
 電柱の長い影は幽霊に、さくらんぼ畑に吊るされた目玉形のバルーンは得体の知れない異形に見えた。夏休みにはお決まりのように怪談番組が放送され、オカルト雑誌の心霊写真特集を見て友人たちときゃあきゃあ騒いだ。
 まだインターネットが普及していない時代、地方都市で、闇は闇のままそこにあった。
 大人になると、「恐怖」はお化けやモンスターではなく、より社会的で現実的な形を持つようになった。たとえば税金とか、犯罪被害とか、そう遠くないであろう将来の介護問題だとか、そういった諸々だ。
 加えて、時代の流れと共に社会全体の有りようが変わった。’90年代後半からメディアの自主規制により、オカルト的なものが不謹慎とされる風潮が強まった。また、インターネットの普及により、不確かで曖昧なものの生き残る余地が少なくなったように思う。
 それでも、目に見えないものの存在を無邪気に怖がっていたあの頃を、懐かしく思うことがある。
 黄昏どきに見た怪しい影は、もしかしたら都市伝説の怪人だったのかもしれない。噂の幽霊トンネルをくぐったら、その先は見知らぬ異界につながっていたのかも。
 恐ろしいと思いつつも、私は確かに、そうしたものたちに心惹かれていたのだ。
『みどり町の怪人』には、そんなノスタルジーと当時の空気感を詰め込んだ。
 みどり町へようこそ。ここはどこにでもありそうな地方都市。ただしこの町には、怪しい噂と秘密がある。
 町を跋扈する怪人は実在するのか? はたしてその正体とは?
 お楽しみいただけたなら、この上ない喜びだ。



彩坂美月(あやさか・みつき)
12月31日生まれ。山形県出身。早稲田大学第二文学部卒業。2009年、第7回富士見ヤングミステリー大賞準入選作『未成年儀式』でデビュー(文庫化の際に『少女は夏に閉ざされる』に改題)。他著に『夏の王国で目覚めない』『柘榴パズル』『金木犀と彼女の時間』『向日葵を手折る』『思い出リバイバル』など。

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