④新たな江戸人情シリーズ!/内田剛

文字数 1,567文字

ブックジャーナリスト・内田剛さん(人呼んで「アルパカ」さん)に、『損料屋 見鬼控え』シリーズの魅力について語っていただきます! タイトルだけ見ると、ちょっと怖い話なのかな?と思ってしまいますが、実は心あたたまる人情話なのです──!

 『損料屋見鬼控え』は新たな江戸人情シリーズのスタンダードだ。2021年3月に1巻目、6月に2巻目、そして12月に3巻目が発売となり、3冊まとめて読めるようになったことも嬉しい。いささか耳に馴染みにくいタイトルだが「損料屋」は江戸時代のレンタルショップ、「見鬼」は霊を見ることである。ともすれば背筋も凍りつく怪異小説をイメージしてしまいがちだが実際はその真逆。未練という名の「愛」をこの世に残した幽霊はそんなに怖くなく、むしろこちら側から手を差し延べたくなる存在だ。情感たっぷりに心を震わせて、身体の奥底からじんわりと温まる愛おしい物語なのである。


 舞台は江戸・両国橘町。主人公は家に憑いている幽霊が見える損料屋巴屋の17歳の惣領息子・巴屋又十郎。そして物の残留思念が聞こえる10歳の義妹・天音(あまね)。初々しい兄妹コンビがそれぞれの特殊能力を活かして亡き者たちの声を掬いあげていく。ファンタジックな設定であるが決して現実離れしたストーリーではない。親兄弟を落雷で失くし天涯孤独となった天音を思いやる又十郎。喪失の哀しみを乗り越えて血のつながらない2人が次第に心を通わせる様にもグッとくる。涙なしには読むことができない。全編から感動が揺らぐことなく伝わってきて心の琴線にまっすぐ触れる。物語の深い余韻を味わえる魅力がたっぷりと溢れているのだ。


 鮮やかにそして活き活きと再現された江戸市井の情緒と、移ろいゆく時の流れもまた読みどころのひとつだ。損料屋という商いはその仕事を追いかけただけで季節感がものの見事にと現れるのが面白い。季節の変わり目の衣替え。夏用と冬用の布団の入れ替え。行事があれば儀式もある。宵越しの金と身の回りに物を持たない江戸人にとって現代人以上にレンタル業者に頼っていたようだ。テーマは1巻目は犬張子、菖蒲打ち、朝顔、2巻目は薮入り、放生会、3巻目は地唐紙、雪待、天音の大つごもり・・・と目次を眺めただけでも細やかな時の流れがヒシと感じられるが、読めば誰もが江戸の空気を存分に味わえる。物語世界に没入できること間違いなしである。


 亡き者に誘われて確かに強まる絆がある。気配を感じれば目には見えなくても、成仏したくてもできない哀しき魂は確かに存在するのだ。この世の未練が霊となり遺された者たちを慈しむ。記憶の底に刻まれた思いと不思議な縁にほんのりと心が温まり、当たり前の日常に潤いを与える物語からは、うそ偽りのないとびきり優しい「ありがとう」が聞こえてくる。喜怒哀楽に艱難辛苦。生死を超えた愛情と、理屈ではない義理人情、そして人肌の温もりが全身にしみわたる。さらには舞台や小道具までも見事に整っているから、まさに日本人の「心の故郷」のすべてが再現されているといっていい。ソーシャルディスタンスによって必要以上に開いてしまったのは人間同士の心の距離だろう。人と人との生身の交流が希薄となってしまった非日常の今だからこそ読んでおきたい物語だ!


三國 青葉(みくに・あおば)

兵庫県生まれ。お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。2012年「朝の容花」で第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、『かおばな憑依帖』と改題してデビュー(文庫で『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』に改題)。その他の著書に『忍びのかすていら』『学園ゴーストバスターズ』『学園ゴーストバスターズ 夏のおもいで』『黒猫の夜におやすみ 神戸元町レンタルキャット事件帖』 『心花堂手習ごよみ』などがある。

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