ホントにあったウソのような旅行記②/嶺里俊介

文字数 2,230文字

Andorra, Andorra la Vella 写真:アフロ

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんによる、tree書下ろしショートショート連載第2弾!

今回はウソかほんとかわからないふし~ぎな『ホントにあったウソのような旅行記』

第2回の舞台は、アンドラ公国です! Bon viatge!

第2話 アンドラ公国


 私たち4人は、スペインとフランスの国境をなすピレネー山脈へタクシーで向かった。そこに私が希望した国がある。

 バルセロナから北へ約135キロメートル。アンドラ公国という小国である。面積は石川県の金沢市とほぼ同じ。当時(1987年)は消費税がなく、関税を免除して外国からの買い物客を集めて収入としていた。

リヒテンシュタインが切手の発行で国の歳入にあてているのと同じく、小国の戦略はなんとも興味深い。西洋文化の中にあって、どこか独特な雰囲気を醸し出しているのではと期待したので、一度訪れてみたかったのだ。


 不安は言語だった。なにしろアンドラ公国の公用語はカタルーニャ語だけである。スペイン語やポルトガル語も通じるらしいが、そのどれも私らは話せない。かろうじて相手によってはフランス語が通じると聞いていたので、会話は私が担当することになった。

 記録によると、当時の人口は48,455人。5万人に満たない。前述の金沢市の人口が現在約46万人だそうだから、いかに山岳地帯にあるこじんまりした国なのか察しがつくだろう。


 登り道が続く。

 しかも2月なので、道の両脇は堆い雪の壁である。お世辞にも車窓が楽しめるとは言えない。

 長い登り道の途中で入国し、審査を受けた。タクシーで入国と出国なんて、なんと贅沢かと思ってしまうが、それしか交通手段がないのだ。

 そのまま一本道をひた走るとアンドラ公国の首都のアンドラ・ラ・ベリャへ出る。粉雪が舞う中、私たちはホテルが密集しているエリアでタクシーを降りた。


 メインストリートは、石畳の歩道に石壁や煉瓦づくりの建物が建ち並ぶ。建物にはどれも取り扱っている品々の『売り』が掲げられていた。中世の町並みに現代の商用看板が重なり、景観としてはいかがなものかと思ってしまう。

「秋葉原みたいだ」泰丸が呟いた。

 まさしく。私は眉根を寄せた。

 関税がないとなれば、さぞかし他国からの品が流入しているのではと思い、闇市のような雑多な市場はないかと道行く人に尋ねてみた。

「欲しいものがあるなら、看板を確かめて専門店へ行けばいい」

そりゃそうだ。


 泰丸と一緒に手近な商用ビルに飛び込んでみたが、そこで目に飛び込んできたものも馴染みがあるものばかりだった。

『SONY』『Panasonic』……。

 どうやらワープロやファクシミリ、電卓やテレビが人気らしい。いや、しかし――。

 日本語がないというだけで、電化製品が所狭しと並べられた店内は、まんま秋葉原の電気街だ。

 異国にあって、見慣れた光景。異国情緒どころではない。

 私は大きく溜め息を吐きながら肩を落とした。


 西欧まで来て、いまさら日本の製品をウインドウショッピングするつもりはない。ホテルで身体を休めた方が旅の英気を養えるというものだ。

 東洋人と思しき老人が補聴器を購入していた。頭に大きな赤い痣のような沁みがある。周囲に東洋人らしき人はいなかったので、日本のツアー客ではあるまい。

 振り返ると、泰丸が目を丸くして棒立ちしていた。

「じいちゃん……?」

 いつの間にか老人はいなくなっていた。


 翌朝、私たちはホテルをチェックアウトすると一路フランスへ向かった。道なりで進み、一本道の途中で国境を迎え、入国審査を通過すると、もうフランスである。

「フランス側へ向かってスキーを履いたら、そのまま突っ立っているだけで出国できるんじゃないか」

「たしかに」

 村岡の軽口に、助手席の私は苦笑いを隠せなかった。

「そういや泰丸、お前夜中に日本へ電話してたな」

 車窓の雪道を眺めながら守田が訊いた。

「長いこと離れてるから家族の声を聞きたくなっただけだ。特にじいちゃんな」

「どうだ、元気そうだったか」

 後部座席の真ん中に座る村岡は窮屈そうに肩を窄めている。

「寄る年波のせいか、俺のじいちゃんは床に就いてることが多いんだ。頭に旧い火傷痕があるんだが、よく似た人を見かけたんでな。それでまあ、じいちゃんになにかあったのかと気になったもんでさ」

 む、と私は反応した。

 泰丸が心配したのも無理はない。祖父のドッペルゲンガーや生き霊を見たのだとしたら、ただごとではなくなっているかもしれない。


 その人がいるはずのない場所で見かけたら、同じ頃に本人は死んでいたというのは、よくある心霊譚だ。

「元気だったよ。昨日は秋葉原へ行って最新の補聴器を買ったと自慢してた」

 世界には自分とよく似た人が最低2人いると聞いたことがあるが、行動も似るらしい。

 私たちは、とうとうタクシーでピレネー山脈を越えた。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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