メフィスト評論賞 法月綸太郎×円堂都司昭 選考対談【前編】

法月綸太郎(作家・評論家) × 円堂都司昭(評論家) 

「メフィスト評論賞」選考対談

●受賞作●

<メフィスト評論賞> 琳 「ガウス平面の殺人──虚構本格ミステリと後期クイーン的問題──」

<法月賞> 坂嶋 竜 「誰がめたにルビを振る」

<円堂賞> 古川欧州 「蘇部健一は何を隠しているのか?」

※メフィスト評論賞とは……メフィスト賞受賞作家の作品(受賞作に限りません)を題材とした評論が原則。選考委員は法月綸太郎氏、円堂都司昭氏

●応募作品一覧●

*宇佐見崇之「 百鬼夜行の夢――京極夏彦初期作品をめぐって」

 取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /京極夏彦『姑獲鳥の夏』 『魍魎の匣』 『狂骨の夢』 『鉄鼠の檻』 『絡新婦の理』 『塗仏の宴』 『陰摩羅鬼の瑕』

*佐藤佑亮 「サイクルの果て」 

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /西尾維新『クビキリサイクル』

*琳 「ガウス平面の殺人――虚構本格ミステリと後期クイーン的問題―― 」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /清涼院流水『コズミック』 『ジョーカー』/名倉編『異セカイ系』/西尾維新『クビキリサイクル』/井上真偽『その可能性はすでに考えた』

*有馬泉 「社会派の謎」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /なし

*ちゅーぱちぱちこ 「神は天にいまし」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /名倉編『異セカイ系』

*竹内未生 「異なるセカイのつなぎ方(ディファレンス・エンジン・メソッド)――『異セカイ系』論 」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /名倉編『異セカイ系』

*坂嶋竜「誰がめたにルビを振る」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /清涼院流水『コズミック』 『ジョーカー』 「カーニバル」三部作 『彩紋家事件』 『秘密屋』 「トップラン」シリーズ 「パーフェクト・ワールド」シリーズ 『努力したぶんだけ魔法のように効果が出る英語勉強法』 『コズミック・ゼロ 日本絶滅計画』 『純忠 日本で最初にキリシタン大名になった男』 『ルイス・フロイス戦国記 ジャパゥン』/古野まほろ「天帝」シリーズ 『群衆リドル』/深水黎一郎『花窗玻璃 シャガールの黙示』 『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』 『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』 『ミステリー・アリーナ』/氷川透『最後から二番めの真実』/名倉編『異セカイ系』

*徳田泰典 「汀こるもの作品を始点にして考える密室のゲーム性、ネットへの希望 」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /汀こるもの『パラダイス・クローズド』 『火の中の竜 ネットコンサルタント「さらまんどら」の炎上事件簿』/矢野龍王『極限推理コロシアム』/西尾維新『終物語』

*ORE 「新しいを創造するメフィスト賞 」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /なし

*古川欧州 「蘇部健一は何を隠しているのか? 」

取り上げたメフィスト賞受賞作家と作品 /蘇部健一『小説X あなたをずっと、さがしてた』 『六枚のとんかつ』 『六とん2』 『六とん3』 『六とん4』 『動かぬ証拠』 『長野・上越新幹線四時間三十分の壁』 『木乃伊男』 『届かぬ想い』 「ふつうの学校」シリーズ 『赤い糸』 『古い腕時計 きのう逢えたら…』 『運命しか信じない!』/乾くるみ『イニシエーション・ラブ』

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次代のミステリ評論の 可能性を予感させる ハイレベルな応募作10本!

■第一次選考

選考委員も〝目からウロコ〟の鋭い指摘も

編集部 メフィスト評論賞は、本年30月末日を応募締め切りとして作品を募集いたしました。結果、10作品の応募があり、これより選考委員である法月綸太郎さん、円堂都司昭さんによる選考を行いたいと思います。お二方、よろしくお願いいたします。まず、宇佐見崇之さんの「百鬼夜行の夢――京極夏彦初期作品をめぐって」(以下「百鬼夜行の夢」)からお願いします。

法月 京極さんはメフィスト賞の受賞者ではないですが、『姑獲鳥の夏』(1994年刊)でデビューし、翌年のメフィスト賞創設のきっかけとなった作家さんで、読者からも〝第0回受賞者〟として認知されているので、今回の応募規定「メフィスト賞受賞作家を題材とすること」に準拠していると考えていいと思います。 実は、僕、この方を知っていて、関ミス連(関西ミステリ連合)のOBで、今回、こういう評論の賞を創設したから、メフィスト賞関連で何かあれば応募したらいいですよって声をかけたんです。それでこれが送られてきた。

円堂 お知り合いだったんですか。

法月 メールのやり取りとかはあるんですけど。

円堂 そうだったんですね。

法月 これの元になった原稿、同人誌だったかな、以前読んだことがあります。そのリメイクですね。

円堂 私の読後感としては、創元推理評論賞(1994〜2003年開催)に応募されたほうがよかったのになぁというものでした。

法月 あぁ、わかります。

円堂 評論としてとてもきちんとしているというか、大澤真幸、東浩紀、宇野常寛などのいわゆるゼロ年代批評や、私たちの探偵小説研究会(1995年設立。法月、円堂両氏もメンバー)のミステリ評論なんかも参照してくれているんだけど……。ちょっと気になって参考文献リストを確認したんですよ。そうしたら最新のものでも十年前の資料で、2010年代のものがない。だから過去に書いたものなのかなと思いました。創元推理評論賞があと5年くらい続いて、そのタイミングで応募していたら受賞の可能性もあったんじゃないか。そのくらい充分書ける人だと思います。 ただ、「はじめに」でいまでもこれを論じることには意味があるという前フリはあるんですけど、結局ゼロ年代の枠を出ていない。その点でもどかしさはありましたよね。

法月 僕も元の原稿を読んだとき、京極さん自身が『邪魅の雫』(2006年刊)でセカイ系批判みたいなことを書いてますよって本人にメールしたことがあって……。だからそこから先が加筆されているのを期待していたんですけど、オリジナルを改稿した感じでまとまっていましたね。もう一歩も二歩も踏み込んでくれたらよかったんですが。

円堂 『姑獲鳥の夏』と『Air』(恋愛アドベンチャーゲーム)を比較するところもあの時代の批評のスタイルという感じで。この応募作中での記述はなかったけど、『姑獲鳥の夏』には姉妹二人が登場するし、それを考えると美少女ゲームにおける選択肢ともかぶるから比較対象としては面白い。だからその先を書きましょうよという話ですね。

法月 そう、そのとおりですね。たとえば〝薔薇十字探偵〟(初出は『百器徒然袋―雨』1999年刊)とかの、百鬼夜行シリーズのスピンオフが拡散していく現象なんかを取り上げたら、現代の批評になったと思うし、メフィスト評論賞らしくなったと思います。

編集部 それでは「百鬼夜行の夢」は落選ということでよろしいですか。

法月 そうですね。

円堂 私もそれでいいと思います。

編集部 次は佐藤佑亮さんの「サイクルの果て」です。

法月 今回は応募時の梗概に「好きな評論家」と「好きな評論」を記入してもらったんですが、この人は小林秀雄、『モオツァルト』って書いているんですよね。

円堂 なんか違うような……(笑)。

法月 レトリックで語っているんだけど、本人にしかわからない論理で展開している。イメージの羅列というか、ひたすら連想が流れていくだけで、意味ありげなフレーズも全部すべっているんじゃないか。レトリックのためのレトリックだとしても、これじゃない感が募るばかりで。

円堂 ポーやアインシュタインとかの引用もわかりづらい。文体としては西尾維新を意識しているのかなという印象。でも、正直何をいいたいのかよくわからなかった。ご本人の中では何かいいたいことがあるんだろうけど、全然伝えきれていないぞ、という感想です。

法月 これも第二次選考に残す必要はないかな。

円堂 そうですね。

編集部 次は琳さんの「ガウス平面の殺人――虚構本格ミステリと後期クイーン的問題――」(以下「ガウス平面の殺人」)です。

法月 最初に読んだときの印象は、メフィスト評論賞としては前説が長すぎないかというものでした。あまりにもエラリー・クイーンの話に寄りすぎかなと。実際のところ、『コズミック』(清涼院流水/1996年第2回受賞作『1200年密室伝説』を改題)の話が始まってからはすごく面白かったです。だからバランスが問題ですね。 評論としては、迫力っていうか、何だろう……、論の立て方にいちばんスケールの大きさを感じた。あとはメフィスト評論賞の軸足をどこに定めるかという話になると思うんですが。

円堂 私もこれは法月さんとじっくり話してみたいと思った評論でした。法月さんのいうとおり、前半は少し力みすぎかなと。スピノザが出てきたときは、そこまで話を難しくして「大丈夫か?」と心配になったんですけど(笑)。まあ、前半は法月さんが選考委員だということを意識したんだろうって思います。 古典としてクイーンを挙げつつ、ちゃんとメフィスト賞受賞作品を複数取り上げて、時代をカバーするかたちになっています。作品を統べる神の概念や、キャラクターについての言及もあります。この二つはメフィスト賞受賞作品を語る上で重要なテーマであり、これらを包括的に扱った応募作はこれだけだった。 スピノザみたいな難解になりがちな話題を出してくる一方で、シュワルツェネッガー主演の映画『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993年公開)を持ってくるあたりはキャッチィで、小難しく評論するだけでなく、読み物としての面白さにもセンスのある人だと思いました。

法月 『ジョーカー』(清涼院流水/1997年刊)や『クビキリサイクル』(西尾維新/2002年第23回受賞作)に関する記述で〝ありえない可能性を全て消去すれば残ったものが真実〟という消去法推理に対してクリティカルな指摘をしているんですが、僕はこれを読んでけっこうドキッとした。 清涼院作品に関しては、発表当時「これをやったらダメじゃん」と呆れたところが(笑)、四半世紀近く経った現在、いちばん深く刺さっていることを示したのが最大のファインプレイ。だから前半はばっさり省いて、『コズミック』から一気に本題に入ればいいのにって思いました(笑)。

円堂 今回のバランスの悪さを修正できれば、評論家として面白い存在になる可能性がある。

法月 応募作品として目を引くために、いろいろ詰め込みすぎてしまった部分もあるのかもしれない。でもそれ以外は素晴らしかった。これは残しましょう。

円堂  賛成です。

編集部 次は有馬泉さんの「社会派の謎」です。

法月 これはメフィスト賞受賞作品を扱っていないので、単純に規定外ということで、落選でいいですよね。

円堂 そうですね。内容としては、著者が「社会派」という言葉に感じた違和感の原因を追究していくという面白いものだったんですがね。いかんせん、メフィスト賞作品が出てこない(笑)。

編集部 では落選決定ということでいいですね。次はちゅーぱちぱちこさんの「神は天にいまし」です。

法月 僕はこれが読んでいていちばん胸に迫った。

円堂 ほうぅ!?

法月 でも『異セカイ系』(名倉編/2018年第58回受賞作)を題材に、それを頭から全否定する評論をメフィスト評論賞にしちゃっていいのかなと(笑)。  メフィスト賞って、そもそも宇山日出臣さんが〝世に容れられない若者の、声にならない叫びをすくい上げるんだ!〟みたいなスタンスの延長で(笑)始めた賞じゃないですか。太田克史さんが目立っていた時代はそれがもっとエスカレートして、だからその精神に近いのがこれだと思った。それで胸に迫るものがあったんだと思います。

円堂 冒頭でいきなり否定しますでしょ。その後に何か展開があるのかと思ったら最後まで否定だったから私にはちょっと単調な感じがして、読み物としてノレなかった。でも部分的には読むべきところはあるような気がしました。複数の女性キャラクターが実は、という設定の正当化として挑戦状を使っているなど、「おっ」と思わせる指摘はところどころにあった。

法月 『異セカイ系』を、〝書いたものがすべて噓になる〟という逆説的な観点から読み直そうとするラストは、この人なりにこの小説への愛を打ち明けているように思ったんですが……。う〜ん、これはもう少し粘らせてください(笑)。

円堂 わかりました(笑)。

編集部 第一次選考通過ですね。次も同じ『異セカイ系』を扱った、竹内未生さんの「異なるセカイのつなぎ方(ディファレンス・エンジン・メソッド)――『異セカイ系』論」(以下「異なるセカイのつなぎ方」)です。

法月 作者(名倉編)がどんなことを考えながらこの作品を書いたのかということがよくわかる、いい評論でした。作品の具体的な細部に沿って、さまざまなテクニックを丁寧にトレースしている。 いろんなところで「なるほど」と感心した部分があったんですけど、でも「えっ、ここで終わり?」と感じさせる尻切れトンボなところもあって。そういう意味では「神は天にいまし」のほうががっぷり四つに組んでいたかなと思います。

円堂 これは作品の構造の読み解きとして面白かったです。トドロフを引用しつつ、ファンタジー小説的観察とミステリ小説的推理の相互参照をテーマに設定して展開していくんですが、結果『異セカイ系』はこういう構造でしたっていうところで終わっちゃっている。そのあたりが、法月さんがいう尻切れトンボな点なのかなと思います。 ファンタジーとミステリが混じり合った作品って、新本格以降いっぱい書かれてきたじゃないですか。だからこの論の視座を他作品にも応用できるっていう使い勝手の良さは感じました。他作品の評論も読んでみたいなと思いました。私の評価は高めです。

法月 それではこれも残しましょう。

編集部 次は坂嶋竜さんの「誰がめたにルビを振る」です。

法月 第一印象ではこれが一推しだったんです。メフィスト評論賞にぴったりだなって。でも読み返してみると各論の突っ込みがちょっと物足りない気がして、それで少し評価を割り引いたんですが。 論の切り口が鮮やかで、何よりルビに着目したのには驚かされました。歴代のメフィスト賞作家の作風をこういうアングルで切り分けるのかと。それと、さっきの「ガウス平面の殺人」もそうでしたけど、清涼院流水という作家の異質さがすごく具体的に書かれていて、自分が追い切れていない部分も含めて、目からウロコが落ちるみたいなところがありました。

円堂 ルビだけでもこれだけ書けるっていう驚き(笑)。タイトルとか見出し(「ルビは流れる水のように」「ルビは大和のまほろば」など)の付け方もクォリティが高いですよね。

法月  古野まほろ(『天帝のはしたなき果実』2007年第35回受賞作)が難読漢字にルビを振っていたんだけど、あるときから文体が変わって、ルビの読み仮名が本文に昇格した。熱心な読者はカタカナで書かれた本文を見ただけで元の漢字がイメージできるとか。だいぶ盛ってるんじゃないかと思うけど(笑)、そういうところまで議論が広がる題材でもあるんだなと気づかされました。目の付けどころにあっと言わされた評論です。

円堂 〝地の文はフェアでなければならない〟っていったときの、ルビって地の文なのかどうかって疑問もあるし、けっこう面白いテーマですよね。

法月 同じ漢字に違うルビを振るのはフェアなのかっていう問いになるんだけど、そんなこと考えたこともなかった(笑)。これは残しましょう。

編集部 次は徳田泰典さんの「汀こるもの作品を始点にして考える密室のゲーム性、ネットへの希望」です。

円堂 汀こるもの『パラダイス・クローズド』(2008年第37回受賞作)を始点に展開した内容。現代のライフラインがあればクローズド・サークルなんてそう作れるもんじゃないって指摘は、なるほど議論に値するかもって思ったんだけど。ところどころ文章がわかりづらかったり……。

法月 そうですね。

円堂 『極限推理コロシアム』(矢野龍王/2004年第30回受賞作)や、「密室殺人ゲーム」シリーズ(歌野晶午/一作目は2007年刊)、『サイバーミステリ宣言!』(遊井かなめ他/2015年刊)など、このテーマで取り上げるべき小説や評論は取り上げていて、セレクトは妥当なんだけど、話のつなげ方がスムーズじゃないんですよね。

法月 列挙している作品が外せないというのは、円堂さんのいうとおりだと思います。  途中で『インシテミル』(米澤穂信/2007年刊)に触れているんだけど、脱出ゲーム的な側面だけ取り上げて、それっきりで済ませているんですよね。そういうところが少し雑な気がしました。汀さんの『パラダイス・クローズド』からネット炎上ものの『火の中の竜』(2018年刊)につなぐ段取りもショートカットしすぎて、表題の汀作品が骨抜きにされているような。 でもこれを読んで、いまの時点でもう一度、クローズド・サークル、密室というものを考え直す必要もあるのかなと感じました。謎としての密室なのか、状況としての密室なのか、あるいはある種イメージとしての密室なのか。定義としてあやふやなだけに、密室が、新しい謎なりストーリーなりの原動力になってきたということを考えてもいいかもしれないなと。また、トリックとか不可能犯罪の密室ではない密室の使われ方を再考してもいいと。そんなことを考えさせられた評論でした。

円堂 「ガウス平面の殺人」の琳さんの造語に当てはめれば、「虚構密室」と「実密室」とかね。法月さんがいうとおり触発されるところのある評論ではあるけれど、もう少し構成力が必要だと思います。

編集部 では落選ということで。次はOREさんの「新しいを創造するメフィスト賞」です。

円堂 メフィスト賞について書かれているけれど、受賞作品は出てこないので厳密には規定外。

法月 でも内容とは別に気になるところがあって。ネットでよく見かけるじゃないですか、「○○について調べてみました。いかがでしたか」みたいな(笑)。

円堂 紹介記事風の……。

法月 そう。完全にテンプレで作っているんだろうみたいな(笑)。ああいうのを思い出して。 メフィスト賞の全作品を、一応分類してそれぞれ統計っぽい数字を出してくるんだけど、分類の仕方が恣意的で、その場しのぎな感じ。コンサルタントのプレゼンみたいで、逆に興味深く読みました。

円堂 最近さやわかさんが新書で『名探偵コナンと平成』(2019年刊)を出したじゃないですか。犯人の分類とかをやっているんだけど……。

法月 ある年代までは無差別殺人が多くて、東日本大震災後は復讐と誤解による殺人が増えるというやつですね。あれはけっこう説得力があった。

円堂 そうです。あのレベルまで詰めてやってくれたらいいんですけどね。

編集部 ではこれは規定外でもあり落選でよろしいですね。次が最後の作品です。古川欧州さんの「蘇部健一は何を隠しているのか?」です。

円堂 あ、これは好きです。『六枚のとんかつ』(1997年第3回受賞作)の印象が大きくてバカミス的イメージが強い作家ですが、『小説X あなたをずっと、さがしてた』(2018年刊)まで歩みをたどり直すことで、あらたな光を当てている。この評論を読んで蘇部さんの作品、読み返したくなりました。

法月 確かにそういう評論でしたね。これは前半で図版に着目しているんですが、図版について突っ込み始めると、叙述トリックという概念自体が揺らぎかねない。図版や挿絵という異質なカテゴリーがテキストに混ざり込んでいるという構造の奇妙さを、考え尽くさずにスルーしてきたということに気づかされました。

円堂 「密室トリック」「アリバイトリック」「毒殺トリック」など表面的な「現象」のトリックは「顕教」、「一人二役トリック」「回転トリック」など真相を謎に見せかける「原理」のトリックは「密教」で、同一次元にはないという指摘は、そのとおりだなと納得しました。これも残していいと思います。

⇒「メフィスト評論賞 法月綸太郎×円堂都司昭 選考対談」後編へ続く