大人のショート・ショート③「オッサン急行」/井口貴史

文字数 2,295文字

あっという間に読めてあっと驚く結末。

5分で読める大人のためのショート・ショートがtreeで連載開始です!

ちょっぴりダークで不思議な世界をのぞいてみませんか。

 「オッサン急行」



雪崩込み式で乗り込んだ満員電車内は、オッサン達の疲れた体臭が蔓延していた。


「ったく、いてえなぁ。ぶつかってくんなよ」


誰かが言った。オッサンの声だ。


「うるせー、黙って乗りやがれ。仕方ねぇだろうが」


違うオッサンの声が反応している。電車内はさらに湿度を増し、オッサン達はますますヒートアップしていた。


「ったく、何かくせーしよ」


また違うオッサンが言った。


「それにしても君!私の肩にスマホを乗せて、リズムゲームをするのは止めたまえ!」

「うるせーなぁ、てめえが後から乗ってきたんだろーがよ」

「なんだと?君は何を言っているんだね?常識はないのかね。常識は!」

「あっ、くせー息を吹きかけてくるんじゃねえよ、ただでさえくせーのによ」


これはなんだろう。正気の沙汰ではない。満員電車の中で繰り広げられるオッサン同士の喧嘩。これほどまでに鬱陶しい事は無い。


毎朝。毎朝。毎朝。いつまで繰り返すのだろうか…。私はいつもこの光景を目にしながら出勤している。今日は連休明けの月曜日だから、いつも以上にエキサイトしているオッサンが多い気がする。私は死んだ魚の目つきでつり革に手をかけ、オッサン達と共に目的地を目指す他ないのだ。


「あー!もう!ちくしょう!全く、いい加減にしてほしい。これはなんなんだ!なんなんだ!」


また違うオッサンが吠えた。


「仕方ねえだろうが【オッサン急行東京行き】なんだからよ!黙れよ。うるせーんだよ!」

「分かってる。分かっているのだが…。こうもオッサン共ばかりを寿司詰めにしてエキサイトするのは危険なんだ。実に危険なんだよ!」

「うるせーなー。何が危険なんだ」

「いいかみんな良く聞け。オッサン核融合の危険が出ているのだ」

「ま…。まさか…」


私は驚きのあまり心臓が飛び出しそうになった。


オッサン核融合。それはオッサン達が身を寄せ合いスパークすることで、オッサンとしてのコア【核】が科学反応してしまうことである。大抵が複数のオッサン同士が融合してしまい、一つの個体となる。何に変わるかは不明であり、世間的には都市伝説としてとらえられている。


「おい、あのオッサンを見ろ!光ってんぞ!」

「やべー、あのオッサン本当に光ってる」


ドア付近を見ると、確かに手に新聞紙を握ったバーコードヘアのオッサンの全身がコンジキに輝いていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


輝くオッサンが叫んでいる。


「光が広がっているぞー!」


また違うオッサンが叫んだ。

やばい。 皆、融合してしまう…。こんなことで死んでしまうんだ。

私は目を閉じて、神に祈った。


私はまだ三十二歳です。

私はまだ三十二歳です。


一般的にはオッサンの領域に片足突っ込んでますが、まだ若造なんです!まだ社会の若造なんです!まだ百パーセントのオッサンでは無いんです!私はガタガタ震えながら、目を閉じていた。 

すると…。 


「東京…東京…終点です」


車内アナウンスが流れる。どうやら東京に到着したらしい。私はゆっくりと瞼を開けてみた。


「は…。これはどういうことだ」


先ほどまでオッサン達があんなにも寿司詰めで乗車していたのに…。車両には、私以外誰も人がおらず、代わりにたくさんの赤レンガが足元に落ちていた。


「これがオッサン核融合なのか…」


私はフラフラと車両のドアを出て、東京駅のホームに立った。


「あなた、運が良かったですね」

「えっ」


見ると、私の背後に駅員が立っていた。駅員は両手に赤レンガを抱えていた。


「この赤レンガは東京駅の補修に使われるのです」

「え、ああ、そうなんですか」

「こうやって、こうやって、日々、オッサン達が東京を作るのです」

「……」

「オッサンの上にオッサンが積まれて行くのです」


私は何も言えなかった。


その後。私は会社に電話をかけオッサン核融合に巻き込まれたことを報告。少し遅刻することも伝えた。それから東京駅のホームに設置されているベンチに座り、少しの時間泣いた。遠くで見える改札に吸い込まれるオッサン達の群。


なんでだろう。いつもよりオッサン達の姿が格好良く見える。私もいつかあんな百パーセントのオッサンになれるのだろうか…。僕はそんなにも立派に生きられるのだろうか。いや。東京ではなくて、もう少し都心から離れた会社で働いてもいいのかもしれない…。私はゆっくり立ち上がり、笑みを浮かべながら改札の群に溶け込んだ。東京駅のホーム。ガラガラに空いた【特急マダム・東京行き】がホームに流れ込んできた。


井口貴史(いぐち・たかし)

兵庫県淡路島出身。東京都在住。
2018年より『5分後に意外な結末』シリーズ(株式会社 Gakken)や『意味がわかると鳥肌が立つ話』シリーズ(株式会社 Gakken)に参加。近著として2023年7月発売『5分後に意外な結末ex インディゴを乗せた旅の果て』(株式会社 Gakken)にて『見てる』と『ちっぽけ』を収載。主にショートショート作品を創作。
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