第4回/大正作家、セクシー本堂、特殊性愛

文字数 2,497文字

アニメ『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』シリーズ監督・古川知宏氏に、自身を育んだ「本」についてお話をうかがいました。


>>第1回はこちらです

Profile/古川知宏(ふるかわ・ともひろ)


1981年生まれ。アニメーション監督。代表作に『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』シリーズ。

Twitter:@TOPPY1218

大正作家、セクシー本堂、特殊性愛

室生犀星の『或る少女の死まで』(岩波書店)という本は、フェティッシュが恐ろしい。このなかの「性に眼覚める頃」がすっごくて。


主人公はお寺に住んでいる男の子で、いつも母親とお参りに来ている女の子のことが気になっている。実は、その女の子は、賽銭泥棒なんです。


ーーすでに面白いですね。


彼女が賽銭泥棒だとわかっていて、それでも幻滅するとかじゃなくて……逆にドキドキしている。主人公はその娘を尾行して家の場所を確かめ、誰もいなさそうなタイミングを見計らって玄関を覗きます。


そこで見つけたの、その娘の「紅い緒の立った雪駄」。


主人公は目に入ったそれが、どうしても欲しくなってしまいます。そして、ここでその「片方だけ」を盗んでしまうんです。この演出、すごくないですか……!? 追い求めた女性の雪駄だけを衝動的に盗んでしまう……「罪の共有」と言いましょうか。


ーーたしかに。フェティッシュしかない!

大正期ですと、中勘助の『銀の匙』(岩波書店)も好きです。


ささやかな言葉の使い方が絶妙なんです。引き出しを押すシーンで「ポンとふっくらとした音がした」という表現が。引き出しのような硬質なものに対して「ふっくら」って表現を使うところが良いですねぇ。言葉の「輪郭」の持つ力ですね。

同じく中勘助の『菩提樹の蔭』(岩波書店)も、かなり繰り返しています。


ストーリーとしては、彫刻家の男が、夭折してしまった恋人の復活を神に祈って、それがなんと叶ってしまう。けれどそれは苦難の始まりで……というようなもの。寓話的・説話的な内容といえます。


全体に「とにかくインドの日差しが熱い!」ということが書いてあります(笑)。


例えば、主人公が師匠に説教される場面、ロケーションが屋外の灼けるように熱い路上だったり。容赦ない太陽の光が、登場人物の心を灼くものとして表現されている。


この男は、恋人を失い、再び得て、師に排斥され、最後には恋人とまた巡り合い……そして最後に〈菩提樹の蔭〉で首を吊ります。


太陽に灼かれ続けた男が、最期に首を吊ったのが涼しい菩提樹の木蔭なんです……この結末が「これって罰なの? それとも救済なの?」と考える余地があって面白い。


あと、単純に登場人物の名前が楽しくって。重要な役目を持つ少女の名前が「ピッパラヤーナ」といいます。「ピッパラヤーナ」って口に出したくなりませんか?

口に出して楽しいのは大事だと思っています。『サロメ』(ワイルド/岩波文庫)もそうです。この本は最初ビアズリーの挿絵めあてで手に取ったんです。でもサロメのセリフに惹き込まれました。


「ヨカナーンの首が欲しゅうございます」や「さぁいまこそその口付けを。この歯で噛んでやろう」。彼女の異常な執着が伝わる語感がとても美しいです。

文字面の美しさに惹かれる作品としては、萩原朔太郎の「黒い風琴」も推したい。

詩のなかではひらがなの「おるがん」という表現が採用されています。「お弾きなさい」と命じられるときには、「おるがん」は平仮名のほうが良いなぁと。


ーーそれも美意識ですね。


美意識です。その作品のなかでどう表現されるべきかというこだわり。僕も字面や語呂についてはこだわりを持ってアニメを作っています。〈怨みのレヴュー〉での「セクシー本堂」なんかも、言葉の面白さを追求したフレーズです。


ーー〈セクシー本堂〉には度肝を抜かれました。


よかったです(笑)。そういえば『輪るピングドラム』で初めて師匠(幾原邦彦氏)とお仕事させていただいたのですが、「古川くんって語呂とダジャレは巧いよな」と褒められて嬉しかった。それ以外については一切褒められなかったですが……(笑)


比較的に現代の詩集ですと『ロングシーズン―佐藤伸治詩集』(文藝春秋)も。


これはとてもいい詩集です。ちょうど今夏(※2021年夏)、ドキュメンタリー『映画:フィッシュマンズ』も放映されていますが、そちらも非常によかった。

打って変わってエロ漫画の話をしていいですか? 


ーーえっエロ漫画ですか?


実は、成年向けのベテラン陽気婢先生のファンなんです。読書について振り返るうえでは外せません。昔「快楽天」に載っていた「さいこどーる」という作品に衝撃を受け、それから追いかけています。


そのあらすじを簡単に……主人公はある女性をストーキングする少年。彼は特殊メイクを学んでいて、彼女を精巧に再現した〈人形〉を作っています。ある日それが彼女本人にバレてしまい、なぜか主人公と女性と〈人形〉の三人(?)でセックスをすることに……という内容です。


ーーなかなかに倒錯しきっていますね。


ぶっとんでいますよね。これは陽気婢先生の『えっちーず』(ワニマガジン)の3巻に入っているはずです。電子版がなくて、ずっと読み続けているから本がボロボロに……(笑)。


性について描いた漫画では、エロ漫画ではありませんが、ふみふみこ先生の『女の穴』(徳間書店)も大好きです。本当に面白い。初読時の感動が忘れられなくて定期的に読み返します。

ーー特殊な性愛に関する本が多いように思えます。


創作における「禁忌」についてずっと考えているからかもしれません。人類は社会を成立させるためにタブーを用意していますけど、それを破ることに物語性を見出してしまうので。タブーは常に「人間」と接続しているので、その人の輪郭が浮かび上がる。


「禁忌」への興味から、『オディプス王の謎』(吉田敦彦/講談社)にもよく触れています。名著です。創作において「親への性愛」を拒否感なく組み込むことは難しいのですが、何かの形で挑戦したいです。

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