時流に抗う者の哀惜、矜持、狂気の物語  評・西上心太

文字数 1,232文字

直木賞受賞第一作

『われらの世紀 真藤順丈作品集


第二次世界大戦以後の昭和、平成、令和と歴史の中を生き抜く人々=「われら」の人生模様を、

『宝島』で直木賞を受賞し話題となった著者が濃密に描き出す。

豊かな読書時間を約束する全10編を収録。


本作品を3名の書評家に読んで頂きました。

第3弾は西上心太さんです。

『われらの世紀』真藤順丈(光文社)税込1980円

 山田風太郎賞や直木賞受賞作の『宝島』は、アメリカ占領時代の沖縄で生きる人々を、滾(たぎ)るような熱量で描いた傑作だった。その『宝島』以来となる待望の新作が上梓された。大長編だった前作と異なり、十編からなる短編集だが内包された熱量に変わりはない。加えて『宝島』執筆の余波や影響もあるのだろうが、戦争を背景にした物語が目立つ。


 巻頭に置かれた「恋する影法師」は、パントマイム大道芸人と炭団(たどん)売りの少女の交流を描いた掌編だ。芸人は恋に落ちたことを自覚するが、ある日広島の上空からある爆弾が投下される。影になった少女に寄り添う芸人。〈異形コレクション〉初出であるだけに、幻想的な展開には胸を打たれる。


「一九三九年の帝国ホテル」は帝国ホテルを舞台に、〈侍〉と呼ばれた元軍人が、民族、知能、あるいは出自など、さまざまな〈選別〉を進めるナチス相手に死闘を繰り広げる冒険譚だ。その手助けをするのが、語り手である貧しい生まれの女子客室係だ。このような目配りが利いた巧みな工夫によって、物語の器が大きくなるのだ。


 米軍の海上封鎖で制海権を失った状況の中で、食糧を北海道から本土に運ぼうとする女たちを描いたのが「レディ・フォックス」だ。その中心になるのは、長年にわたり虐(しいた)げられてきたアイヌの女性である。怯(ひる)みのない矜持を持った女性達の勁(つよ)さが眩しい。


 芸人の狂気を描いた作品も印象深い。「笑いの世紀」は史実と虚実を組み合わせた一編。芸人による慰問団〈わらわし隊〉に参加した架空の芸人の行方を、実在の芸人たち──柳家金語楼、花菱アチャコ、柳家三亀松といった面々──に尋ね歩く。軍国主義を茶化すなどタブーに踏み込む芸人が戦場で見た地獄の正体と、狂気をはらんだ芸人の魂が活写される。


「終末芸人」は現代物。「アクセル全開で谷底に進むように、自分たちがつくりあげた〈笑いの空気〉をある瞬間からすすんで帳消しにかかる」破滅型の漫才師が抱えた闇の凄味には驚かされる。


 不即不離の関係になった人間と書物を蒐集(しゅうしゅう)する異端の教団との戦いを描いた「ブックマン」は作者の奔放な想像力の結晶であろう。


 その一方で、地方発信型のエンターテインメントを送り出すと意気込む、はた迷惑な中年ユーチューバーが登場する「無謀の騎士」のようなオフビートな作品もある。肩すかしのようなオチについにやり。


 戦争が及ぼした悲劇や、人間の心に潜む狂気を読む者に突きつける、バラエティに富んだ十編である。どの物語があなたの心に刺さるのだろうか。

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