〈7月20日〉 緑川聖司

文字数 2,578文字

(はか)(まい)


 (せみ)(こえ)()(そそ)(なか)、わたしは専用(せんよう)のスポンジと洗剤(せんざい)()(せき)をピカピカに(みが)()げると、お線香(せんこう)とお(はな)(そな)えて()()わせた。
 ()()がって、スマホのカメラを(かま)える。
 (かく)()()えて、何枚(なんまい)写真(しゃしん)()ったところで、
「なにしてるの?」
 とつぜん(はい)()から(こえ)をかけられて、わたしはドキッとした。
 ()(ぜん)報告(ほうこく)のための写真(しゃしん)()っていて、()謹慎(きんしん)だと(ちゅう)()されたことがあったのだ。
 ()(かえ)ると、(しょう)学校(がっこう)低学年(ていがくねん)くらいの(おとこ)()が、不思議(ふしぎ)そうにわたしを()()げている。
 わたしはホッとして、
()(ごと)だよ」
 なるべく()(しん)人物(じんぶつ)()えないように、微笑(ほほえ)みながら(こた)えた。
「お(はか)(まい)りに()られない(ひと)()わりに、お(はか)(そう)()して、お(まい)りをしてあげてるんだ」
 正式(せいしき)には〈(はか)(まい)代行(だいこう)サービス〉といって、お(はか)遠方(えんぽう)にあったり、()(じょう)(ちょく)(せつ)()られない(ひと)のためのサービスだ。
「どうして()られないの?」
 (おとこ)()()(ぼく)()調(ちょう)()いてきた。
「いろいろと()(じょう)があるんだよ」
()(じょう)?」
「うん。(たと)えば、お()(ごと)(いそが)しくて(やす)みがとれないとか、怪我(けが)(びょう)()でお()かけできないとか……」
 最近(さいきん)では、お(はか)(まい)りをする(がわ)高齢(こうれい)()がすすんでいて、(たい)(りょく)(てき)()(じょう)から()(らい)してくることも(すく)なくない。
 それに(くわ)えて、今年(ことし)感染(かんせん)(しょう)(りゅう)(こう)()(せい)()(しゅく)する傾向(けいこう)もあって、()(らい)倍増(ばいぞう)していた。
 しかし、(おとこ)()には納得(なっとく)できる(こた)えではなかったようだ。
「でも、いってあげないとかわいそうだよ」
 (おとこ)()言葉(ことば)に、わたしは(こし)(かが)めて(こた)えた。
(ちょく)(せつ)()ないからといって、(わす)れてるわけじゃないんだよ」
 最近(さいきん)では、墓地(ぼち)(まわ)っていても、(なが)(あいだ)ほったらかしにされているお(はか)をよく()かける。
 それに(くら)べれば、代行(だいこう)サービスに(たの)むだけましかもしれない。
「でも……」
 (おとこ)()(なみだ)()になってうつむいたとき、()()()(ぐち)(ほう)から(はな)(ごえ)()こえてきた。
 (おとこ)()がパッと(かお)をあげる。
()てくれたんだ」
「ご()(ぞく)かい?」
 わたしの()いに、(おとこ)()満面(まんめん)()()でうなずいた。
「うん。ぼく、(もど)らなきゃ」
「そうか。じゃあね」
 わたしは()()った。
「うん、またね」
 (おとこ)()はくるりと()(なか)()けて、すべるように(はし)()した。
 (ちゅう)(ねん)夫婦(ふうふ)(ちゅう)学生(がくせい)くらいの(むすめ)さんが、()(あたら)しい()(せき)(まえ)()()わせている。
 (おとこ)()はその()(ぞく)()()ると、()(せき)(なか)()()むように姿(すがた)()した。
 (むすめ)さんが、(なに)かを(かん)じたように(かお)をあげる。
 わたしはその光景(こうけい)をしばらく(なが)めていたけど、やがて(あせ)をぬぐって、()(ごと)(どう)()(かた)()(はじ)めた。


緑川聖司(みどりかわ・せいじ)
大阪(おおさか)()()まれ。『()れた()()(しょ)(かん)へいこう』で(だい)(かい)()(ほん)()(どう)文学(ぶんがく)(しゃ)(きょう)(かい)(ちょう)(へん)()(どう)文学(ぶんがく)新人(しんじん)(しょう)()(さく)となりデビュー。(おも)作品(さくひん)に、「(ほん)怪談(かいだん)」シリーズ(ポプラ(しゃ))、「(もう)(じゅう)学園(がくえん)!  アニマルパニック」シリーズ((しゅう)(えい)(しゃ))などがある。

【近刊|《きんかん》】

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