凪良ゆう × 坪田 文 「美しい彼」コンビによるスペシャル対談(前編)

文字数 6,060文字

刊行直後から話題沸騰! 『汝、星のごとく』を刊行し、大人気ドラマ「美しい彼」の原作者でもある凪良ゆうさんと、同ドラマの脚本家である坪田文さんの対談が実現!

ジャンルを超えた物語創作論と、お二人が感じる新しい時代の「波」についてたっぷりと語っていただいた内容を、前後編の2回にわたってお届けします!


聞き手・構成:小説現代編集部

©「美しい彼」製作委員会・MBS

──本日は最新長編『汝、星のごとく』を発表された凪良ゆうさんと、ドラマ「美しい彼」の脚本家・坪田文さんとの対談を企画させていただきました。


凪良 本日はよろしくお願いします。


坪田 直接お話しするのは今日が初めてですね。よろしくお願いします。


凪良 とても素敵な脚本をお書きいただいたので、同じ物書きとして、ぜひお話しさせていただきたいと、今日を楽しみにしていました。


坪田 映像の脚本家が原作の先生とお話しする機会はあまりないので、昨日はあまり寝られないほどに緊張しながらも、私も楽しみにしていました。


──ドラマ「美しい彼」放送終了から数ヵ月が経ちました。振り返ってみていかがですか。


凪良 放送中も、放送終了後も、もう何度リピートして見たか分かりません。美しい映像に彩られたドラマでした。原作小説にはないシーンなのですが、川べりで二人が待ち合わせするシーンや、河原を自転車で二人乗りするシーンは、本当に綺麗な映像で印象に残っています。


──あの二人乗りのシーンは坪田さんのこだわりのシーンだったとお聞きしました。


坪田 二人の関係性を象徴するシーンとして、自然豊かな風景のなか、自転車を二人乗りする平良と清居の映像が浮かんだんです。


凪良 一視聴者として見ていても気持ちよく、何より美しかったです。小説は尺を長く取れる媒体ですが、ドラマは放送時間が限られていますよね。一冊の物語からどこを抽出するべきかを明確に意識していないと、あの尺には収まらないはずなんです。その制限がありながらも、あれだけの表現を見せられるというのは、テクニック的にもすごいことですし……天才だ、と思いました(笑)。


坪田 ありがとうございます(笑)。やはり小説とドラマでは表現方法が違うので、小説が素晴らしいからこそ、構成や流れ、演出を変えても、その小説が持つメッセージを損なわないようにしたい、と意識していました。


──小説と映像で共通するもの、逆にそのメディアならではの魅力とはどのようなものでしょうか。


凪良 前提として映像化に際して、平良と清居という主役二人を、そして物語世界をしっかり理解してくださっていることが伝わってきました。ですが、私は原作と同じものを映像にしてくださっても、満足できなかったと思うんです。同じならば、小説を読めばいいですし、せっかく映像になるならば、坪田さんや酒井(麻衣)監督ならではの、新しい視点、原作にはない魅力を取り入れて欲しかったんです。ドラマ「美しい彼」には、明確にそれがありました。そのことが一人の作り手として一番嬉しかったし、私自身も映像を見て大きな刺激を受けました。


坪田 原作者の方のなかには「原作のままやって欲しい」という方もいらっしゃいます。もちろん、それがベストであればそうするべきですが、「新しい視点」と仰るのは、凪良さんの小説のなかに揺るがないものがあるからではないでしょうか。実は、原作を最初に拝読したときに、これを放送の尺に収めるのは難しいな、と感じたんです。ですが、小説のなかで平良も清居も、間違いなく生きています。だからドラマのなかで、凪良さんが紡がれた、あの世界を、空気感を伝えよう、と思いました。


凪良 そう言っていただけて嬉しいです。しっかり伝わっていました。


坪田 原作小説は美しく完成されています。ある意味ではドラマという媒体を、私は不完全なものだと思っているんです。脚本だけで完結するものではなく、そこに俳優さんの演技だったり、監督の演出だったり、照明だったり、ロケ先の天気だったり、様々な不確定な要素があるなかで制作は進みます。ですからドラマならではの余白……曖昧な美しさのようなものを意識していました。言葉にするのはとても難しいのですが、重たいわけではないのだけれど、水のなかを進むような息苦しさ。だけどその水の奥には、まばゆくキラキラと光っているものがある。そんな原作の印象を、台詞だけではなく、ドラマとして、映像として、どうすれば表現できるのかを考え続ける脚本作業でした。凪良さんが書かれた原作を、私が巫女のように感じ取り作品に落とし込むようなイメージです(笑)。


──それは感覚的な作業ですね。凪良さんも執筆時は巫女やイタコのようになると仰いますよね。


凪良 はい(笑)。インタビューで「ここはいったいどうやって?」などの質問をされることがありますが、上手く答えられないんです。頭で考えないところで物語にしていく作業といいますか。坪田さんと似ているのかもしれません。


坪田 凪良さんと制作のスタッフ陣に自由にやらせていただいたからこそ、神おろし的になれたようにも感じます。


凪良 自由があることはとても大切ですよね。私は映像の素人なので、制限をかけたくないんです。私自身が小説を書く際も自由に書きたいほうなので、それをそのまま制作側にお伝えしただけです。完成したドラマが素晴らしかったので、結果的に、それが書き手、作り手には一番いい環境だったのではないでしょうか。


坪田 本当にありがたいことであると同時に、身が引き締まります。映像化には様々な難しい局面もありますが、私は「美しい彼」に出会えて幸福でした。2話のオンエアを見た後に、すごくいい経験をさせてもらってるな、と感じました。


凪良 私も放送を見終えて、まったく同じ思いでしたよ(笑)。


──奇跡的な組み合わせと素晴らしいチームワークで完成した作品だったのですね。チームといえば、魅力的な俳優陣についてもお伺いしたいです。


凪良 作り手側だけの満足ではなく、視聴者の方々の感想もSNSを通してダイレクトに伝わり、それも幸せな経験でした。今だから言えますが、最初は心配もあったんです。清居は現実離れしたところもあるキャラクターですし、実写化で表現できるのか、とファンの方々の不安の声も聞こえていました。ですが、最初のビジュアルが解禁されたときに、ファンの方々が自然に受け入れてくれて、そして1話目の放送後には皆さんの絶賛の声が。私も、ファンと同じ目線で幸せな気持ちになれました。


坪田 私も清居のキャスティングを懸念していました。並大抵の俳優さんでは務まらないですよね。「美しい彼」が「美しいかも」とか「(角度によっては)美しい彼」になるわけにはいかないですから(笑)。何より「美しさ」はビジュアルだけの問題ではありません。


凪良 はい、そうなんです! 顔だけではなく、内側から滲み出る美しさや、ピュアさも含めて清居役に八木勇征さんを選んでくださった、とお聞きし、さすがだな、と。清居というキャラクターをここまで理解してくださっていることが本当に嬉しかったんです。八木さんは本格的な演技は今回が初挑戦とのことでしたが、それを忘れてしまうくらいエモーショナルな演技をされていましたよね。


坪田 結果的にそれも良かったのかもしれません。清居はピュアさがないと、嫌な人にも見えかねない。お芝居だけでは伝わらない内面の美しさを、八木さんは表現してくれました。

──八木さんは最終話、夜の学校での告白シーンを撮っているときの記憶がないと仰っていました。


凪良 じゃあ、八木さんもイタコタイプなのかもしれない。先ほど話に出た二人乗りのシーンでの「……キモっ」という台詞。もう最初と最終話でまったく印象が違いますよね。あれは演技では出せない、本当に清居になりきってないとできないですよ。あのシーン、30回くらいリピートして見てしまいました。繰り返し見ている原作者が一番「キモい」かもしれません(笑)。


坪田 酒井監督はどちらかというと平良っぽいキャラクターだそうで、私は平良よりも清居のほうが理解できるんです。平良も好きなんだけど、彼のような人がいたら私は突き飛ばしちゃうかもしれない(笑)。


凪良 じゃあ私、突き飛ばされちゃうかも。私は完全に平良タイプなので(笑)。


坪田 ええ、そうなんですか! 意外です。平良の感情を筆に載せるのは楽しくもあり、難しい作業でもありました。


凪良 だけど、坪田さんが書かれる平良の台詞はキレッキレでしたよ? 「清居を照らすライトになりたい」という台詞がありましたよね。あれは通常なら「清居を照らしていたい」くらいの表現になると思うんです。そこを「ライトになりたい」と書けてしまう。ライト、無機物ですよ!? あれも原作にないエピソードですが、平良の気持ちを掬い取ってくれている名台詞ですよ。


──平良役の萩原利久さんについてはいかがでしょうか?


凪良 素晴らしい役者さんですよね。これから役者さんとしても、どんどんすごいところに行かれそうです。他の出演ドラマも何本か見させていただいたのですが、役によってまったく印象が違うんです。他のドラマではあんなにカッコいいのに……平良になったとたんに、あんなふうに素敵にキモく演じていただいて、ありがとうございます、と、すいません、の気持ちでいっぱいでした(笑)。


坪田 私もそう思います! 彼は役によって、立ち居振る舞い、骨のバランスが変わっているように見受けられて……。


凪良 骨のバランス……ですか?


坪田 頭だけで芝居をせず、台詞を字として読まず、きちんと感覚で捉えて、その役柄で生きようとしている、とでも言いますか。役柄によって自然と力が入るところも変わると思うんです。そんな彼が、生来のポテンシャルを活かして自転車をこいでいるシーンが大好きです。


凪良 私の『流浪の月』という小説の映画で、男性側の主演が松坂桃李さんなんです。松坂さんも出られる作品によってまったく印象が違う役者さんで、『流浪の月』の演技にも圧倒されました。そんな松坂さんと似た印象を受けたんですね。ひょっとしたら萩原さんも、松坂さんのようにこれからさらに素敵な役者さんになるんでしょうか。あんなふうに、ミステリアスな不安定さを持った役者さんは希有ですよね。


坪田 きっとそうだと思います。私は原作を何度も読み込み、清居には強烈な生のイメージを受けました。一方で、平良は半分死の世界というか、無機物的なところに足を突っ込んでしまっている気がするんです。ですが、清居を見ているときだけ生の方向に心が向く。そこを平良の芯として脚本で描いていたのだ、とお話をしていて気がつきました。


凪良 平良は無私無欲な人間に見えて、本当はすごく強欲な人間なんです。清居に対しては自分のすべてを捧げている。ですが、なぜ強欲かというと、そこに清居の意思が忖度されていないんです。平良は自分の意思でしか清居を愛していない。だけど本当は、清居はもっと普通に愛されたいんです。ですから、ある意味では平良は傲慢なエゴイストなのかもしれません。小説の1巻ではそこまで表現していないのですが、そういった部分も、坪田さんの脚本ではシャープに掬い上げてくださっていました。


坪田 ドラマは小説よりも少し俯瞰で見る媒体です。視聴者は最初、平良の目線で見ますよね。だけど、そこに清居の演技が入ってきたときに、平良の強欲さが現れる。清居は平良のそういうところにも惹かれているのかもしれませんね。ひょっとして、清居はそれくらい激しく求められたいのだろうか、と。


凪良 今、胸を衝かれるものがありました。愛されたい、というのは清居の原動力の一つです。地上波では中々描けないですが、原作小説にある性描写のシーンなどは、如実にそれが表れている部分かもしれません。


坪田 その点も大変参考にさせていただきました。ここもドラマのなかでは、曖昧な美しさとして描きたかったところの一つです。


凪良 今回のドラマには、巧妙にちりばめられている伏線があり、視聴者の皆さんもそれを考察したり、拾い集めたり、原作と照らし合わせたり、とそれぞれの楽しみ方をしてくれていました。そういう繊細さを大切にしてくださったこともありがたかったです。

2022年3月21日 オンラインにて。

この対談は、「小説現代」5・6月号に掲載されました。再掲にあたり、一部再構成しております。
気になる後編は、10月12日17時に公開いたします!

https://tree-novel.com/works/episode/d97f27ed54d481630894d651c04087a8.html

凪良ゆう (なぎら・ゆう)

京都府在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作「美しい彼」シリーズ(徳間書店)など作品多数。2017年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。2019年に『流浪の月』(東京創元社)を刊行し、翌年、同作で本屋大賞を受賞した。さらに、2021年『滅びの前のシャングリラ』(中央公論新社)で2年連続本屋大賞ノミネート。他の著書に、『すみれ荘ファミリア』『わたしの美しい庭』などがある。

坪田 文(つぼた・ふみ)

岡山県出身。日本大学芸術学部卒。「金魚妻」「武士スタント逢坂くん!」「カラフルブル」「RISKY」「おじさんはカワイイものがお好き。」「コウノドリ」(以上、実写ドラマ)、「ずっと独身でいるつもり?」「私はいったい、何と闘っているのか」(以上、実写映画)、「ワッチャプリマジ!」「HUGっと! プリキュア」(以上、アニメ)ほか、ドラマ、映画、アニメなど幅広く脚本を執筆している。

「美しい彼」Blu-ray&DVD BOX好評発売中!

TSUTAYAにてDVDレンタル中。

発売元:「美しい彼」製作委員会・MBS

セル販売元:TCエンタテインメント

レンタル販売元:カルチュア・パブリッシャーズ

『美しい彼』

凪良ゆう

徳間書店 キャラ文庫

定価693円(税込)


緊張すると言葉がつっかえてしまうため、内向的で、高校でも目立たない存在の平良。そんな平良が憧れるクラスメイトの清居は、人目を惹く美貌に誰にも媚びない態度で、クラスの王様として君臨する。徐々に近づく二人の関係から目が離せない! 『憎らしい彼』『悩ましい彼』『interlude 美しい彼番外編集』とシリーズは現在4巻まで刊行されている。

『汝、星のごとく』

凪良ゆう

講談社 

定価:1760円(税込)


風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島の学校に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。心の奥深くに響く最高傑作。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色