サメ、好きですか?

文字数 1,304文字

 人は自分が好きになるものを選べない、と思う。
 選んでいるようで、選んでいる訳ではない。性質としてあらかじめ「決まっている」のだ。逃れようとしても、逃れられない。
 そういう意味で、社会的に「困ったもの」を好んでしまう人は苦労すると思う。

 私の場合は、サメだった。
 海にいて、人を襲う怖い生物(実際には、危険な種はごく僅かだ)。
 とはいえ、サメが好きなのは犯罪でも何でもないし、自覚して以後三十年、迫害されたこともなければ、食事が喉を通らないほど悩んだこともないので、別段困った嗜好ではない。「ほんの少し」変わった人扱いされたぐらいのものだ。
 昨今では情勢も変わり、「サメ」という生物自体がクローズアップされる機会が増えたことや、『ジョーズ』や『ディープ・ブルー』以来の第三次(?)サメ映画ブームの影響で、「サメ愛好者」というカテゴリは社会的に一定の認知を得た感すらある。

 三十年前はインターネットも普及しておらず、今ほど手軽にサメの画像や動画を見ることはできなかった。そのため、私はサメ映画を見ることでサメ欲(なんだそれは)を満たしていた。
 サメ映画には、「サメ」と「物語」があった。どちらも私になくてはならないものだ。当然のように、サメの物語を作りたい――サメ小説を書きたいと思うようになった。

 ホラー作家としてデビューすることができたころ、満を持してサメ小説を書きたいことを各方面にアピールした。
 現実は厳しかった。「サメの小説なんて読みたがる人はいない」と一蹴された。
「サメ」や「サメ映画」が公に認められ始め、これならいけるだろうと勝手にコンセンサスを得たつもりになっていた。だがそれは、単に願望が先走ったゆえの幻想だったのだ……(悲劇だ)。

 しかし、これしきのことでめげてはいけない。なにせ構想(妄想)三十年の夢だ。
 懲りずにアピールを続けたところ、サメが縁をつないでくれたのか、『ブルシャーク』を書く幸運に恵まれた。三十年の思いの丈を、これでもかとぶつけた。気合いが入りすぎて空回りし、最初から書き直したりもした。結果、満足のいく仕上がりになったと思う。

 前述したとおり、好きなものはあらかじめ「決まっている」。
 もともとサメ好きを自覚している人には、最大限楽しんでもらえたら嬉しい。
今はそれほどサメに関心がないという人も、今作を通して眠っている「サメ好き」の心を発掘してもらえたら、これ以上望むものはない。



雪富千晶紀(ゆきとみ・ちあき)
1978年愛知県生まれ。日本大学生物資源科学部卒。2014年、『死呪の島』(受賞時タイトルは「死咒の島」)で第21回日本ホラー小説大賞<大賞>を受賞。同作は『死と呪いの島で、僕らは』と改題して文庫化。他の著書に『黄泉がえりの町で、君と』『レスト・イン・ピース 6番目の殺人鬼』『ALIVE 10人の漂流者』がある。

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