「内澤旬子の島へんろの記」 内澤旬子

文字数 1,064文字

(*小説宝石2020年12月号掲載)
2020/11/20 19:21

粒みたいな島の中に詰まった八十八ヶ所の札所を歩くのに、二年近くもかけてしまった。豆粒と言ったけれど、小豆島(しようどしま)はかなり広い。日の出から日没ぎりぎりまで真剣に歩いて回ったとしても、結願(けちがん)には七泊八日は必要である。しかも足元不如意な山道坂道も満載なのだ。とはいえ二年は長い。時間をかけ過ぎました。


 そんなに嫌だったのかと思われそうだが、違う。自宅から一番近い旅路で、しかも一人で気ままに歩くスタイルだったために、ついスケジュール取りを後回しにしてしまったのだ。愚図なもので。途中挫(くじ)けて歩けない日もあったけれど、おおむね楽しく歩いていた。特に山道は本当に楽しかった。


 二〇一四年に東京から小豆島に引っ越してきて、小豆島には寺院、堂庵、山岳霊場からなる八十八ヶ所の札所があり、巡礼ができることをはじめて知った。さすが四国に近いだけあり大師信仰が盛んなのだなと思った。しかし四国ほどの知名度がないのは仕方ないとして、香川県、いや高松ですら小豆島八十八ヶ所遍路の存在を知らない、聞いたことすらない人がほとんどであることを知ったときには茫然(ぼうぜん)とした。控えめにも程(ほど)がある。もう少し知られても良いのではないか。そんな気持ちもあって歩き遍路体験記を書こうと思った。


 個人的なことを言えば、長らく神仏信仰一切合切から距離を置いて生きてきて、ちょっとくたびれてきた頃合いでもあった。ちょっと手を合わせてみようかなと思うお年頃になったというわけだ。


 実際に歩いてみると、どのルートも退屈することなく、風光明媚(ふうこうめいび)なところばかりだ。普段は里から「あんなところに建物が? え、お寺?」と見上げていた山の上の岩の隙間に押し込むように建てられた荘厳な山岳霊場が、八十八ヶ所中の二つか三つと思っていたら十四もあり、鎖にしがみついて登攀(とうはん)する札所もあった。文字通りてくてく歩いて辿(たど)り着く大変さと楽しさを、皆様におすそわけできたらとても嬉しい。

2020/11/20 19:21
2020/11/20 19:25
【あらすじ】

四国八十八ヶ所だけでなく、香川県最大の島である小豆島の中にも八十八ヶ所の霊場があることはあまり知られていない。風光明媚な遍路道、祈ることの意味、島民とのふれあいなど、島在住のエッセイストが、約二年間のおへんろ生活とその魅力を綴る。


【PROFILE】

うちざわ・じゅんこ

1967年、神奈川県生まれ。文筆家、イラストレーター。著書に『世界屠畜紀行』『飼い喰い』『漂うままに島に着き』『着せる女』など。

2020/11/20 19:23

登場人物紹介

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