ゴリラが主人公!? 人間とゴリラの命はどちらが大切ですか?

文字数 2,537文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

須藤古都離『ゴリラ裁判の日』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・ゴリラはなぜ裁判を起こしたのか

・細やかなローズの心情描写

・もし自分がゴリラだったとしたら

■ゴリラはなぜ裁判を起こしたのか


「私はゴリラであり、同時に人間でもあるのです」


動物と話ができたら、と思う人は少なくないだろう。しかし、本当に動物が話せるようになったら、自分の意思をなんらかの形で伝えることができるようになったら。実は困るのは私たち人間ではないだろうか。


第64回メフィスト賞を受賞した須藤古都離の『ゴリラ裁判の日』。

主人公はカメルーン生まれのローズ。ニシローランドゴリラだ。高い知能を持ち、手話を使って人間とコミュニケーションをとることができる。

人間と会話ができるゴリラとしてカメルーンからアメリカの動物園へと移ったローズ。期待に胸を膨らませていたローズはあるオスのゴリラと出会い、夫婦となるはずだった。


そんなあるとき、ゴリラの檻に4歳の人間の子どもが入り込んでしまう。子どもを助けるために、銃殺されたローズの夫。人間を助けるためなら、ゴリラを殺してもいいのか。

その行動が許せなかったローズは、人間に対して裁判を起こす。

■細やかなローズの心情描写


ローズがカメルーンで暮らしているのはジャングルの中だ。

ゴリラは群れを作って行動しており、そこでもいろいろとルールがあるようだ。ローズは人間と会話ができる「特別なゴリラ」ではあるが、群れの中では他のゴリラと同じようにふるまっている。ゴリラらしい生活は彼女の心を落ち着かせる。

しかし、彼女はその中でさまざまなことを考えていた。ローズの視点で進んでいく物語は、ときどき彼女がゴリラだということを忘れてしまうほどだ。と言うのも、ローズの思考はとても人間っぽい。

例えば、群れの子どもがほかの群れのオスのゴリラによって殺されたことを、ローズはとても悲しく思う。一方、自分の子どもを殺された母親ゴリラはすぐにその亡骸から離れた。確かに、自然界で死んだ子どもを悲しんでいる余裕はないのだろう。それは当たり前のことだと思う。が、ローズは子どもゴリラの死を悲しみ、信頼している類人猿研究所のサムとチェルシーに埋葬を頼む。それはとても人間らしい考え方と行動と言えるのではないだろうか。

このように、ローズが人間に近い思考、心情を持っていることがさまざまな場面で描かれている。人間のようだけど、ゴリラ。

と、なると、私たちは彼女にどのように接すればいいのだろう? と考えさせられてしまう。ゴリラとして? 人間として? 実際に話をする動物が現れたら、私たちは戸惑い、最終的には困るのではないだろうか。

■もし、自分がゴリラだったとしたら


ローズの夫が射殺された事案は、実際に起こった事件を元にしている。

囲いの中に転落した男の子を掴んで引きずり回したゴリラが射殺された、アメリカの「ハランベ事件」だ。

ゴリラは男の子に危害を加えようとしたわけではない。が、ゴリラが興奮したり、パニック状態になったら何をするか分からない。麻酔銃では麻酔が効くまでに少し時間がかかるし、撃たれた時点でゴリラが暴れるかもしれない。確実に子どもを助けるためにはゴリラを殺すしかないという結論に至った、ということだ。

ここで分かるのは、ゴリラの命よりも男の子の命が重い、と人間が判断したということだ。そして、人間たちが「それが当然の判断だ」と考えるのもまた当たり前のことで、ローズは裁判で負けてしまう。

もちろん、ゴリラの檻の中に入った子どもが悪いし、子どもから目を離すことになってしまった母親にも非がないとは言いきれない。それでも、ゴリラが殺されるのは、「ゴリラ」だからだ。


『ゴリラ裁判の日』というタイトルからは少しポップな内容も想像できるが、実はとてもシリアスな内容となっている。改めて考えさせる生き物の命というもの。私たちは人間だけれど、もしゴリラだったら、どんなふうに考えるのだろう。そんなふうに考えてみるのもおもしろいかもしれない。

今回紹介した本は

『ゴリラ裁判の日』

須藤古都離

講談社

1925円(本体1750円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)

未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)

映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)

嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅(『嘘つきなふたり』武田綾乃)

たった1週間の旅が女性たちの本音を赤裸々にする(『ペーパー・リリイ』佐原ひかり)

全てを分かり合うことはできない。家族も、夫婦も違う体を生きている。(『かんむり』彩瀬まる)

私もいつか「老害の人」? 人生はやりたいようにやったもの勝ち(『老害の人』内館牧子)

舞台はクイズ番組! クイズを解きながら、謎を解く新感覚小説(『君のクイズ』小川哲)

猛烈に憧れを抱かざるを得ない、まぶしいほどの美しい愛を描いた傑作(『光のとこにいてね』一穂ミチ)

嘘が現実をややこしくする……子どもたちが身を守るためについた嘘とは(『バールの正しい使い方』青本雪平)

祖父と孫娘と、ふたりが紡ぐ人生とミステリー(『名探偵のままでいて』小西マサテル)

こんな法律はイヤだ! パラレル「レイワ」を舞台に描くもしもの世界(『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』新川帆立)

恋人がいるだけで世界が変わる? そのパワーはどこから湧き上がるのか(『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』佐川恭一)

日常の地続きに現れる異世界――もしも自分ならどうする?(『ワンダーランド急行』荻原浩)

ゴリラが主人公!? 人間とゴリラの命はどちらが大切ですか?(『ゴリラ裁判の日』須藤古都離)

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