〈NEW!〉【書評】ミステリー評論家・佳多山大地『スモールワールズ』評

文字数 2,172文字

2022年本屋大賞ノミネートで話題沸騰中の一穂ミチさん著『スモールワールズ』(講談社

)。ミステリ―評論家・佳多山大地さんが「ミステリ―」の視点で読み解く『スモールワールズ』の魅力とは?

「怒濤の文学賞ノミネート・ラッシュ!」


 一穂ミチ? 誰、それ? という人は、もうこの「好きな物語と出会えるサイト」treeを覗きに来ているなかにはいないだろう。

 昨年(2021年)4月に一穂ミチが上梓した『スモールワールズ』は、自分と周囲の“小さな世界”に囚われながら生きてゆくほかない人間の弱さも強さも鮮やかに切り取って、深い余韻を残す現代小説集だ。昨年上半期の第165回直木賞の候補に選ばれると(受賞作は佐藤究『テスカトリポカ』と澤田瞳子『星落ちて、なお』)、続いて第12回山田風太郎賞の候補にも推挙された(受賞作は米澤穂信『黒牢城』)。今年に入ってからもノミネート・ラッシュは継続中で、ただいま第19回本屋大賞と第43回吉川英治文学新人賞の候補に名を連ねて“結果待ち”の段階なのである。本当は「受賞ラッシュ」のほうがいいに決まっているけれど、世の本好きへの名刺代わりには充分なノミネート実績といえる。

 おっと、しかし。この『スモールワールズ』のノミネート・ラッシュの、わざと書き落とした“最初のスポットライト”に、じつは自分も関わっていたのだ。


 まだ『スモールワールズ』が刊行される前、第74回日本推理作家協会賞・短編部門の予選選考で、いずれ同書に収録される「ピクニック」に遭遇したときは驚いた。正体不明の語り手が、とある家庭で発生した“赤ん坊殺しの疑惑”について委細を語るのだが――その文章の研ぎ澄まされていること、また一編のミステリーとしての完成度の高さに舌を巻いたものだ。謎の語り手が誰なのかわかったとき、しばらく身震いが止まらなかった。

 一穂ミチ? 誰、それ? 慌ててネット検索をして、BL(ボーイズラブ)畑で10年以上のキャリアがある人だと知る。代表作は『雪よ林檎の香のごとく』(2008年)や『イエスかノーか半分か』(14年)。2017年にはなんとファンブックまで公刊されている人気ぶりじゃないか! むくつけき男の視野には全然入っていなかっただけで……。

 ともあれ、個人的に“激押し”した「ピクニック」を日本推理作家協会が編纂する歴史ある年鑑『ザ・ベストミステリーズ2021』に収録することができ、また短編部門の候補作に押し上げられたことは、昨年自慢の裏方仕事なのですよ(同部門受賞作は結城真一郎「#拡散希望」)。


 そんなわけで、刊行前から注目していた一穂ミチ文芸単行本初の非BL作品『スモールワールズ』。第3話「ピクニック」の素晴らしさはもちろんだが、皮切りの作「ネオンテトラ」もミステリー好きには見逃せない逸品である。中学生の姪っ子と、家庭にいささか問題のある同級生の男の子との関係を見守る主婦は、じつに恐ろしいほど〈操り〉に長けた策略家だ。この他、こわもてな男子高校生が、実家に出戻りしてきた姉に振り回される第2話「魔王の帰還」のインパクトも強烈だった。剛の者たる姉の真っすぐな性格が、この儘ならぬ現実の世をわずかにファンタジーに染め上げてしまうのだ。

『スモールワールズ』は、基本的に独立して楽しめる作品が並ぶノンシリーズ短編集だ。けれど、ここで詳しくは言わないが、最終第6話の「式日」は巻頭の「ネオンテトラ」の内容と響き合うもので、改めて作者による伏線回収の手並みを堪能することができる。これから一穂ミチは、いわゆる一般文芸(現代小説)に力をそそぐつもりだろうか? とにかく、この作者には“人を驚かすセンスと構成力”があるのはまちがいないので、やはりミステリー読みとしてはぜひ長編ミステリーも手がけてほしいと願っているのだけれど。


佳多山大地(かたやま・だいち)

1972年大阪府生まれ。94年第1回創元推理評論賞に投じた「明智小五郎の黄昏」が佳作入選し、その後ミステリー評論家として活躍。著書に『新本格ミステリの話をしよう』『謎解き名作ミステリ講座』(以上、講談社)、共著に『探偵小説美味礼賛1999』『ミステリ評論革命』(以上、双葉社)などがある。近著は『新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』 (星海社新書)。

『スモールワールズ』

<物語のあらすじ>

ままならない現実を抱えながら生きる人たちの6つの物語。

夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。


<著者プロフィール>

一穂ミチ(いちほ・みち)

2007年、「雪よ林檎の香のごとく」(新書館)でデビュー。『イエスかノーか半分か』(新書館)など著作多数。2021年『スモールワールズ』(講談社)が、2022年本屋大賞候補、第165回直木賞候補、第12回山田風太郎賞候補、第43回吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『パラソルでパラシュート』(講談社)、『砂嵐に星屑』(幻冬舎)がある。

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