下流からの反逆

文字数 1,080文字

 一億総中流と呼ばれた昭和は遠くなった。現代は格差社会といわれて久しいが、このたびのコロナ禍によって、その傾向は一段と強まっている。
 多くのひとびとが職を失い、あるいは雇用条件の悪化に苦しむ一方で、富裕層は株高により資産価値が急騰し、貧富の差はますます拡大した。アメリカの上位1%の富裕層は、2020年の1年間だけで4兆ドル(約460兆円)も資産を増やしたという。
 富の寡占化が進行するなかで、かつての中流は下流に転落しつつある。富めるものがますます富むのは、さまざまな資産運用によって金が金を生むからだ。下流のひとびとが骨身を削って働いても、そのスピードにはとうてい追いつけず、親が貧乏なら子も貧乏にならざるをえない。
 そんな時代を反映して、若者のあいだで「親ガチャ」という言葉も生まれた。「親ガチャ」とは、カプセルトイやゲームのガチャにたとえて、親の経済状況により将来が決まるという意味だ。若者がそんな考えに陥ってしまうのは、われわれ大人の責任である。大人が輝いていないから、若者たちも将来に夢を持てなくなる。
 昭和の時代も金がものをいったが、いまとちがって金がすべてではなかった。貧しくとも誇りを持ち、たくましく生きる庶民が大勢いた。あのころにはもどれないにせよ、金銭の多寡でしか幸福をはかれないのはむなしい。ドイツの哲学者ショーペンハウアーは「富は海水に似ている。それを飲めば飲むほど喉が渇いてくる」といった。
 拙著『群青の魚』は『灰色の犬』『白日の鴉』に続く条川署シリーズの第三巻である。『灰色の犬』は警察組織と反社会的勢力の暗部を、『白日の鴉』は腐敗した病院と仕組まれた冤罪の恐怖を書いた。
 本作では格差社会の闇をテーマに、特養老人ホームに勤めるシングルマザー、不良あがりの交番巡査、新米刑事の三人が金まみれの巨悪に挑む。
 いわば下流からの反逆である。



福澤徹三(ふくざわ・てつぞう)
1962年、福岡県生まれ。デザイナー、コピーライター、専門学校講師を経て作家活動に入る。2008年『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。ホラー、怪談実話、クライムノベル、警察小説など幅広いジャンルで執筆。著書に『真夜中の金魚』『死に金』『しにんあそび』『亡者の家』『忌み地 怪談社奇聞録』『羊の国のイリヤ』『そのひと皿にめぐりあうとき』など多数。『東京難民』は映画化、『白日の鴉』はテレビドラマ化、『侠飯』『Iターン』はテレビドラマ化・コミック化された。

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