幼き日の二十面相

文字数 1,061文字

 光文社から上梓したぼくの『怪人二十面相』二冊、その前編にあたる『焼跡の二十面相』が文庫化された。「少年探偵団」「小林芳雄」といった言葉に懐かしさを覚える向きはぜひ読んでいただきたい。というPRがこの一文の趣旨ではない。ぼくがいかに年をとったか身に染みた驚きを申し上げたいのだ。ツイッターで「二十面相は戦前にいたんですかビックリ」とか「懐かしい!ポプラ社ですね」とかの反応に、ぼくの方こそビックリした。あの怪人は紛れもなく戦前の『少年倶楽部』誌(大日本雄弁会講談社発行。今はただ講談社ですが)から生まれた少年向け探偵小説である。あちこちに書いたことだが、ぼくはその『少倶』(と略称されていた)の昭和十二年二月号を近所の中京堂書店で、二十面相ものの第二作『少年探偵団』の二回目を立ち読みして、その面白さに震え上がった。弟雑誌『幼年倶楽部』は講読していたが、『少倶』までは手が回らなかったのだ。独特のですます調で語りかけられ、まずツボに嵌まった。野村胡堂(銭形平次の生みの親でご承知と思う)は全作をですます調で統一していたが、他は作例がごく少なく、幼児だったぼくにはとてもとっつきやすかった。それでいて中身の怖かったこと。ぼくとおない年の少女が誘拐され、猿ぐつわを嵌められ縛られる。子どもながらにぞくぞくするエロティシズムを覚えていた。小林少年もおなじ目に合うのだが、当時の挿絵を思い出しても幼児には大学生としか見えず、申し訳ないが感情移入ゼロであった。そうだ挿絵! 梁川剛一による明智小五郎こそ名探偵の風貌にピッタリだと今なお信じており、小樽の文学館(梁川画伯のコーナーがあった)に出かけて再確認した。にもかかわらずみなさんは、断然ポプラ社を懐かしがっている。ああ、吾ズレたり。自分が爺であることをまさか『怪人二十面相』で思い知るとは考えなかった。二十面相くん、頼むからぼくのトシを盗んでくれ!



辻真先(つじ・まさき)
1932年、愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒。NHKでTVドラマの演出に携わる傍ら、テレビアニメの脚本を多数手掛ける。本格ミステリ、旅行エッセイ、アニメのノベライズなど、執筆範囲は多岐にわたり、1982年、『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞、2009年、『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞、2019年、日本ミステリー文学大賞を受賞。近著に『二十面相 暁に死す』、『たかが殺人じゃないか』などがある。

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