『私は女になりたい』窪美澄・著 ブックレビュー

文字数 2,200文字

直木賞作家・窪美澄さんが描く、最後の恋──。

女はいつまで女でいられるのか。

果たして、有効期限があるのか──。


窪美澄さんの『私は女になりたい』を、高校司書である金杉由美さんがレビューしてくださいます!

一昔前にくらべて美容皮膚科って増えたなあ、と感じる。

エステに行く感覚の延長で気軽に施術をうける時代だ。

クリニックの広告からは、つるんとした肌の美人女医たちが完璧な笑顔で微笑みかけてくる。 集客に関わってくるのだから、看板として自分の見栄えに磨きをかけなければならない。華やかなようで厳しい商売なのかもしれない。


奈美は美容皮膚科クリニックの雇われ院長。大学生の息子がいるシングルマザー。

息子の学費と母の介護費を稼ぐため、クリニックのオーナーと月に一度だけ一夜を共にする契約をしている。

魅力的な容姿で才能もあり高収入。

したたかにうまいことやってる勝ち組。

世間からそう思われている奈美に足りないたったひとつのもの。

それは、魂が震えるほどの恋。

仕事に生きると決めた彼女が14歳年下の男性患者に惹かれたとき、人生最後の恋がはじまる。それはトラブルのはじまりでもあった。


もったいない!もったいないなー、この人。

恋より仕事を優先してきて、気がつけばアラフィフ。

更年期を迎えた今になって、やり残したことに焦りを覚えはじめた。

したたかにうまいことやってる勝ち組のはずなのに、ドがつくほど真面目。お固い。

だから恋に落ちたあとも、右往左往して天国と地獄を行ったり来たりして、中学生みたいに頭でっかちで不器用。

母として医師としての理性と、好きな男と一緒にいたいという欲望がぶつかりあって、中途半端にゆらいで、部下や息子からがっかりされて、ジタバタして、本当に残念な人だよ、奈美。 無駄に美人。


残念すぎて、むしろ応援したくなってくる。

院長としての凛とした仕事っぷりと、一回り以上年下の彼氏に翻弄される初心さのギャップが可愛い。

今まで封印してきた「女」が、恋という栄養を与えられ花を咲かせるのは、決してみっともないことではない。がんばってきたんだもの、ここでもう一度ただの女になったっていい。

「女になりたい」、それは女性なら誰もが抱く切実な願いではないのか。

いくつになったってきれいになりたい。誰もがそう思っているじゃないか。


絶望的に男運がない奈美だけど、最後の恋に選んだ相手は男としての色気があって、惹かれたのもよくわかる。この関西弁にはあらがえないよね。仕方ないよね。

切ない!感情だけで突っ走るわけにはいかないおとなの恋だからこそ、切なく純粋だ。

舞台となる美容皮膚科業界の闇が赤裸々に描かれているのにも興味をひかれた。

その闇には女と男の嫉妬が渦巻き、奈美を傷つけていく。

みんな、あんまりいじめないであげて!


読み手がそう思い始めたころ、超弩級の事件が奈美を襲う。

いやもう、酷い。なんて運が悪いんだ。こんな目にあったら絶望するしかない。


奈美と一緒に感情の波に翻弄されながら最後のページにたどりつき、ふりかえってみて気がついた。

各章には花の名前が与えられている。

序章はバイカウツギ、そしてアスチルベ、アザレア、オシロイバナ、アネモネ、ユーカリ。

それぞれの花言葉は、回想、恋の訪れ、恋のよろこび、臆病、恋の苦しみ、再生。

奈美の47歳から53歳までの日々は、この花言葉に象徴されていた。


女性としての旬を過ぎてしまった気がして、鏡を見るのも気がすすまない。

子育てや仕事に追われているうちに、女子ではなくなってしまったかも。

「私は女になりたい」はそういう微妙な年頃の女性たちへの応援歌。

更年期になったって、後期高齢者になったって、「女」をあきらめなくていい。どん底からの逆転劇も期待していい。そんな勇気を与えてくれる。ときめきを思い出させてくれる。

恋が与えてくれるもの、奪っていくもの、すべてが詰まった物語。


花の盛りを過ぎても、また芽吹く植物のように、奈美の中の「女」も再び芽吹くといいなあ。

心に火がつきますように。

ちなみにユーカリには引火性の成分が含まれているそうだ。


金杉由美(かなすぎゆみ)

高校司書に転身した書店員。いまだに生徒が来ると「いらっしゃいませ」といいそうになる。

一人の男を好きになった。

自分にとって最後の恋になるだろう、という強い予感があった。

人として、女として、生きるために。
直木賞作家が描く「最後」の恋。本当の、恋愛小説。

「素直な感動に満たされた。窪さんがこんな小説を書くなんて」ーーー唯川恵「解説」より
    
赤澤奈美は四十七歳、美容皮膚科医。
夫と別れ、一人息子を育て、老母の面倒をみながら、仕事一筋に生きてきた。
ふとしたことから、元患者で十四歳年下の業平公平と嵐に遭ったかのように恋に落ちる。
頑なに一人で生きてみせようとしてきた奈美の世界が、色鮮やかに変わってゆく。
直木賞作家、渾身の恋愛小説。

窪 美澄(くぼみすみ)

1965年東京都生まれ。'09年「ミクマリ」で女による女のためのR‐18文学賞大賞を受賞しデビュー。'11年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、'12年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、'19年『トリニティ』で織田作之助賞、'22年『夜に星を放つ』で直木賞受賞。他の著書に『雨のなまえ』『じっと手を見る』『いるいないみらい』『たおやかに輪をえがいて』『ははのれんあい』『朔が満ちる』など多数。

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