多様性をどう認めていくか? 周囲から疎外される「特別」さとは

文字数 4,672文字

昨今、至るところで「多様性」という言葉を目にします。世の中にはあらゆる人々がいるから、彼らを差別したりせず、認めていくのが大切だ、と。これまでの人類史において抑圧されてきたマイノリティを尊重し、時代を一歩先に進めようとする、大切な言葉です。

しかし一方で、「多様性」という言葉を全面的に認めることが人間にとって難しいのも事実です。多様性を意識していても無意識に視野の外側に置かれてしまう人々がいたり、思想が相容れないひとを拒絶しないままでいるのには、理性を伴います。

それでは「多様性」が掲げられる現代社会において、私たちはどう生きていけばよいのでしょう?

今回は異なる種族同士のかかわりあいから「多様性」をみつめている新人受賞作を二作品、紹介していこうと思います。

~第10回~

多様性をどう認めていくか? 周囲から疎外される「特別」さとは

須藤古都離『ゴリラ裁判の日』


第64回メフィスト賞の受賞作。


現実に起きたハランべ事件を下敷きにして描かれた本作。その主役を務めるのは、滔々と私たち人間の言葉を語っていく一匹のゴリラ、ローズです。

カメルーンのジャングルで育ったローズは、生まれてまもない頃から母ヨランダと一緒にベルトゥア類人猿研究所で研究の手伝いをしています。二匹のうち特にローズは高校生並みの知識を備え、手話を通じて人間との意思疎通をほとんど完璧に行えていました。

一方、ローズの研究をしていたチェルシーとサムは「動物の言語能力」が否定されてきた歴史を慎重に捉え、研究結果を公にするのを避けてきました。しかし、ローズの属していた群れのリーダーが別のゴリラに襲われたのをきっかけに、二人はローズをアメリカの動物園に送ることを決めます。

そして動物園で出会ったオマリと「夫婦」になったローズでしたが、ある日、子どもの転落事故をきっかけにオマリは射殺されてしまいます。憤ったローズは彼の射殺は不当なものであったと、司法制度で立ち向かうのです。


類人猿が理性を獲得して社会に進出していく作品として、『猿の惑星』シリーズを思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。本作でもその内容はたびたび引用されますが、『猿の惑星』シリーズのように「暴力」を用いた解決は行われません。

ローズと弁護士のダニエルは殺されたオマリの人権を認めさせるため、いかに「ゴリラは人間である」という論理を証明できるか追求していきます。


そして、この一見して突飛な理屈を突き詰めていく際に重要となってくるのが、そもそも「人間の言葉を喋れるゴリラ」であるローズは果たして人間なのかゴリラなのか? というアイデンティティの問題です。ローズは言語を習得することで複雑な感情表現が可能となり、同時に人間の抱く感情を理解していくようになります。自らの感情を認知する行為は、本来のゴリラには叶わないアイデンティティにまつわる自問自答の機会を与えるのです。

自分をゴリラだと思っていたローズは、仲間のゴリラと声を用いた意思疎通を図ることができず、次第にジャングルで一生を終えるのを怖がるようになります。やがてゴリラにとっては当たり前の一夫多妻制に対して明確な嫉妬を覚えるようになり、ゴリラであるにもかかわらず他のゴリラとの明確な違いを突きつけられるのです。生存本能のためにゴリラが習得している一夫多妻制に違和感を覚えてしまう、それは自らが普通のゴリラではなくなってしまった証でした。

かといって、ローズは人間の文化様式にも馴染めません。人間との複雑なコミュニケーションを可能にしながらも、裏では利権を巡る「道具」として非人間的に扱われています。ローズにとって納得のいかないこの事実は、ローズがどこまでいっても人間として認められない現実をも残酷に物語っていました。


人間のように自らの感情を優先するようになりながら、人間ではない動物として周囲から認識されてしまう。「ゴリラでもなければ、人間でもない」現実を突きつけられたローズは、自らが特別な存在だと信じ込むことで強くなろうとします。しかし、何者としても認められない事実は「強さ」に変換できるような特別さではありません。それは言い換えてしまえば、マジョリティ(人間)と異なる部分があるゆえに透明化されてしまっている、マイノリティへの差別と抑圧でしかないのです。

弁護士のブラウンはそれを認識し、ローズが抱えている屈折した「特別」を反転させ、「ゴリラでもあり、人間でもある」、つまり何者でもあるという普遍さに塗り替えていきます。違う部分があるから認めないのではなく、同じ部分があるから認めていこうとするのです。


そしてこの言葉は決して、ゴリラだけの問題ではありません。マジョリティからはぐれた存在を社会的に認めるプロセスは、人種や経済格差、障がいの有無などの違いにかかわらず等しく人間であるという、多様性を認める言葉にもなっていました。

ローズが挑んだのは「ゴリラは人間である」ことを社会に証明するための司法裁判でありながら、同時にそれは世の中にいる多様な人びとが等しく人間だと示す道標であり、ローズが「ゴリラでもあり、人間でもある」と自らの抱える多様さを自覚するまでの、長い旅路でもあったのです。


そして旅路の果てに、ローズは社会に抑圧されない「自由」を掴み取ることができたのか?

その結末は、物語を読んで確かめてみてください。

五月雨きょうすけ『クセつよ異種族で行列ができる結婚相談所 〜看板ネコ娘はカワイイだけじゃ務まらない〜』


第29回電撃小説大賞の銀賞受賞作。


物語の舞台となるのは、十七種族もの異なる人類が存在する世界です。有史以来途切れることなく種族間の戦争が続いてきたこの世界ではようやく戦争が終結し、新たな時代を象徴するように、十七の種族が共存する新たな街、『実験都市ミイス』を建設しました。

それから九年後、経済都市として発展したミイスを訪れたのは猫人族のアーニャでした。アーニャは街を歩いていると、本来仲良くなれないと言われている長耳族と鉱夫族の結婚式を目にします。異種族同士の幸せな共存に感動したアーニャは、その手伝いをしてみたいと思い立ち、結婚相談所「マリーハウス」で秘書係(見習い)を務めるようになります。

そしてマリーハウスを訪れる相談者をきっかけに、数多のラブストーリーが語られていくのです。


異種族同士が共存し、結婚までできる実験都市ミースは一見すれば、「新しい価値観」の象徴ともいえる街でしょう。しかし、対立関係が解消されてから日が浅いのもあり、内々には差別や偏見が根強く残っています。また、種族ごとに価値観も異なっているため、擦り合わせて共存していくのは決して容易ではありません。

そうした多様な価値観と向き合っていくための術として、「結婚」を用いるのが本作の面白いところです。私たちが暮らす現実世界において、結婚はしなくても幸せになれる、というのが現代的な価値観です。「結婚しなければ幸せになれない」と迫る価値観は、時代遅れだと見なされてしまうでしょう。本作の世界観でも、ミイスに暮らす人びとは自由で快適な暮らしに取り憑かれ、結婚をする若者が減少傾向にあります。

にもかかわらず、「古き時代の何もかもを否定することは愚かしい」として結婚相談所・所長のドナがマリーハウスを営むのは、恋愛結婚を浸透させれば少子化を食い止め、市民の幸福度を上げることができるからです。もちろんそれは、結婚したくない人間に結婚を強いるような思想ではありません。あくまでも「結婚」にまつわるひとつの選択肢として、道を示そうとするものとなっています。だからこそ、ドナは「家や種族にとらわれない結婚を推し進める私達は多様な人間の在り方に寛大でないといけない」とも、作中で語ります。

ほかにも同性愛者を嫌いながらも「ヒトを愛しているのには変わりない」として己の主義思想のためなら受け容れる登場人物が出てきたり、本作では「新しい価値観」を絶対的に正しいものとはせず、逆に「古い価値観」にあたるものを決して切り捨てようとしません。否定につながらない限り、古い価値観だろうとひとつの在り方として受け容れようとする姿勢は、多様性を真に理解するためにも必要なプロセスです。


また、主人公のアーニャは一部の獣人だけがもつ特殊技能の『先祖帰り』を有しており、身体の組織を獣に変化させることで爆発的に戦闘能力を向上させることができます。多くのひとから「特別」だと認識されるそれを、しかしアーニャは嫌っています。故郷で同年代の者たちから距離を置かれてしまった過去もあり、怪物になった自分を見られてしまうことの怯えや、それを理由に除け者にされてしまう恐怖を抱えているのです。『ゴリラ裁判の日』でも描かれていた「特別」だと思われてしまうがゆえの差別が、アーニャを根本的なところで自己否定に陥らせていました。

そんなアーニャに対し、先輩であり仕事の指導役でもあるショウは「自分を特別良いとも悪いとも思わなくていい」と告げます。そのうえで、「お前のことを好きな奴はお前がどんな化け物の姿になろうが好きなままだ」「だからお前もお前自身を愛してやっていい」とも。特別だろうと特別でなかろうと、愛してくれるひとは愛してくれるし、逆に誰からも好かれるなんてことはありえません。だから特別さを気にせず、好意的に接してくれる相手とかかわっていれば、やがて抱えていた「特別」に対する劣等意識はうすれていくでしょう。

そしてショウが告げたこの言葉は、多様性社会において肝要な、相容れないひとを気にしない「相互無干渉」の姿勢にも通じます。また、「特別」の呪縛による自己否定に陥っていたアーニャが解き放たれ、ありのままの自分を好きになるための言葉でもあるのです。


物語終盤、「新しい価値観」を受け容れられない者たちによって、実験都市ミイス、およびアーニャに危機が訪れます。「価値観の異なる他人」との対立をどう乗り越えていくのか、本書で語られるいくつものラブストーリーとともに、ぜひ味わってみてください。

今回は、以上の2作品を紹介していきました。

どちらも多様性を認めていくなかで、特別さからの脱却を試みているのが印象的です。

「特別」だとみなされるのは普遍的な在り方から疎外されている事実に他ならず、「特別」にみえるものも普遍的なものとして、多様さの一部に包括しようとする意識が大切です。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第10回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

手話を使え、人間と会話をすることができるゴリラのローズは、動物園で起きた転落事故により夫のオマリを不当に銃殺されてしまう。

怒りを覚えたローズは、裁判を通じて人間と戦っていく。

十七の種族が共存する実験都市・ミイスにやってきた猫人族のアーニャは、街の結婚相談所〈マリーハウス〉の見習いとして仕事をはじめる。

周りのひとたちや相談者との交流を経て、アーニャは異なる価値観の人たちと共存する方法を見つけていく。

登場人物紹介

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