生きてきた世界が違う二人の情愛が胸を打つ/『吉原と外』

文字数 1,297文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は柳亭小痴楽さんがとっておきの時代小説をご紹介!

柳亭小痴楽さんが今回おススメする時代小説は――

中島要著『吉原と外』

です!


 大店の婿旦那・砧屋喜三郎に身請けをされ大門を出る事となった元花魁の美晴。その妾宅で美晴のお世話をする事となる女中・お照。生きてきた世界がまるで違う二人が一つ屋根の下で二人暮らし。息が合わないようでいて似た者同士の二人が映し出す江戸の時代に生きる女性、そして子の心。


 小さい頃に母と共に父親に女郎屋に売られてしまった美晴。美晴の母はその後、河岸見世の女郎に身を落とし、その無理が祟り亡くなってしまう。美晴は親という存在に失望し信用を無くしてしまっていた。お照も実の母親に裏切られ続け、血の繫がらぬ義父からも親としての愛情をもらえずにいた。生きているだけでありがたい存在なのか、こんな親ならいない方が幸せなのか……。どちらの親も、親として子にかける思いの薄さや、子に対して投げかける言葉の冷たさに、私は子を持つ親として心が苦しくなるほど悲しくなった。この江戸の時代には当たり前の女性や子供に対する扱いの雑さ。今の時代では“毒親”や“親ガチャ”なんという言葉があるが、子を持つ“親”という存在をとても考えさせられる物語だった。親から受けた愛情が薄いお照は、二十歳も過ぎて常に周りのみんなに対して被害妄想のようなひがみを抱えて、ひねくれた感情を持ってしまっている。一方、美晴の方は、十八歳ながら女郎屋に育った経験を強みにして世を嘆く事なく、花魁特有の手練手管を用いて世俗に染まろうと努力していた。この美晴の行動や言葉にはハッとさせられるものが多く、見ていてさっぱりとした爽快感があって心地良かった。


 美晴は、お照を鑑にしてどうにか母親というものに希望を持ちたかったのではないか。どんな毒親でも良いから母という存在が欲しい、母が恋しい、という気持ちがあったのではないだろうか。美晴が風邪を引き、お照が看病をするシーンがある。その後の美晴はまさに十八歳の子供のように思えた。美晴はきっとお照を親のように、家族のように感じていたのだろう。身請けをされ吉原を出てからは、まるで化粧気のない美晴。それはウソのない素直な人間に生まれ変わって、お照と共に、これからの人生で家族を思いやるという生活をしたかったからではないか。


 吉原という煌びやかに見える世界の裏にある女性の行く末や河岸見世の闇、女郎屋のしきたりなど、廓噺という、吉原や品川、そういった遊郭の噺を演じる噺家として、また一つ知らない遊郭の世界を覗かせてもらった。

この書評は「小説現代」2023年1月号に掲載されました。

柳亭小痴楽(りゅうてい・こちらく)

落語家。1988年東京都生まれ。2005年入門。09年、二ツ目昇進を機に「三代目柳亭小痴楽」を襲名。19年9月下席より真打昇進。切れ味のある古典落語を中心に落語ブームを牽引する。

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