第6話 琴線に触れまくる山崎ナオコーラの小説

文字数 2,469文字



山崎ナオコーラが好きだ。
その著者名の不思議な響きも好きだし、調べたらわかってしまうだろうけど、それでも公的には性別を非公表にしているところも好きだ。

彼女の作品で好きなのは『長い終わりが始まる』と『私の中の男の子』。
そして特段に好きなのが『人のセックスを笑うな』だ。
インパクトのある題名に、映画化されたとき世間はざわついただろうと予測している。わたしはその頃まだ小学生だったけど、セックスの意味ぐらいは知っていて、なんとなく大声で言ったらいけないものだと思っていた。
覚えたての性的な意味合いの言葉を使ったポスターが、映画館という公共の場にずどんと貼られていたのが衝撃的で、どんな作品なのかずっと頭の片隅で気になっていた。

気になり続けて中学生の頃にようやく映画を観て、観終わってから速攻で小説を買いにいった。
セックスという言葉を題名に使っておきながら、映画のなかではセックスシーンは一切なかった。
純情な青年みるめの、おそらくは初恋が、まざまざと、でも可愛らしく描かれていたのだ。
びっくりした。ユリを除く登場人物すべてが愛おしく思えた。
不倫なんてそんな矮小な言葉で括れる物語じゃなかった。

原作でも映画でも、ユリは年に似合わない魅力をもっていて、なんだか嫉妬してしまった。というか、今でも嫉妬している。
自分があんなに魅力的な39歳になれる気がしないし、自分が今19歳のみるめを好きになっても、ユリに負けてしまうと本能的に感じているからだと思う。
現れてほしくないようで、会ってみたいような、シーソーさながらに心が揺れてしまう魅力的な39歳。
初心で可愛らしいみるめよりもユリに恋してしまうかもしれない。

映画を観たあとで、原作を読もうと思いたち、読んだ。
変な名前の、男か女かもわからない作者。

一回目は、正直よくわからなかった。書いてある言葉が簡単すぎて、なのにその意味がしっかり掴めないというか。
それが山崎ナオコーラの目標である「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」を見事に体現していたんだと気づいたとき、受賞するとかしないとか関係なく(これまで芥川賞候補に5回なっているらしい)、この人の文章をいつまでも読んでいたいと思った。
そりゃ作家として受賞するのはたまらなく名誉なことで、売れるというのも大切なことなんだろうけど、山崎ナオコーラの小説はそういう型にはめなくても魅力的で、わたしにとっては天井に一番近い本棚の一軍コーナーに置いておきたくなる。

淡々としていて、時系列もいったりきたりな、主人公みるめの独白じみた文体が新鮮だった。
それなのに、ふとした一文でみるめがどうしようもなくユリに惹かれているのがわかる。
「ぽっちゃりとしたお腹。あの、へその下の盛り上がった、丸い部分に名前はないのだろうか。」
「オレはそこを何度も、撫でたい。」
そんなことを言われたら、たまらなく嬉しいだろう。
ぴかぴかの肌とか引き締まった二の腕とか、そういうわかりやすい美しい部分だけじゃなくて、若い頃とは変わってしまったと少し切なくなってしまうような部分を、かわいがってあげたい、と思われることほど幸せなことはないように思う。

ふいに目にとまる、「あ、ここ好き」といった感覚。琴線に触れるとでもいうのか。
その感覚が、山崎ナオコーラの書くひとつの小説に何度もある。
特別難しい言葉や熟語というわけでもないのに、これ以上ないほど適切な表現だと思えてしまうから、ますます彼女の文章を読みたくなる。

しいていえば、わたしがもっとも好きな漫画家のいくえみ綾の作品を読むときと似ている感覚だ。
どうってことない、だけど言葉にすると最高に沁みるなにか。その雰囲気。
夕焼けを見るときの10回に1回は、まるで透き通るマグロの切り身のよう、と脳内で呟いてみたりする。わたしが今まで使ってきたなかで一番ぴったりくる、夕焼けの美しさを表す文章だ。

主人公の男の子をみるめという名前にしてしまうセンスも素敵だ。
わたしの人生にもみるめみたいな男の子がいてくれたらいいのに、とつい思ってしまう。
弱々しくて少し不器用で、大学のキャンパスにひとりやふたりは絶対いるであろう、感性の素敵な男の子なのだ。
そしてみるめの同級生であるえんちゃんや堂本も、そこらへんにいるような普通の子たち
のはずなのに、なんでかみんな素敵で、会いたくなってしまう。

山崎ナオコーラの描く男の人たちはオスだ!!!男だ!!!となるような雄々しさはなくて、本当にそこらへんにいそうな、少し頼り甲斐のなさそうな感じの男の人が多い気がする。
彼女の、男性の多様性を表現するために自分はあえてフェミニンな男性を描くという姿勢も、おそらく世界に対してなるべくやさしくあろうとしたり、なるべく誠実であろうという思いからくるもので、そういうところもわたしが彼女の作品を好きな理由のひとつなんだろう。

人のセックスを笑うな、という一見誤解を招きそうな題名は、山崎ナオコーラが、同性愛の本棚の前でクスクス笑っている人たちを見たときに思った言葉らしい。
わたしはみるめとユリを笑えないし、誰とやったって同じようなこれまでの自分の陳腐なセックスも、他人のセックスも笑わないでいたい。なるべく。

小説が魅力的というだけでなく、エッセイもそこはかとなく心配性なところとか生真面目なところとか暗い感じの思考回路が出ていてて面白いし、みんなもっと彼女の作品を読めばいいのに。
それでどの文章がぐっときたか、ひっそり教え合いっこしたい。

★次回は8月21日(金)に公開予定です!

こみやまよも
 春から営業として働くこじらせ女子。
  好きな人は、いくえみ綾とoyumi。
  就活でことごとく出版社に落ちたのを根に持っている。

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