⑤どうして彼らは『赤鬼』と『青鬼』なんだろうか?
文字数 1,828文字
「どういうこと?」
キョトンとして尋ねる大地に向かって、崇は説明する。
「鬼が『大きい人』という点だ。人間の頭の『髪』は『上』から来ているという説がある。故に『神』に近く、貴族の女性たちが大切にしたと」
崇はノートに人の絵を描くと、頭の部分に「上」「神」と書いた。
「『和名抄』には、こう書かれている。『人神は鬼』だとね。ここで『人神』は『人上』で、今の説に従えば人の上の人で『大きい人』、つまり『大人』のことになる。これを『大人【うし】』と読めば『牛』で、頭に2本の角が生える」
「あっ」
「鬼の棲む方角は主に東国とされていたから、都から見て北東、つまり『艮【うしとら】』『丑寅』だ」
ノートに書きつけながら続ける。
「そこで、時代が下るにつれて2本の角を生やした鬼は、寅=虎の皮の褌を締めている姿で表されるようになり、江戸時代頃に定着した。これが現在の『鬼』の一般的な姿形なんだ。同時に、大地くんの言うような筋骨隆々の大男に描かれた。そして彼らは、手に何を持っている?」
「金棒……」
「鉄だね。産鉄民だ」
「えっ。ただ思いつきの空想じゃなかったの?」
「虎の皮の褌といえば」崇はノートに書きつけながら続ける。「雷様もそうだね。雷は『神鳴り』で神様が怒っている姿だ。雷【いかづち】と読めば『怒【いか】れる霊【ち】』で、怒っている『鬼神』のことだから。この雷様も、やっぱり虎の皮の褌を締めている。鬼神だからね。これは、現代でも残っているよ。目にしたことはないかな。黄色と黒の縞模様の、電気工事の看板」
「あっ」
「現在では、あの模様が目立つからという理由しかいわれないが、もともとは雷・電気を表していたんだ。また、今は余り見かけなくなってしまったけれど、黄色と黒の模様の大きなトンボ」
「……知らない」
「このトンボはね、鬼ヤンマと呼ばれていた。そして、昔の別名を電気ヤンマ」
「本当なの!」
目を丸くする大地に、崇は更に言う。
「さっき大地くんは『泣いた赤鬼』って言ったね。そこには赤鬼の他に青鬼も登場したろう。では、どうして彼らは『赤鬼』と『青鬼』なんだろうか?」
「どうしてって」大地は声を上げる。「だって、最初から赤と青って決まって――」
「黒鬼はたまに見かけるけれど、黄色や緑やピンク色の鬼は殆ど見かけない。なぜかな?」
「それは……」
大地は目を伏せて、すっかり薄まってしまったオレンジジュースを1口飲んで言った。
「分からない……」
「今言った、タタラ製鉄に関わっていた産鉄民たちには、とっても大切な物があった。」
「それは何?」
「水銀と砂鉄だ。これらに関しての詳しい話は省くけれど、とにかくこれらがなくては鉄ができなかった。特に水銀は重要で『神』とも崇められていた」
「神!」
そうだよ、と崇は頷く。
「水銀に関係する人を『神』として祀っている神社は、今も日本全国各地にある。機会があったら、いずれそんな話もしてあげようか――。そこで水銀だが、彼らタタラの人々は、それが含まれている鉱石の色から『朱』『赤』と呼んでいた。また、海岸などで採れた砂鉄は『青』とね。一種の隠語だな」
「赤と青って……もしかしてそれで『赤鬼・青鬼』?」
「そういうことだ」崇は微笑む。「実際に『万葉集』にも、そんなことに関連した歌が載っている。あと、大地くんは『雷が人間のヘソを狙う』という話を聞いたことがあるかな」
「うん、あるよ。迷信だろう」
「そうとも言い切れない」
えっ、と大地は崇を見た。
「理由があるの?」
「もちろんある。今のタタラ製鉄に絡んで、とても論理的できちんとした理由が」
「それは?」
「1つくらいは、謎を残しておこう」崇は笑った。「自分で考えてごらん」
「……うん」
さて、と崇は言った。
「これで、ようやく『節分の豆まき』の話ができる」
(⑥4月30日公開へつづく)
高田崇史(たかだ・たかふみ)
1958年東京都生まれ。明治薬科大学卒業。
『QED 百人一首の呪』で第9回メフィスト賞を受賞しデビュー。
怨霊史観ともいえる独自の視点で歴史の謎を解き明かす。
「古事記異聞」シリーズも講談社文庫より刊行中。