『私、産まなくていいですか』刊行記念インタビュー!

文字数 4,085文字

『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』を発表してきた甘糟りり子さんが、「産む産まない」シリーズ最新刊『私、産まなくていいですか』を上梓。今回は特に「産まない女性たち」を描き、女性であること、家族のこと、人にはそれぞれの人生があることなど考えさせられる内容となっています。

女性たちの想いに寄り添った作品作りを続ける甘糟さんに、その想いをうかがってみました。

女性の「リアル」


―――「産む、産まない」シリーズは、出産に関する、声に出して言えない女性の悩みがとてもリアルに描かれていると思います。こうした人物像やエピソードは、どのように生まれてきたのでしょうか


甘糟 友人や仕事関係の知人との会話は大きなヒントになりました。このシリーズでは、特別な環境にいる人や特殊な能力を持っている人ではなく、誰もがこういう人隣にいるなと思うような、普通の人で物語を作りたいと思っています。


―――今作『私、産まなくていいですか』では、産まない人たちを描きました。


甘糟 シリーズ第1弾『産む、産まない、産めない』を出した時、「タイトルで手に取ったのに、産まない人の話がない」という声があって、はっとしたんですよね。で、第2弾『産まなくても、産めなくても』では、「折り返し地点」というタイトルでマラソンランナーを主人公にしました。オリンピックのために産まない選択をする話を書いたんです。でも何かと引き換えに産まないというのは、結局「産めない」になっちゃうんですよね。特別な理由があるわけではないけれど、産まなくていいという思いを書かないといけないと思っていて。そこで今回の主人公たちが生まれました。


―――第1話「独身夫婦」の2人は、お互いに相手を大切に思いながらも「子供を持つ、持たない」ですれ違ってしまいます。主人公の女性の産まない選択への強固な意志には、清々しささえ感じました。何か託した思いがあるのでしょうか。


甘糟 「産まない」という選択に理由は必要ないと思っています。それなのに私自身も、知人夫婦が「子供は要らない」と明言すると、「なんで?」と訊きたくなってしまったりする。失礼な話ですよね。人それぞれ、個人個人の選択が尊重される社会にならないといけないですよね。そうなれば少子化問題が解決するきっかけになるのではとも思います。


―――「産むか産まないか」という話題は、女性同士でも何か「壁」はあると感じますか? 第1話の主人公・美春は、実姉とも意見の違いでぎくしゃくしてしまいます。


甘糟 それはすごくありますね。30代くらいになると、子供がいる人といない人はどうしも話も生活スタイルも合わなくなって、一度疎遠になってしまうことが少なくない。それだけ子育てが大変なんだなあと感じますが。男性も協力して、女性が子育て以外に時間も持てるようになると、少しは解消するかもしれません。


―――実際に会えたとしても、話題が子供のことばかりになってしまって、子供のいない人のほうが疎外感を感じたりします。


甘糟 私も経験ありますよ。私は、知らないことを聞くのが好きなので、苦痛にはなりませんでしたけれど。世の中の常識もここ数年でずいぶん変わりましたけれど、女性はみんな子供が欲しいものだと思い込んでいる人は多いし、だから産んでない人に哀れみの目を向けがちだったりしますよね。


―――確かに、周囲の圧がつらい、というのはあります。


甘糟 私の世代は出産がぎりぎりの年齢になるぐらいで「子供を産む」か「キャリア」か、選択を迫られるケースが少なくありませんでした。若い頃は、「寿退職」なんていう言葉が普通に使われていて、仕事をしたければ、結婚はあきらめなければならない、という空気もあったと思います。今の30代以下の方はびっくりされるでし

ょうけれど。

家族のかたち


―――第2話「拡張家族」、第3話「海外受精」は、「家族のかたち」を問う、とても深い内容だと思いました。甘糟さんの考える家族像をお聞かせください。


甘糟 家族は「生活を共にする」のが基本なんじゃないかと思います。「生活」もしくは「人生」ですよね。そのために家という箱の中に一緒に収まっている状態なら、血縁など関係なく家族と言っていいのではないでしょうか。このシリーズを書いているうちに、家族という言葉の定義を少し広げてもいいと考えるようになりました。同時に、親子とは、血縁より遺伝子より「育て」なんじゃないかとも思います。

「拡張家族」という言葉は最初からタイトルに使おうと決めていました。血縁や法律にとどまらない家族の在り方をあらわす言葉で、少し前には血縁のない者同士がシェアハウスで一緒に「家族」として暮らしているコミュニティが話題になりましたよね。私の友人でも、離婚した夫の母親と住んでいたり、友人と一緒に住んで子供の面倒を見てもらったりしている人がいて、この新しい家族の形をいつか書きたかったんです。


―――体外受精や養子縁組に関してもかなり取材をされたそうですね。


甘糟 この10年余りで、医師を始め、いろいろな方に取材しました。最新技術の話もたくさん聞きましたが、どんなに技術が進歩しても、産む生き物としての可能性は35歳以降ぐっと下がるんですよね。それは変えられない事実。

第2作『産まなくても、産めなくても』(2017年)の取材で、卵子凍結についてドクターに聞きに行った時は世の中も私もまだ「そんなことできるの?」という感覚でしたけれど、あっという間に定着してますよね。可能性を温存できることは、働いている女性にとって心強いんじゃないでしょうか。


―――東京都が昨年、卵子凍結に助成金を出すことを発表しました。


甘糟 「卵子凍結に係る費用」と「凍結卵子を使用した生殖補助医療」への助成を開始しましたね。私の友人にも都の助成に背中を押された女性が何人もいます。東京都以外でも開始されないんでしょうかね。次は凍結された卵子で子供を産む女性の物語を書きたいです。同時に、技術の進歩に頼るだけではなくて、養子縁組という選択ももっと定着するといいですよね。時間をかけて「家族になっていく」関係があってもいいんじゃないでしょうか。


―――今後、医療が進歩していく中、妊娠~出産の流れも変わるかもしれません。未来にどんな変化が起きてほしいですか。


甘糟 こんなこと言うと驚かれるかもしれませんが、男性も妊娠、出産できるようになってほしいですね。実はそれも取材したことがあるって、『産まなくても、産めなくても』でSFとして書いたんです(「第7話「マタニティ・コントロール」」。ある医師によれば、理論上は可能ではあるけれど、骨盤の形が違うからむずかしいのでは、ということでした。

男性にこそ読んでほしい、希望の物語


―――どの主人公の女性も相手(一部のダメ男を除いて)への恨み節ばかりではなく、冷静に自分の人生を分析していています。ハードな題材ながら、物語全体がギスギスとしたものよりもやさしさや思いやりに包まれていて、とても読後感がよかったです。


甘糟 そういうふうに言っていただけると嬉しいです。きれいごとになりすぎではないか、悩みつつ書いていました。この作品に限らず、「甘糟さんの作品にはあまり嫌な人が出てこないね」と言われることが時々あって、ちょっとコンプレックスなんですよ。人は誰でも、妬みや嫉妬、怒り、野望、けっこうどろどろしているじゃないですか。私はそういうところに触れられていないんじゃないかと思うことがあります。でも、このテーマの作品だからこそ、読後感をポジティブにしたいという気持ちもあって。そうした配分が自分の個性なんでしょうけれど。


―――登場人物の男性も、ちゃんと彼らの側の悩みや迷いが描かれているのもいいですね。


甘糟 実際に産むのは女性でも、この問題は男性も当事者なんですよね。前の時は、遠慮がちに「男性にも読んで欲しい」なんてお願いしてましたけれど、今は「男性こそ読むべき」とはっきり言いたいです。


―――最後に、「産む産まない」で悩んでいる女性たちに、何か伝えたいことがあればお願いいたします。


甘糟 悩んでいる人に何か言うなんでおこがましいですが……、正解は一つではないということ。例えば、産みたいのに産めないからといってその人の人生が不完全なわけではない。自分の状況を受け入れて、隣の芝生ばかり見ない方が、人生楽しいんじゃないでしょうか。


2024年3月14日 鎌倉 甘糟りり子さんご自宅にて


写真撮影/森 清

●鎌倉の海辺のホテルで、ウエディングプランナーとして働く美春。一つ年上の夫・朋希の40歳の誕生日に、ライカのカメラを奮発したことから二人の仲がぎくしゃくしはじめる。結婚するときに、子供はいらないと充分確認し合ったはずなのに、将来のために子供のことを考えたいと言い出したのだ。それからは母親の手術をきっかけに、不妊治療中の姉夫婦とも不仲になるなど、朋希との隔たりは一向に修復できないまま。そのあげく、二人は子どものことが原因で離婚に至るのだった……「独身夫婦」

●結婚12年。夫が突然家を出ていき、義母と息子、友人カップルたちと鎌倉の古民家に同居することになり……「拡張家族」

●再婚同士、43歳で結婚した花葉はどうしても二人のDNAをこの世に残したくなり、最新技術を求めて海外へ……「海外受精」──妊娠と出産をめぐって“女性の選択”を問いかける小説集!

甘糟りり子(あまかす・りりこ) 

1964年、神奈川県生まれ。玉川大学文学部英米文学科卒業。ファッション、グルメ、映画、車などの最新情報を盛り込んだエッセイや小説で注目される。2014年に刊行した『産む、産まない、産めない』は、妊娠と出産をテーマにした短編小説集として大きな話題を集めた。ほかの著書に、『みちたりた痛み』『肉体派』『中年前夜』『マラソン・ウーマン』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』『鎌倉の家』『鎌倉だから、おいしい。』『バブル、盆に返らず』などがある。

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