四月/日

文字数 3,708文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記は、本日特別編!

異常な読書量をほこる作家は、書店でどのように本を選んでいるのかーー書店巡り篇、開幕!

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四月/日

 「痛妃婚姻譚」という作品で参加させて頂いている異形コレクションLIII ギフト』が発売された。これで異形コレクションへの参加は四回目である。今まで書いてきた作品はどれもお気に入りのものばかりなのだが、今回は一番最初に書いた「本の背骨が最後に残る」に似た雰囲気の短篇になったのではないかと思う。


 「痛妃婚姻譚」は麻酔の代わりに、他人に痛みを移す技術が発達した世界の物語だ。国の中央とそれ以外では百年近く技術が違う奇妙な発展を遂げた国で、人の痛みを肩代わりする痛妃である石榴と、彼女を飾り立てる役目を負った絢爛師の孔雀の恋を描いている。なんだかB級ホラーめいている設定を、どこまで美しく描けるかに注力したので、よければ是非お手に取ってみてほしい。


 今回の「ギフト」も、面白い作品ばかりが載っていた。お気に入りは黒木あるじ「L'Heure Bleue」だ。語り手──奇妙な日記の綴り手である人物は、薔薇しか口に出来ない薔薇食主義者の女に恋をし、薔薇を贈り続けるという物語だ。この物語の設定もそうだが、結末が殊更に好きだ。タイトルにもあるL'Heure Bleueという言葉の意味がこう回収されるのか……と思うと、感動した。他にも、人々の怪我が即座に治る世界での少女二人の奮闘を描く空木春宵「死にたがりの王子と人魚姫」も好きだ。


 異形コレクションはすっかり常連とさせて頂いたが、企画書を見る度に次は何を書こう? とワクワクしてしまう。次もまた楽しみだ。



四月☆日

 とてもゆっくりであるが、乳歯の治療は進んでいるその時にふと「こうして歯の治療をしている時に逮捕されたらどうなるんだろう……?」と疑問を抱き、特に治療が長い期間に渡るインプラント施術なんかは……と、調べることにした。すると、そのものズバリな症例を紹介している本を見つけた。堀江貴文『刑務所なう。 ホリエモンの獄中日記195日』『刑務所なう。シーズン2 前歯が抜けたぜぇ。ワイルドだろぉ?の巻』である。これはタイトル通り、ライブドア事件で服役することになった堀江貴文氏の獄中日記で、基本的に毎日日記が綴られている。


 2013年当時の時事問題を取り上げつつ、刑務所での日々を赤裸々に綴ってあるこの本は、意外にも刑務所の実情や仕組みを事細かに知ることが出来、資料として優秀だった。刑務所の毎日の献立やおやつが欠かすことなく書かれている本はなかなか無いのではないか。(花輪和一『刑務所の中』や、きらら系獄中コメディ『ごくちゅう!』とはまた違ったゆるさがあって、読み物として面白いのだ)


 この本の中では、インプラント処置をしていた前歯が服役中に抜けてしまった時のことが紹介されている。2013年当時インプラントが抜けてしまい早急な治療が必要になる例はなかなか無かったらしく、ホリエモンの動きによってインプラント患者の治療事例が固められていくのが面白い。果たして安価に済ませられるのか、放置されるのか、それとも特別に高価な治療を受けられるのか? 答えはこの本の中にある。これを読めば、刑務所に服役することになっても安心である。(服役したくはないが)


 けれど、自分がどうなるかわからないのが人生というものである。同時期に読んだのがまさきとしか『彼女が最後に見たものは』だ。クリスマスイブの夜、身元不明の五十代ホームレス女性の遺体が発見された。彼女の身元を探っていくにつれ、複数の家族の知られざる物語が明らかになっていく。テーマは家族の崩壊だというが、この物語に描かれているような落とし穴はきっとどこにでもあって、だからこそ恐ろしくなった。


 登場人物達を繋ぐミッシングリンクは、どれもこれも生々しい苦しさを孕んだもので、ここがこうして繋がるのか……という快感を覚えると共に、心の奥が重くなる。物語を三分の二ほど読み終えたところで加わった新しい物語に、正直驚いてしまった。あそこから一気に結末がわからなくなったな、と思った。全然毛色の違う二作だが、ここは一つ人生の行く先が分からない繋がりということで……。



四月○日

 久しぶりの仕事が死ぬほど忙しい期がやってきて、バタバタと慌ただしく過ごしている。2022年は始まったばっかりだと思っていたのに、ここに来てもう大分スケジュールが出揃ってしまた節がある。これで今年何が出来るかが、なんとなく見えてきた。残り時間も見えてしまったような気がして恐ろしくなるが、出来ることをしていこうと思う。


 そんな時に丁度6月11日に同志社大学で講演会をやることが決まった。トークイベントなどは何度かやらせて頂いたのだが、講演会は初めてだ。同志社ミステリ研究会さんに呼んで頂いたのだが、ちゃんとお話が出来るのかが不安でもある。


 とはいえ、仕事での遠出は久しぶりだ。出来れば周辺を観光してのんびり過ごしたいな……という気持ちもある。とにかく、自分のスケジュールをどうにかしなければ……!


 光文社から頂いたJミステリー2022 SPRINGを読む。これは日本ミステリーの最前線を行く人気作家を集めた豪華アンソロジーである。東野圭吾、今村昌弘、芦沢央、青柳碧人、織守きょうや、知念実希人が集まって書き下ろしているのだから、面白くないはずがない。とても贅沢なアンソロジーだ。


 その中でも特に面白かったのが芦沢先生の「立体パズル」だ。これは住宅街で囁かれる殺人犯の噂と目撃情報を巡るサスペンスであり、意外な犯人のワイダニットでもある。芦沢ミステリの真髄といえば、人間心理に深く切り込んだ思いがけないワイダニットだと思っているのだが、今回も物凄く驚かされてしまった

 正直なところ、今の私ではこのワイダニットを作り出すことが出来ないな……と悔しく思ってしまった。自分には全く無い発想なのに、明かされてみると納得させられる絶妙なものなのだ。これは私がお気に入りの「埋め合わせ」(『汚れた手はそこで拭かない』収録)に匹敵する面白さだった。


 今後もこのアンソロジーはシリーズとして出る予定らしいので、次回が今から楽しみだ。これを献本頂いたということは……と仄めかしてみるものの、まずは目の前の仕事に集中しなければと思う限りである。



四月Δ日

 SFカーニバルというイベントで催される大サイン会に呼んで頂いた。今をときめくSF作家達が一所に集まるという素晴らしいイベントである。


 4月25日発売のSFマガジンに『骨刻』というSF短篇を発表したばかりなのもあって、私はSFに燃えていた。このカーニバルでは一人のSFファンとして、そして一人の書き手として楽しみ尽くす気概だった。ちなみにこの『骨刻』という短篇は、骨刻という技術の盛衰を描いた物語である。骨刻とは、文字通り骨に文字を刻むことが出来る処置のことで、刻まれた文字はレントゲンを通してしか確認出来ない。いわば無用の長物である謎テクノロジーが、様々な活用をされた末に一人の少女に繋がっていく。伴名練『なめらかな世界と、その敵』の解説を担当してから、SFにおけるエモーショナルについて色々考えていたのだが、自分なりに掴んだものを物語にした短篇である。よければ是非読んで頂きたい。


 さて、大サイン会だ。正直、この大サイン会を告知した時はあまり反応が無く、人が誰一人来なかったらどうしよう……と怯えていたのだが、蓋を開けてみれば沢山の方に来て頂けた。感染症の流行によって、こうして読者の方と触れ合う機会はとんと無くなってしまったものの、応援していると直接言って頂けるのはありがたかった。「一生小説書くからねって言ってください」と何度かお願いして頂いて「一生小説書くからね」と繰り返している内に、自分はもしかしたら一生小説が書けるのではないか……と、希望のようなものを抱いた。またこういう機会があるように──何なら来年のSFカーニバルにも呼んで頂けるよう、頑張りたい次第である。

「ふと、今逮捕されたらどうなるだろう」と頭をよぎる日常、これが小説家なのですね……。


次回の更新は5月16日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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